2夜 魔術使い

最初に殺した『異端』はなんだったであろうか。

たしか高校1年生になる前日、気づいたら俺はベッドの上にいた。ただのベッドではない、家では決してかぎなれることの無い薬品の匂いが染み付いたベッドだ。

その横にある、心電図の音や吊るされている点滴の文字を見て、自分は病院にいるのだと気づいた。

左腕をあげようとしたが、何も感じないし動かない。右腕と両足も同じで何も感じない。

しかし、自分の四肢が動かなかったからといって悲しかったり、不安だったりした訳では無い。

はたまた嬉しかったり、楽しかったりした訳でもない。

怒り?嘆き?焦り?……そんな単純なものでは無い、それを表すというのは根本的に間違っている。

『無』だ。俺は体が動かなくなっても何も感じ無くなっていた。

まるで人間ではなくなってしまったかのように、だが、それに対してさえ何も感じていなかった。

俺がベッドの上で目覚めたのを看護婦が知ると医者が足早に部屋の中に入ってきて、なぜこうなったのかを説明してくれた。

どうやら、俺、いや俺とその家族は約2週間前俺の中学の卒業旅行に行き、その帰り車で高速道路を走っている途中に居眠り運転のトラックにぶつかられたらしい。

その時の記憶やそれ以前の記憶が朧気で思い出せず、簡単には納得出来なかったが、時が経つにつれそうなんだなと理解できるようになった。

交通事故のせいで一緒に乗っていた、父と姉は即死だったらしいが、母だけは無事に生きのびることが出来た。

ただ、俺と同じように昏睡状態に陥り今もまだ、生命維持装置で命を繋いでいる状態らしい。

俺はその後、2週間ほどリハビリテーションを行い、歩けるようになった。

本来、予想なら1ヶ月半ほどしてようやく歩けるようになるはずだったが、俺は誰かに背中を押されたようにどんどんと歩くのが上手くなっていった。

医者たちは口々にすごい、素晴らしいなどと言って、特別にまだ面会できないはずの母親と会わせてくれた。

会ったといってもただ集中治療室の中にいる生命維持装置をして、全く動かない人形のような母親をガラス越しに見ただけだったが、医者たちは『すぐお母さんも良くなるからね』

っと励ましてくれた。

しかし、ガラス越しに覗いた母親を見て、俺は背中から体全体からなにかゾクゾクする自分の中心から溢れてくるような衝動に襲われた。

それから1ヶ月後に母は亡くなった。

医者たちの苦労も虚しくあっさりと、彼らは俺に対して懺悔するように、『すまない、すまない』とそれだけしか言えないインコのように繰り返し言っていた。

その日はちょうど俺のリハビリテーションが終わった翌日で母の死に顔はとても安らかなものだった。


全快した俺は渋谷区内の孤児院に入りそこで過ごすことになった。

父も母も地方の出身でどちらも両親は亡くなっていたし、兄弟姉妹もいなかった。

遠縁の親戚からも引き取りを拒否されたため、必然的に俺は児童養護施設に入ることになった。

施設の人は俺に優しくしてくれたし、ルームメートもまた、新しい仲間である俺を快く出迎えた。

しかし、やはり俺は何も感じない。向けられているのが善意からきている感情だったとしても、俺は彼らに返す感情は何もない。

俺は傍から見ればとても無愛想で感じの悪い子どもだったであろう。

しかし、施設の職員は俺の事情を知っていたので、絶えず笑いを絶やさなかった。

満たされていなかった。ただ感じるのは満たされていないという『虚無』だけ何か重要な物がかけているのだとは理解していた。

満たす方法は自分の中核がわかっていた。

なので、殺した。

自分が『異端』とわかるものを施設を夜な夜な抜け出して殺しにいった。

約15年間で2度目、施設にはいってからは1度目の殺害は女子高校生の振りをして渋谷の繁華街を歩いていた『吸血鬼』だった。

渋谷のスクランブル交差点で見つけ追いかけ回し、桜ヶ丘の人通りの少ない道で能力でだしたナイフを使い刺した。

『異端』が死に怯え血を流して倒れた時、俺はかかった血の温かさと鉄臭い匂い、触った瞬間波紋が浮かび上がる血の水溜まり、そして、ナイフから伝ってくるぬちゃぬちゃとした内蔵の感触と硬い骨の感覚が俺の『存在』を刺激する。

『あぁ、俺は今、最ィィィィィ高に満たされてるぅぅぅぅ。』

満たされたあと、死体を道に置いたまま施設に帰っていった。

『吸血鬼』とはいえ人の形をしている、殺害して死体まで残していたら自分は捕まってしまうだろう。

そんなことも考えたが特に気にならなかった、おそらくそれくらい高揚していたのだろう。

その後も、1ヶ月毎に3度くらい施設を抜け出し『異端』狩りを行ってきた。

自分が満たされるように、何度も。

今まで殺してきたのは『吸血鬼』27体『人狼』32体

『鬼人』7体…数は覚えているが、どんな顔だったかは忘れてしまった。

しかし、最近は初めて殺した時のような満たされた状態にはならない。

いや、そもそも最初から満たされてなんか居なかったのかもしれない。

そんなことは認めたくなかった。でも、やはり俺は満たされていると思いたかっただけなのだろう。

この世界に俺を満たせるものは存在しない。

今まで感じできたものは満たされているのではなく、誰かの達成感だ。

誰かというのは分からないが、ともかく自分のうちから出てきたものではない。

昨日も新宿で『人狼』を見かけた時は背中から何かが湧き出していたが、全部殺したあとはやはり、満たされているようなことはなく、どこか空虚で何も感じなかった。

それでも俺は、殺し続けるそれは誰かの願いだからだ。



「起きろ!いつまで寝ている。」

そんな男の声が聞こえ俺は目が覚めた。

辺りを見合わすとそこはオシャレな内装の部屋で年季のかかったテーブルや、革製のソファー、暖炉、高そうな絵画が飾られた部屋だった。

その中に似合わないあちこち擦れたボロボロの女物のコートを羽織った30を少し超えた位の男が俺のテーブルを挟んで向かい側のソファーに座っていた。

俺もなにかに座らせているらしいが、たつことが出来ず手足をじたばたしている。

「無駄なことはやめといた方がいい。君の手足はもう既に縛っているし、胴体と脚も紐で椅子に縛り付けている。」

確かによく見ると俺のては縄で纏められ、それ以外は木製の椅子に縛り付けられている。

こうなってしまえばもうどうしようもない。

「……あんた何者だよ?それとここどこだ?」

「ようやく起きたと思ったら。質問攻めか、やれやれ…いいぞ答えよう。ここは君が襲おうとした心葉の家のリビングだ。今心葉が紅茶を台所で入れてきてくれている。それで私は襲おうとしてる君を気絶させた心葉のボディーガード、魔術使いの終夜新月だ。」

「ボディーガード?何いってんだおっさん。」

「私はまだおっさんなんて歳じゃない!!まだ25歳だぞ!!」

「はぁ?嘘だろそれにしては老けすぎじゃないか。」

「当然だ、なんたって嘘だからな。」

「嘘なのかよ。…まぁいい、話がそれちまった。であんたは本当はなんなんだ?」

「だからいったじゃないか、魔術使いでボディーガードだって。」

「そういうことじゃない、俺には分かるんだ。あんたは『吸血鬼』や『人狼』と同じで『異端』だって。でもそいつらと比べると何か変なんだ、『人間』なのに『異端』。琴宮と同類の感じがする。…」

そう言うと終夜と名乗ったこの男は俺の事を見つめ少し驚いた顔をした。

「…君、嘘はついていなようだね。いや驚いたよ高校生でここまでの『器』になるなんて。まぁ、でも私が高校生の頃はもっと凄かったな。」

何を言っているんだこいつは?

「君が言ってることは最もだ。私は『吸血鬼』達とは違って『人間』だよ。少し普通とは違うけどね。」

「なぁ、『器』ってなんだよ?俺の能力になにか関係あるのか?」

俺は早口でそんな質問をする。

「まぁ、まぁ全部話すと長くなるし喉も乾く今はお茶でもしないかい。」

そういうと男は部屋のドアの方をむく、つられて俺も目をそこに向けると琴宮が紅茶ポットと3人分のカップそして茶菓子を持って来ていた。


「さっきの質問だが、『器』というのは能力が宿っている物の事だ。だから、能力は体の一部だったり、箱のような無生物、はたまた場所自体に宿ったりするんだ。たまに能力自体がそのまま現界するケースもあるけどそれは滅多にない。」

男は琴宮がついだ紅茶を優雅に飲みながらとても楽しそうに語っている。

俺の前にも紅茶が注がれたカップが置いてありとても良い匂いが鼻を刺激しているが、

「なぁ、あんた、質問に答えるのもいいけどよ。わざわざカップを出すならこの拘束も解いてくれないか!!これじゃ飲めない。」

「うーん、そうだねこれから言う話が終わったらいいよ。」

「いや、今解いてくれないと。」

「それじゃあ魔術に着いてだけど…」

「人の話を聞けよ!」

終夜の話を要約するとこうだ。

この世界には魔術とよばれる技術が存在する。

魔術には大きくわけて2種類あり『意識的魔術』と『無意思的魔術』がある。

このふたつには共通点がありそれは人が願うと発動するという点だ。

では何が違うのか?

まず、『意識的魔術』これは自分の体の中で精製される魔力を意識的に用いて発動する。

また、属性が存在し、火 水 土 風 光 影 の6属性と無属性で基本7属性、そして番外的に存在する雷属性などが無数に存在するが、基本的に生き物はみな全ての属性を使う事が出来る。

しかし、無属性以外の属性は才能の有無により威力が大きく変わるため、多くは火 水 土 風 光 影の6属性の中で自分にあった魔術を使う。

魔術を使う上で大切なのはイメージ、例えば火属性魔術を使うならどこから火を出すのか、熱さはどれくらいか、色は、形は…というようにしっかりとしたイメージを作らなければしょぼくて、すぐ消えてしまう火しか出ないらしい、逆にイメージさえしっかりしていれば、同じ魔力の量でも大きくしたりより熱くすることが出来る。

次に『無意思的魔術』これは人が日々願って発動している魔術だが、人の願いというのは抽象的で、発動しても意味をなさない。しかし、そんな魔術でも同じようなものが集まっていけば1つの能力を発動させる。故に、多くの生き物が願ったり、強い感情で願われているものは強大な力を孕む能力となる。

しかし、能力は強くてもそれは不安定な小さな魔術にすぎないため多くはより強く集まるために『器』を依代にする。

それの依代こそが

「俺たち『器』というわけか。なるほど、俺は誰かに願われたから存在している……か。…それより、早くこの拘束解いてくれないか、紅茶が冷めるだろ。」

「せっかちだな……よしっ、これでどうだい。 どこか痛む場所はある?」

腕の拘束をといた終夜の質問を無視して紅茶を飲み始める。

「まだ、『心核』『幻心核』『極魔術』『呪術』とか話したいことはあるけど、今のところさっき話したことを理解出来れば大丈夫かな。

ん?どうしたんだい君?」

「うまいなぁ、この紅茶。こんな美味いもの初めて飲んだよ。」

俺は琴宮がいれてくれた紅茶のうまさに感動した。

殺害でもこんなことはなかった、初めて心が揺れるということを実感した。

多分このことを俺はずっと忘れないだろう。

「美味いな、ハハッ」

「君ってそういう笑い方するんだな。さっきまで短刀で女の子を襲おうとしていた男になんて思えないくらいいい笑顔だ。…まぁ、良かったな、心葉。」

「…はい、そうですね先生。さっきはちょっとびっくりしましたが、ここまで喜ばれると私も嬉しいです。良かったらお茶菓子のクッキーも召し上がってください。」

紅茶を飲み干し出されたクッキーを全部食べ終えた後、終夜が唐突に質問してきた。

「ところで、君はいったいどんな能力を持っているんだい?」

「うん?」

「君の能力のことだよ。私の予想だと君の力は『異端』、詳しく言えば『器』や『怪異』特攻の能力っぽいけどどうだい?」

「あたりだ。俺は『異端』がどこにいるかを知ることが出来る。『異端』を狩る時は専用の武器を使える、またその時には人払いを任意で行える。こんなかんじの能力だ。」

「うん、今度も嘘はついていないな。ありがとう。君は『異端を殺したい』という願いの『器』で間違いなさそうだね。」

「さぁ、俺の能力も教えたんだからお前たちの能力も教えてくれないか?」

「いやだ。」

「えっ?」

「だって、自分の能力をばらすって弱点も同時にばらすってことだろう。嫌だよ私は教えるの。」

「お前、相手には喋らせておいて、自分は喋らないのか。汚いぞ。」

「何言ってるんだ、当たり前じゃないか。」

終夜の声がさっきまでの明るい声色ではなくなる。

「勘違いしないで貰いたい。君は今我々に捕縛されている状況だ。君の要望で腕は拘束を解いてやったが、脚はまだ紐で結びついている。聞く限り君の能力も『異端』には効くけれど普通の人間や物体にはそんなに影響を与えないんだろう。もし、それができるならとっくに拘束を解いて僕達を殺してるはずだからね。僕は一応これでも魔術使いとしては腕のたつ方でね、君が武器を出して素人丸出しの攻撃をしてくるまでに3回は殺せる自信がある。わかったかい?」

「はっ はい……」

「あと、お前やおっさんじゃなくて終夜さんな」

「わっ 分かりました。終夜さん……」

「分かればいいんだ。」

終夜は話終えるとまた明るい声色に戻り笑顔でソファーについた。

久しぶりに恐怖を感じてしまった。

こんなことは今まで戦ってきた中で1番強かった『吸血鬼』と相対したときもなかった。

「ところで君に折り入って頼みがある。」

「なっ なんですか?」

「学校に行ってる間だけでもいいから心葉のボディーガードをして欲しい。」

「はっ?」

「えっ?先生何を言って?」

本当に何を言っているんだ。

「私も彼女のことを24時間張り付いて守りたいんだが、学校に入るのも限度があってね。だから、護衛にも隙が生じ出しまうんだ。心葉のお父さんと1ヶ月の間守り通してくれって依頼されてる。魔術士としては堕ちてしまった魔術使いだけどやっぱりプロとしてやり通さなくちゃいけないんだ。」

「1つ質問いいですか?」

「何か?」

「そもそもなんで琴宮はあなたのようなボディーガードをつけているんですか?」

「夕立くんそれは……」

琴宮が口を開き話そうとしている。

「悪いね、夕立君それはどうしても言えない。君がこちらの側につけないなら教えるわけにはいかない。なにぶんこっちは敵が多くてね。」

「仮に承諾したとして、俺は琴宮のことを殺そうとしますよ?」

「大丈夫だ。だって君、私より弱いしな。」

少しムカッときた。

「それに君が承諾したら、決してこちらを裏切れないように呪術をかけるからね。」

今すごいことを言ったぞこの人。

「それに君には元々選択肢なんてひとつしかないだろ?」

確かに、俺は今不利な状況にいる。脚は縛られ抜け出すことはできない。だが、俺の間合いは約1m30cmある。しかし、それは刀を出した場合だ刀を創り出して動くには最低でも10秒かかる。1番短い時間で作れるのは2秒でナイフ。でも、ナイフじゃ短い上に決定打にかける。

さらにオマケに今まで我慢してきたが、気分がものすごく悪い、初めての感覚だ。こんなにも気分が悪いのは。

「でっ、どうするんだい?」

ここは少し余裕を見せておこう。どんな状況でも相手には弱みではなく堂々としてるところを見せなくてはならない。

「もし断ったら?」

さぁ、どうくる。次の答えを待っていた俺の顔面に突如痛みが襲ってきた。

『ダンッ!』

何かがぶつかり合う音がした。

数瞬後、俺はその音が自分の顔面と正面にあったテーブルの表面の板がぶつかりあった音だと気がづいた。

「こうする。」

終夜はさっきと同じように楽しそうな声色で俺の頭を掴みおもいっきりテーブルにぶつけたらしい。

「クソっが…」

視界がどんどん暗くなっていく。

「心葉、早く彼の頭に手をのせろ。」

「はい…先生……ごめんなさい。」

意識が下に落ちる中、頭にふたつの温もりがのっかっているのが感じられた。

これも初めての感覚だ。


「「『呪術 契り』」」


意識が完全に落ちる前に聞いたのは、終夜と琴宮が何かを唱えるものだった。


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