1章 剥片授与 (学校編)
1夜 誰かが願ったから
彼の存在とは『願望』であった。
彼が自ら人の願いのために戦ったわけでも、なにかの使命感のために生きていたわけでもない。
彼とはそれ自体が願いであり、それを遂行するための道具やロボットのようなものだった。
蚊取り線香とは蚊を殺すためだけに存在し、そのためだけに使い潰される。
それと同じようなものだった。
今回はそんな彼のお話
西暦2022年10月 新宿
時刻は午前0時を回っている。
「まずい、奴が来る。」
1人の男が歩道を駆け抜けている。
年齢は30代半ば黒髪をしっかり七三に分けネクタイをしスーツを着ている、傍から見れば仕事帰りのサラーリーマンが終電に間に合うように駅に向かって走っているように見えるだろうが、その男は2つの面で異質だった。
1つ目は走る速度が人間のそれではなかったこと、おそらく人類最速のウサイン・ボルトよりも早く走っているのではなかろうか。
2つ目は彼の顔は走っている割に青白くなっているが、その顔面いやスーツにまでベッタリと赤い血が着いていることだろう。
しかし、これは彼のものではなく彼の仲間のものである。
始まりはなんであっただろうか、仕事帰りに同僚の仲間と一緒にたまにはいいかと新宿で映画をみて満足して帰路につこうとした時である。
『奴』が現れた。
それは彼の仲間の1人をみたこともない武器ですぐに殺した、彼と仲間はその一瞬の出来事に頭の処理が追いついていなく、数秒ポカーンとした間抜けな顔をしていただろう。
しかし、その数秒の間にさらに2人殺された。
彼らはそれを見るとようやくことを理解し、蜘蛛の子を散らす勢いで無茶苦茶にバラバラに逃げていった。
おかしな夜だった、いくら夜中0時だからといってここは日本の首都新宿、酔っ払いやカップル達がいてもおかしくないのに今日は誰も人がいなく、不気味なほどに静かだった。
そう、誰かが意図的にそうしているように。
(でもよかった、今日が満月で。そのおかげで肉体がいつもより俊敏に動く。)
確かに彼は速かった、まるで狼のように速く走り新宿駅に向かっている。
(駅に着いて改札を抜ければやつもそうそうおってくることは出来ない、その間に私は電車に乗って逃げてしまおう。)
そうして、走っていくうちに新宿駅東口にもうすぐつくところで
「なんで奴がいるんだ」
『奴』が駅の方向から男の方向に向かってくる。
仲間を殺したであろうその凶器をもち、体には映画館の前で見たときよりも多くの血がかかっている。
それが表しているのは既に自分が最後になってしまったことだろう。
その姿を確認した瞬間男は反対方向に一目散に逃げ出した。
彼の額には疲れからでる汗とはまた違う恐怖から来る汗が溢れ出ている。
(何故だ?なぜ私がこんな目に会わなくてはならない?いったいなぜ……)
『シュッ』
「えっ? アツ!……くっ……イタい」
空気をきりさく音がすると共に腕になにか熱い感覚がしたと思えば次の瞬間鈍い痛みが襲ってくる。
腕を見てみると矢が刺さっている。
それもただの矢では無い。
銀色に光る矢だ。
男は出血と痛みに耐えながら走ったが、既に体力の限界がきていて、先程のようなスピードは出せていない。
(これはどこかで休まなければ……)
そう思っていると、まるで運命がそうしたのかのように路地裏がある。
男はとりあえずここに入りどんどん奥まで行き、行き止まりのところで座り込み休むことにした。
「大変な目にあったが、ここでしばらく休もう。体力が回復したら壁をよじ登って逃げればいいし。」
男はそう決めるとゆっくりと目を閉じた。
カッ カッ
どれくらい眠っていただろうか?いやそんなことは関係ない。そんなことより今男が気にしているのは刻一刻と自分の方に近づいてくる革靴が路面を蹴って出す音の方だ。
(頼む……来ないでくれ)
彼は願った、どうか『奴』が自分の方に来ないことを。しかし運命は残酷な決定をしたし答えを出した。
「関口秋郎だな?……お前を殺しに来た。」
「なんで私を殺そうとするんだ?!……私達になんの恨みがあるんだ?!」
彼は激しく動揺しつつ『奴』に質問を投げつける。
「俺自身はお前達になんの恨みも持っていない。しかし、人がお前達『異端』を殺したがっているから俺はそうしている。ただそれだけだ。」
「『異端』だと?……私達がか?……私たちはただ『人』と共に食事を取り、仕事をして、たまに遊びに行く。そんな『普通』の生活をしていただけだ。それなのに……なんで私の仲間たちを殺した?答えろ!」
そんな彼の第2の質問に対して『奴』は迷うことなく答える。
「さっきも言ったように、俺自身に恨みのようなものは無い。信念も目的も何も無い。ただ、人がお前達のような存在を認めないだけ、存在してははいけないと願っているからだ。だから、俺はその願いを叶えている。」
「…そんなことのために私の仲間は…なぜこんなことに『人狼』として生まれ、幼い時に親を殺されたのに、それでも生きて私と同じ『人狼』の仲間に出会い、やっと幸せに暮らしていたのに。それなのに……お前達はまた私の大切なものを奪っていくのか? この悪魔がァァァ!」
彼の感情は恐怖ではなく目の前に存在する理不尽への怒りにかわっていた。
そんな感情が彼の感じた熱さ、痛みそれさえを力に変える。
「仲間達の仇をとってやる。お前の体をぐちゃぐちゃに引き裂き内蔵を引きずり出す、仲間たちが味わった痛みや苦しみを1000倍にして返してやる!!」
彼は満月の光を浴び人狼の本当の姿を現す。その鋭い爪で自分たちに対する理不尽を引き裂こうとする。
しかし、その行動も次の瞬間には無駄となる。
「なん…で?」
彼は『奴』の武器で引き裂かれた。あっさりと拍子抜けするほど一瞬で。得体の知れない力、理由のない『正義』が彼を殺した。
「やっぱりお前たちは『異端』だな。」
本性を表した『狼』の死体を見ながら『奴』はそこを去っていく。
「今日も月に対してはなんにも感じないな。」
午前3時新宿のとある路地裏にて
『奴』が路地裏を去った後そこには3人の人間が死体を囲んでいた。
1人は20歳を迎えたばかりで初々しさが残る男、死体を見て気分を害している。
もう1人は30歳くらいで口に火がついたタバコをくわえている女。
最後の1人は口元に深いシワが刻まれた50歳くらの男の老人。
彼らは独特な服をしていた。
この新宿には似合わないキャソリックを着ていて、それは不気味なほど白く、汚れなどが少しもついていない。
また、それにはフードのようなものがついていて彼らは3人ともそれを深く被っていて顔の下半分の鼻と口しか見えていない。
「これで今日7匹目か。」
「今連絡が入りましたが、この死体が最後らしいです。」
「いつも通り鮮やかな切り口だこと。」
「それにしても、誰なんでしょうね?こんなことやったの、かれこれ1年半こんなことが続いでますけど。まぁ、俺たちは仕事が減るからいいですけど。」
「馬鹿者が、『異端』を狩るのが我が協会の存在意義。それをどこの見ず知らずの輩に少しでも横取りされているなら協会の威信に関わる。」
「まぁ、今日はやった『奴』の手がかりを探しましょう。なかったらなかったで上に報告すればいいですし……フー」
「ちょっと姐さん俺の前でタバコ吸うのやめてくださいよ。こっちは人の死体を見て気分悪いんですから。」
「…あんた、今なんって言った?」
「えっ?」
次の瞬間男の腹に激痛が走り何かわからないうちに吹き飛び背後の壁に叩きつけられた。
その後起き上がろうとしても女が蹴りを繰り返ししてくるので立てずにいる。
「えっ?じゃないわよ、あっ?今なんっつたか聞いてんの。あんたこのカスのことをよりにもよって崇高なる存在である私達と一緒の『人』って呼んだのよ。私たち協会の人間はね『異端』を狩らなくてはいけないの。そこに情なんてものは不必要、そんなものはこのタバコの吸殻にも劣るわ…ペッ。いい?私の言ったことちゃんと理解できた?えっ?返事は?」
「…わ 分かりましたよ …あ 姐さん。だからもう蹴らないでぇぇぇぇぇ……」
「おい、もうやめとけ。」
「チッ、分かりましたよ。」
そんな2人を見かねた老人が止めに入る。
「とりあえず、お前たちが色々やっているうちに周りを調べたが手がかりらしい手がかりはなかった。よって調査はここで切りあげすぐに撤退するぞ人が起きる前にな。おい、若いの増援を呼んでくれ。」
「はいぃぃぃぃ…」
「まったく、殺しをここまで上手くやるのなら後片付けもして欲しいものだがな。」
3分後3人のいる路地裏の前に車が止まり中から男女合わせて4人がそこにいる3人と合流した。
7人は死体をドライアイスが入った大きめのキャリーバッグに詰めたり、血痕を全て消した。それが終わると路地裏を去って行った。
彼らが去った後の路地裏にはいつものような静けさだけが残っていた。
午前8時 渋谷区 区立源神高校2年D組
眠い。身体が眠いと感じているため、自分の机に突っ伏して目をつぶる。
昨日の夜中から深夜までずっと新宿を走り7人も『人狼』を殺していたためその分一気に疲れが出てきた。
だけれど、そんな疲れている最中でも俺は『異端』と呼ばれる存在を殺したくてうずうずしている。
俺の頭の中は耐えず「殺せ、殺せ」という言葉が色々な声で反響している。
早く学校が終わらないだろうか、早く夜にならないだろうか。
そんなことを考えているうちにクラスメートがどんどんあ教室に入ってきた。
だけれど、俺に話しかけてくれる生徒は居ない。
残念ながら俺は世間一般で言うところの満たされた高校生活や青春というのは送っていなかった。
恋人もいなければ友人もいない。部活も入ってないし、特別頭がいい訳でもない。
だけれど俺には、殺しがある、これだけは他のものでは何も満たせない俺を満たしてくれる。
『キーンコーンカーンコーン』
始業のチャイムがなり担任である野本先生が入ってくるとそれに続いてもう1人少女が入ってくる。
「さてみんなHRの時間ですが、ビッグニュースがあります。なんと今日からこの2年D組に新しい仲間が入ります。」
「「「いぇーい、ヤッター」」」
「それじゃあ自己紹介して。」
「琴宮心葉です。皆さんよろしくお願いします。」
琴宮と名乗った女生徒はどうやら神奈川からこちらに引っ越して来たらしい。
転校してきたのが女子でしかも地味だが素材がよくなかなかの美人ただったのでクラスの男子は大はしゃぎしたし、女子達も嫉妬はしていたが表向き仲良くしようと努めた。
かく言う俺も彼女には興味津々だった。
なぜなら彼女は『異端』だったから。
俺には人に言えない秘密と能力がある。
秘密は俺が普段から殺しを行っていること。
能力とは殺しを可能にしているものの事だ。
これのことを俺はカム(夜がくる)と呼んでいる。
これができるのは
①『異端』と呼ばれる者たちを感知できる
②『異端』を殺す歳には武器を作ることが出来る
③人払いや殺したという事象を隠蔽することが出来る
の3つ。つまり、『異端』を殺すことに特化した能力と言うことだ。
今日の夜にでも彼女を殺そう。
そうしなければいけないという大きな意志のようなものに体を押されていた。
午後4時
学校が終わり多くの人が部活に行く中、琴宮はまだ部活にも入ってないので校門から出て帰路に着いた。
俺は彼女の後をそっとつけていった。
傍から見ればストーカー行為だが、そこは人払いの能力で何とかした。
しかし、琴宮という女生徒は感じた通りいや、それ以上に『異端』という言葉が似合う生徒だった。
彼女は授業中なにか独り言を喋っていたがよく見てみると、机の上に熊の小さな人形をだしそれと喋っている。まだ、幼い子が人形に話しかけるように高校生になってしかも学校で恥ずかしげもなくそんなことをしていた。
その後の授業も休み時間も昼食もことある事に彼女は人形と喋っていたので、女子たちはおかしな子だと思い半分ほど相手にしなくなった。まぁ、男子たちはそんなこと構わず彼女に話しかけていたが。
そんなことを考えて尾行している間に彼女は家に着いたようだ。
その家は坂の上にある庭が広くおおきな一3階建ての軒家で玄関はフランスのパリにあるような造りでとてもオシャレだった。
そうこうしていると彼女は家の門を開けようとしている。
どうすればいいのか?10月とはいえ夜になるのはまだまだ先だ、だが人払いをしているから今なら気付かれずに殺すことが出来る。
散々迷ったが、俺は結局「殺せ、殺せ」という頭の中に響く声に背中を押され彼女の首を創り出した短刀を斬ろうとした瞬間。
「えっ?」
腕が動かない。なぜだ?今まで殺すときにこんなことは無かった。いつでも俺は、この腕を機械がいつも同じ作業をするように正確に振り下ろすことができた。こんなことは初めてだ。それに、何故か、涙が出てきた。今まで殺してきた奴らの顔がどんどんと頭に蘇ってくる、死に面した恐怖の顔が、仲間を殺された怒りの顔が、そして殺された時俺を睨んだ呪いの顔が濁流のように俺の脳を襲う。
泣きそうになりながら俺は短刀を構え直したが、
殺意に気づいたのかことみやが振り返った。
たいそう驚いただろう。
俺の予想通り彼女は目を丸くして驚いてる。
振り返ったら短刀を振り上げて自分のことを殺そうとしている奴が泣きながら睨みつけているのを見たらそりゃ誰だって驚くだろう。
「逃げろ……俺から今すぐ逃げろ。殺される前に。」
何をわけのわからないとをくちばしっているんだ俺は?
「ここで俺に殺されたくなければ、今すぐ立ち去れ、この街から出ていけ。」
違うだろここは何も言わず短刀で刺し殺すんだろ。
「えっと、夕立くんでしたっけ?さっきから何してるんですか?怖いですよ、そんなもの持って。しまってくれると嬉しいいんですが。」
そんなわけの分からないことを言っている俺に向けて彼女は少し困った顔で笑いながら俺に言葉をかける。
その少女を殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
そんな言葉がまたしても俺の頭の中を反響する。
だが、さっきのような勇気はわかずかわりに罪悪感が膨らんでんゆく。
この少女は殺さなくてはいけない、誰かがそう願っている。
なのに、なんだこの感情は?今まで感じたことの無い未知の感情だ。
「頭が痛いッ…ものすごく。」
「大丈夫、 夕立くん?…とりあえず家に入ってください。」
そう言って彼女が俺の腕を取ろうとした時。
「その子から離れるんだ心葉。」
門の方から声が聞こえる。
「誰だ、アンタ?」
その男は黒髪を肩まで伸ばし全身黒い服を着ていた俺より体は大きく多分175cmくらいあるのではないか?
しかし、その男は異色なところが1つだけある。
それは、何故か古くてところどころ擦れた女物のコートを羽織っているところだ。
「私の名前は終夜新月。そこにいる琴宮心葉のボディーガードで、魔術使いだ。」
それを聞いた時俺の視界は真っ暗になった。しかし、それとともに安堵と言うのだろうか?そういう感情と一緒に俺は暗闇に落ちた。
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