25.亜人、光明の一手を打つ
ヘイロンに逃がしてもらったニアは村の出口まで走る。
無残に転がる死体を見ないようにして、震える足を懸命に動かした。
気を抜いてしまえば涙が出てくる。
家族が殺され、兄が死んで……ニアは彼らの事を好きではなかったけれど、それでも心の整理はすぐにはつけられない。
泣きだしたいのを必死に堪えて、ニアは村の出口にたどり着いた。
周囲を見渡して探る。そうすると遠くにイェイラの姿を見つけた。
「イェイラ!」
呼びかけると彼女はニアを見て、ぐったりとその場に座り込んでしまった。それに驚いて駆け寄る。
「イェイラ! だいじょうぶ!?」
「え、ええ……なんとかね」
どういうわけか。イェイラは酷く憔悴していた。
項垂れて呼吸も荒い。ここまで走ってきたのかとも思ったけれど、それとも少し違うような気がする。
「あなたが、ここにいるってことは。賭けは成功ってわけね」
「ハイロ、たすけてくれたよ」
「ふふっ、……びっくりしたでしょう」
ゆっくりと話をするイェイラは少し落ち着きを取り戻し始めた。
「あなたを追いかけていたんだけど、間に合いそうもなかったから。ハイドに頑張ってもらったのよ」
イェイラはニアに、今回の救出作戦の概要を説明してくれた。
===
――数分前。
ニアとレオスが村に着いた直後。
ニアを追いかけていたヘイロンとイェイラは足早に森の中を進んでいた。
「やっぱり心配ね」
「なにがだ?」
「ニアのこともだけど、あの噂。彼女の故郷が滅ぼされたって話」
獣道を行きながら、それを聞いたヘイロンは険しい顔をする。
「噂だって流したいところだけど……あの二人の目的地がそこかもしれないって言うのはどうしても不安になる」
「でも、それならどうしてあの兄貴は村に戻るんだ? まだ敵が居るかもしれないだろ?」
「それは……分からないけど」
――考えすぎだ。
と言いそうになったヘイロンは、まてよと一度思案する。
レオスは怪我をしていた。あれを負った原因はなんだ? ただの負傷でないのは確実。ならば……誰かに襲われたと考える方が筋は通る。
「もしかして……逃げ出してきたのか?」
「……うん。それならあの村にいたのも説明がつくかも。近場にある村はあそこしかないもの」
「仮にその噂が本当で、あいつが敗走したってんなら……錯乱してても不思議じゃない。あの時の様子もおかしかったしな」
滅ぼされたってことは、一族皆殺しもあり得る。そんな惨劇を目にして正気でいられる方がおかしい。
「それなら、こんなチンタラ歩いてる暇はないってことだ」
「それはそうだけど……移動手段は徒歩しかないじゃない。どんなに急いでも追いつける距離じゃな」
「――転移魔法を使う」
ヘイロンの意見を聞いて、イェイラは驚愕に目を見開いた。
そんなの、使うって言って使えるほど易いものではない。使い手だっているかどうか怪しいものなのだ。
「そっ、そんなこと」
「俺ならできる」
断言したヘイロンにイェイラはこめかみを抑える。
確かにこの男なら出来そうではあるが……それにしたって規格外すぎる。
「出来るってあなたねえ。それがどれだけの神業か、知らない訳でもないでしょう!?」
「ああ、でも俺の転移魔法も万能じゃない。飛べるのは一か所だけだ」
転移魔法を使うには、行きたい場所にマーキングを施す必要がある。
どこにでもポンポン行けるわけではないらしい。
「俺の転移魔法のマーキングは昔いた古巣にしてある。これを消してしまったら戻れなくなるが……まあ、未練もないし別にいいさ」
ヘイロンが語る古巣というのは、彼が逃げ出したカイグラード王国。そこにある一室。
仲間たちと共に過ごした場所だ。
彼らはヘイロンを裏切った。ならば今更そんな場所に用もない。
「それだとマーキングはどうするの?」
「問題はそこなんだ。マーキングをするには実体を持ったものに触れなくちゃいけない。ここにニアはいないし、このままじゃ無用の長物になっちまう」
「実体を持ったモノ……」
ヘイロンの話を聞いてイェイラは考え込む。
彼女の中には一つだけ、この状況を打破できる策があった。
「ハイドなら……出来るかもしれない」
「それ、本当か?」
「ええ、あの子は私の影だけど……切り離すことは可能よ。そうすれば影じゃなく、実体も持てるし……でもあまり試したことはないのよ」
イェイラが言うには、この状態はかなりのリスクがあるのだという。
まず、それをしてしまえばイェイラはまともに動けなくなる。
いつものハイドの姿が通常だとして、今回の実体を持たせる方法はかなりの魔力を使用する。
自分の中の魔力が大幅に減ってしまえば虚脱状態になってしまうのは、人間も亜人も変わらない。
つまりそれ以降のイェイラは使い物にならないということだ。
そして、ハイドを自分から切り離すということは、彼のコントロールが出来なくなるということ。
イェイラの傍に居る時はまだ大丈夫だが、そこから離れてしまえば錯乱して暴れてしまうのだという。
一応自我は持っているし簡単な命令は聞いてくれるが、すぐに正気には戻らない。
「ハイドは影の中に潜める。そこに際限はないから……私が知らない場所でない限り必ずそこにたどり着ける」
「ってことは、ニアの元にも行けるってことか?」
「ええ、可能なはずよ。でもこんなこと試したことはないから……確証はないけど」
「それで充分だ」
実体を持ったハイドに転移魔法のマーキングを施す。
その状態でハイドにはニアの元に向かってもらい、姿を現したらヘイロンが転移魔法で飛ぶ。
「これなら出来そうだな」
「問題はハイドが暴れるかもしれないってことよ。そうなったら見境なく襲うだろうから……きっとニアも無事じゃ済まない」
「そうなったら俺が動きを封じる」
「あまり手荒な真似はしないでね。あの子は私の半身のようなものなんだから」
「分かってるよ。出来るだけ優しくだな」
不安げな顔をするイェイラにヘイロンは笑って約束する。
彼女は今まで一人で生きてきたと言っていた。そんなイェイラにとって、ハイドは家族も同然の存在なのだ。それを一時であるが手放すことは、とても心苦しいのだろう。
「任せとけ。俺に出来ないことはない!」
「はあ……分かったわよそれは」
呆れたように溜息を吐いてイェイラはハイドを出現させる。
いつもはもやのかかったような姿をしているが、実体を持たせたハイドはくっきりと景色に浮かび上がっていた。
「これでマーキングは出来るはず」
イェイラの合図にヘイロンはハイドの黒い身体に触れる。
この前触れた時は冷たかったが、今はとても熱い。まるで生物そのものの温かさだ。
「それじゃあ、ハイド。お願いね」
「ウゥ、うン!」
尻尾を振ってハイドは影に潜った。
「影の中ならすぐに辿り着けるわ。転移の準備を」
「ああ、お前も気をつけろよ」
「言われなくても分かってるわよ。さっさといってらっしゃい」
イェイラはぞんざいに手を振って送り出す。
素っ気ない物言いに苦笑して、ヘイロンは転移魔法を発動させた――。
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