23.剣聖、因縁を斬る
吐き捨てるように言うと、ヘイロンはジークバルトへ向かっていった。
剣を持たないヘイロンは肉弾戦と魔法が武器だ。対してジークバルトは剣聖なだけあって武具の扱いは天才的。
どんななまくらを扱っても、剣聖ならばそれで敵を千は斬る。
けれど彼の場合、剣の技術のみで剣聖という異名を語っているわけではない。
肉薄したヘイロンにジークバルトは袈裟懸けに剣を振るった。
彼の振るうのは名刀と言われる業物。切れ味は折り紙付きだ。鎧も着こんでいない生身のヘイロンにはそれを防ぐ術はない。
けれどそもそも、ヘイロンは防ぐ必要すらないのだ。
右の前腕で振り下ろされた剣の速度を落とす。
骨さえも絶つ剣撃はあっさりとヘイロンの腕を切り落とした。しかしその瞬間には切られた腕が再生する。
――否、元に戻る。
まさに肉を切らせて骨を断つ。
斬り込んだ剣は腕を切り落とした後、ヘイロンの身体に止められた。勢いを殺された剣を引き抜こうとしてもそれを許すヘイロンではない。刀身をがっしりと掴みこんで離さない。
「焼死、凍死、感電死。好きなのを選ばせてやる」
「ふははっ、どれも御免被る!」
ジークバルトはヘイロンの身体で止められた剣の刃に片手の手のひらを当てがった。鋭い切れ味は彼の皮膚を裂いて血を滲ませる。
自らの血液を握り込んで滴らせる――すると、それは血の刃になった。
逆刃になったそれを、身動きの取れないヘイロンに向かって振り下ろす。
それをもう片方の腕に突き刺して止める。
剣聖であるジークバルトの能力は血陣生成。今のように血液を武器にも変換できる。そしてそれは――自分のものでなくても可能だ。
「私は使える手が二つしかないのでな。如何せん手数が限られる」
にやりと笑ってジークバルトは、トントンと足裏で地面を小突いた。
二人の足元にはヘイロンが一方的に斬られたおかげで血だまりが出来ている。
ジークバルトの合図に呼応するように、血だまりが波打った。
血だまりは鋭い刃となって、下からヘイロンに襲い掛かる。
「ぐぅッ! ――っのやろう!」
しかし全身くまなく串刺しにされてもヘイロンは倒れなかった。痛みに耐えさえすれば、身体を復元できる。怪我なんて何の足枷にもならないのだ。
けれど攻撃の衝撃で、掴んでいた剣を離してしまった。
そのせいでジークバルトに距離を取られる。
「なかなか攻め手に欠けるな……って言っても、アイツに遠距離は分が悪い」
ジークバルトへの遠距離攻撃……魔法での攻撃はほとんど通じない。
火炎も凍結も雷撃も、すべて一刀両断で斬られてしまう。だからこその接近戦だ。近距離からの魔法攻撃ならさしもの剣聖も斬ることは出来ない。
こうして鍔迫り合っているのは、一見相手に有利に見えてヘイロンにも利があってのことだ。
しかし、決め手に欠けるのは向こうも同じ。
どれだけ手傷を負わせても致命傷にはなりはしないのだ。だからこそ、ヘイロンを殺しきるには一撃で急所を突かなければならない。
ジークバルトもそれを理解しているはずだ。故にそれを逆手に取る。
「それにしても驚いた! あんな失態を冒した貴様が、よりによってあの小娘と共にいるとは! 実に因果なものだっ!」
「あァ? なんのことだ! 分かるように言いやがれ!」
「どうして私がこの場所にいると思う? ただの亜人の村を滅ぼすほど、私も暇ではない。故あってのことだ」
ジークバルトは声高に吠えた。
確信を突かない物言いに、ヘイロンは苛立ちを覚える。無駄話をしている暇はないが……ジークバルトがどうしてこんな場所にいるのか。それはヘイロンも気になっていた。
逃げ出した勇者を捕らえに来たという風でもない。
「あの小娘の一族は魔王の縁者だ。だから滅ぼす必要がある。危うい芽は摘みとっておかねば後々の脅威となる。貴様のようにな」
ジークバルトの告白に、ヘイロンは一瞬動揺を見せた。
つまり……ヘイロンは彼女の一族の仇でもある。ニアが隠していた秘め事はこのことだ。
ニアはヘイロンの正体を知らない。
元勇者ではなくただの旅人だと思っている。その事が今の良好な関係を作っているのだ。
もしこれがバレたら、彼女はなんと言うのか。想像もつかないが、今のままではいられないだろう。
けれどヘイロンにはニアを助けた責任がある。たとえ傍にいられなくなったとしても、誰か代わりを見つけることも出来るのだ。
それまで共に居るくらいは許されるはず。そうであってほしい。
邪念を振り払ってヘイロンはジークバルトを睨みつける。
だったら早々に決着をつけてニアの元に駆けつけてやらなければ。
「……お前に俺が殺せるのか?」
「ふははっ、試してみようか」
水平に剣を構えたジークバルトは地面を蹴った。一直線に向かってくる相手にヘイロンは受け身の態勢をとる。
瞬きをする刹那の一瞬。
突き立てられた剣先は寸分の狂いもなく、ヘイロンの心臓を貫いた。
急所を狙った一撃に、ジークバルトは笑みを深めた。
手ごたえは確実にあった。鋭い突きから放たれた一撃は確実に心の臓を穿った。
どれだけの強者でもヘイロンは人間だ。急所を突けば絶命する。
――そのはずだった。
「はっ、……ざんねんだったな」
「……なんだと」
「おれを殺したいなら、首か頭だ。覚えとけよ」
ジークバルトが動揺した一瞬をヘイロンは見逃さなかった。
突き刺さった剣を片手で掴み、空手は拳を作る。焔がジリジリと手中で燻っていた。
「このっ、化け物がァ!」
「ははっ、いいねえそれ! いま一番聞きたい言葉だ!」
陳腐な捨て台詞に、ヘイロンは笑みが抑えられない。
今も昔も、そうなることを目指してきたのだ。ヘイロンにとって、これ以上の賛辞は存在しない。
――〈灼熱円環〉
拳に纏った炎をジークバルトの顔面にぶち込む。
殴りぬいた灼熱は大の大人の身体を軽く打ち上げた。
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