15.亜人、赤面する
ニッコニコの笑顔で答えたヘイロンに、イェイラは表情を凍り付かせる。
きっと何をしてもこの男には勝てない。彼女の相棒であるハイドであっても無理だ。どれだけ傷つけても、あのように治せるなら無意味。
敗北を察したイェイラは両手を挙げた。
「わかった……降参する」
「うん、懸命な判断だな」
「それで、私をどうするつもり?」
「なにが?」
「殺すの?」
緊張した面持ちで尋ねるイェイラに、ヘイロンは天を仰ぐ。
「村長には村を襲う輩をどうにかしてほしいって頼まれたんだ。殺せとは言われていない。だからお前がこのまま手を引いてくれるのなら、それでおしまいだ」
「……っ、そう。わかった」
ヘイロンの答えを聞いて、イェイラは安堵する。
彼女にどんな理由があってこんなことをしたのか。それはヘイロンには知れない。知りたいとも思わない。
けれど、ケジメはつけてもらう。
「ああ、でもニアに謝ってくれよ。怖い思いさせて泣かせたんだから」
「そうね……そうする」
イェイラは素直に頷いた。
それを確認したヘイロンは避難していたニアの元に彼女を連れて行く。
「ハイロ!」
「ニア、もう大丈夫だ」
「でも、ケガしてたよ!」
「怪我ぁ? ニアの気のせいじゃないか? あっ、でも服がダメになっちまったな。新調しないと」
いつも通りのヘイロンに、ニアはほっとした。
彼の言う通り怪我もしていないし、ニアの心配した事態にはならなかった。
落ち着いたところでヘイロンは、ニアの背を押してイェイラの前に連れて行く。彼女の姿を見たニアは、反射的にヘイロンの背後に隠れてしまった。
怯えているであろうことを察して、イェイラは姿を隠してしまったニアに優しく語り掛ける。
「さっきはごめんなさい。あなたは何も悪くない……私がそうだって、勝手に思い込んでしまったの。本当にごめんね」
「……いいよ。ニア、おこってない」
ぽつりと、ヘイロンの陰に隠れてニアは呟く。
その様子を黙ってヘイロンは見守っていた。おそらく、何らかの事情がある。けれど本人はそれを秘密にしているのだ。自分から話さない限り、ヘイロンはそれに干渉しないと決めている。
だから今は聞こえないふりをする。
「たぶん、イェイラみたいな人……いっぱいいるから。ニア、気にしないよ」
「……そう」
悲しげに語るニアの声音に、イェイラは物憂げな表情をする。
何かを察した彼女は最後に一つだけ、とニアに問いかけた。
「あなたはどうしてここにいるの?」
「ニア、捨てられた。いらないって言われたから」
「そう……なら、アレとはもう無関係なのね?」
「う、うん。たぶん」
二人の会話はヘイロンにはとんと意味の理解できないものだった。
けれどイェイラはそれを聞いて、明らかにほっとしたように安堵した。きっと彼女にとっては重要なことだったのだ。
「わかったわ。迷惑かけてごめんなさい」
「誤解がとけて良かったな。それで、お前はこれからどうするんだ?」
「さあ? 行く場所も帰る場所もないし。それはこれから決めるつもり」
ボロを纏ったイェイラの恰好から察するに、彼女は行く当てもなく放浪しているのだろう。
亜人でこういった境遇の奴は珍しくない。そういう奴らがこうやって村を襲ったり人様に迷惑をかける生き方をしているのだ。
「ハイロ」
「うん?」
「いっしょに行くの、ダメ?」
ヘイロンの手を引いて、ニアは思いがけないことを言い出す。
それに一番驚いたのは他でもない、イェイラだ。
「な、何を言っているの!? わたし、あなたのこと」
「ニア、きにしないよ」
「でっ、でも! だからってそんな」
「俺は構わないぜ。賑やかな方が楽しいだろ」
「……っ、そんな! もっとよく考えてから――」
声を荒げて抗議するイェイラ。慌てる彼女の影から、先ほどヘイロンに襲い掛かってきた黒い獣――ハイドが出てきた。
「ウゥ、ウレしい! トッテもウレしいナァ!」
大声で叫ぶと、ハイドは千切れんばかりに尻尾を振って地面に寝転ぶと腹を見せる。
さっきとはまるっきり違う態度にヘイロンが驚いていると、ハイドの大声よりもでかい声でイェイラが言い訳をはじめた。
「ちっ、ちがうの! これは、その!」
「なに慌ててるんだ?」
「あっ……そ、そうだった」
ヘイロンの指摘に、イェイラは落ち着きを取り戻す。
ハイドを撫でながら彼女は恥ずかしそうに話してくれた。
「こ、この子ね。私と同じなのよ」
「おなじ?」
「そう、同一だと思ってくれていい」
彼女の告白にヘイロンは眉をひそめる。何を言いたいのかがまったく分からない。それはニアも同じようで、ヘイロンと同じくううん、と唸っている。
「でも中身……心は真逆でね。怒りや憎悪には同調してくれるんだけど、通常の精神状態だとまるっきり逆のことしか言わない。逆って言っても、それも私の本心だから、そのね……今のは」
「誘ってくれて嬉しかったのか?」
「――っ、ううぅっ、そうよ! すごく嬉しかったの! だって、一生ひとりで生きていくしかないって思ってたから、だから」
叫びながらイェイラは涙する。
へたり込んで顔を上げない彼女に、ニアは近づいて大丈夫だと声を掛けた。
「ハイロ、すこしヘンだけどやさしいよ」
「……なあ、今の優しいだけで良かったんじゃないか? なんで余計な一言入れるんだよ」
「だって、本当のことだもん」
「あっ、言ったな。このヤロウ!」
お仕置きと言わんばかりにヘイロンはニアを頭上高く抱き上げるとグルグルと回りだす。
ひとしきり楽しませた後、ニアを肩車したヘイロンはイェイラに向かって改めて手を差し伸べた。
「はははっ、いいね。楽しそうだ。ニアも嫌がってないし歓迎するよ」
「あ、ありがとう。これからよろしく」
「ウゥ、ウレしい! シアワセだナァ! ――っ、ングゥ」
目にも止まらぬ速さでイェイラはハイドの口を塞いだ。
引き攣った笑みを浮かべる彼女を見て、ヘイロンは心から同情する。
「こりゃあ、生きるのが大変そうだ」
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