14.元勇者、圧倒する
「なんなんだ? まったく……」
イェイラとニアの間に割って入ったヘイロンは状況を読めずに困惑した。
読めないながらも何だかヤバそうだったもんで、威嚇として魔法で攻撃してみたが目の前にあるのは抉れた地面だけ。
どうやら避けられたようで、ヘイロンは内心やるな、と感心していた。
「あなたは……」
「誰だ、って質問は先に自分が名乗るもんだぜ」
「……あなた、人間ね?」
「それがどうした?」
「お前たちに名乗る名は持っていないの。邪魔をしないでちょうだい」
未だ殺気を放つイェイラに、ヘイロンはやれやれと肩を竦めてみせた。
取り合わないでニアを連れて逃げてもいいが……一応、頼まれたことはしっかりとこなさなければ。
相手に意識を集中していると、突然背後から抱き着かれた。
「――っ、ハイロぉ」
「おっと。怪我はないか?」
「うん。だいじょうぶ」
背中越しに聞こえるニアの声にヘイロンは安堵する。
けれどこの状況、謎ばかりだ。
「あの女、ものすごく怒ってるぞ。お前何やったんだよ」
「ニア、なにもしてない」
涙声で訴えるニアに、ヘイロンはそれもそうかと思い直す。
ニアが何かするとは思えないし、だったらあちらが勝手にイチャモンをつけてきたのだろう。
「危ないからニアは後ろに下がってな」
「う、うん」
頭を撫でて優しく声を掛けると、ニアは涙を引っ込めて走っていった。
それを見送って、ヘイロンは開口する。
「その黒いの、お前のか?」
「ええ、そうよ」
「たった今、村長から魔物退治を依頼されたんだ。黒い獣みたいなやつって言ってたが……村を襲っていた犯人はお前らで間違いないな?」
ヘイロンの問いかけに、イェイラは人差し指を口元に持っていく。
「さあ、どうでしょう?」
「こんなことをしても自分の首を絞めるだけだ。やめた方が」
「あなたに何が――ッ、邪魔をしないでって言ったはずよ!」
怒声を上げたイェイラは、取り出した投げナイフをヘイロンへ投擲する。
見たところ、なんの細工もない攻撃。軽くいなして追撃に転じよう。
目前に迫ってくるナイフの切っ先を凝視していると――突然、ヘイロンの視界が黒に染まった。
「シシッ、シんでミるカァ?」
何もない所から、先ほどの黒い獣が躍り出た。
至近距離からの出現に、ヘイロンは面食らってまともな回避行動はとれない。
鋭い爪先が袈裟懸けに振るわれ、皮膚を裂き、肉を切る。赤い鮮血が地面に零れるが、ヘイロンは倒れない。
半歩下がり、踏みとどまったヘイロンはすかさず獣の身体を掴もうと手を伸ばす。しかし、触れた瞬間、手のひらに冷たい感触を残してそれは消えてしまった。
「ちっ、くしょう。イイのもらっちまった」
「いまの傷、相当深いはずよ。無理をすれば死んでしまうかも。ここで手を引くなら命までは取らないわ」
彼女の指摘の通り、裂傷は深い。このまま動き続ければ失血死は免れないだろう。
普通の相手なら、このままイェイラの勝ちだった。不敵に笑ったその表情も歪むことはなかったはずだ。
しかし、運が悪いことに相手はデタラメな強さを持つヘイロンだ。こんな相手に負けるはずはない。
「お気遣いどうも。でもいらない心配だったな」
「……っ、なによそれ」
負ったはずのヘイロンの怪我が癒えていく。
イェイラはあり得ない現象に絶句した。あんなの人間が出来る事じゃない。
通常、回復魔法は肉体の治癒力を高めるもの。どれだけの使い手でもほんの数秒で傷を塞ぎ何もなかったかのように元通りにすることなんて出来ない。
しかし、それを目の前の男は出来ている。
「あ、あなた……っ、なんなのよ」
「ただの旅人だよ。すこーしだけ訳アリのな」
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