13.亜人、豹変する
翌日、二人は昼頃にマーシア村に着いた。
「何か異常がないか確認してくれってことだったが……見た感じ普通だな」
村の入り口でヘイロンは独りごちる。
荒れているわけでも、物々しい雰囲気でもない。至って普通の田舎村である。
「ハイロ」
「なんだ?」
「ニア、どうする?」
「そうだなあ……一度俺が様子を見てくるよ」
連れて行きたいが、ヘイロンは安全をとった。
火のない所に煙は立たない。何か異常があったと仮定して、それに関係している可能性があるのが魔物や亜人である。
今ニアを連れて行くのは、渦中に飛び込むのと同義である。
「すぐに戻ってくるから、ここで待っててくれよ」
「うん」
「いいか? 勝手にどっかいくなよ!」
「うん!」
「絶対だからなっ!!」
「わかってるぅ!!」
ちらちらと何度もニアを振り返りながらヘイロンは村の中へと消えて行った。
それを見送って、ニアは村の外壁に寄りかかる。
ふと視線を上げると、ニアはあるものに気が付いた。
向こう側に見える藪のなか、そこに人影が見えるのだ。二人組、じっとこちらを見ている。
「なに!?」
彼らに向かってニアは声を張った。
二人の正体は何となく予想はついている。昨日感じた匂いがこの村の周辺から漂っていたからだ。
魔物、または亜人――同胞の匂いだとニアは直感的に理解した。
「おマエこそ、ナンだ?」
直後、耳元で低い声が聞こえた。
ゾッとしてニアが振り返ると、そこには日陰に溶けて真っ黒な何かがいる。
ボサボサの毛を逆立てた、四足の獣のようなもの。けれど体型は普通の獣と違うように見える。
まるで人がそのまま四足歩行になったような風貌なのだ。
「うっ、」
突然のことにニアは身動きが取れなかった。恐怖と緊張で足が動かない。
固まったままでいると、その影はニア目掛けて手を伸ばす。頬に触れた感触はひどく冷たかった。
「やめなさい」
直後、ニアの視界の端で声が聞こえた。
影の化け物はそれを聞いて動きを止める。それに釣られてニアも声の主を見た。
そこには白髪の女性が立っていた。
髪色だけではない、全体的に色素が薄いのか。纏っているボロを除けば儚さだけが印象に残る風貌をしている。
彼女は赤い瞳をニアに向けて、一言。
「その子は関係ない。戻ってきなさい」
「ウ、ウウゥ……」
女の一喝を受けて、影の化け物は日陰に沈んでいった。
姿が消えて、ニアはほっと胸を撫で下ろす。本当に殺されるかと思った。今も心臓の音がうるさい。
「ごめんなさいね。あなたを怖がらせるつもりはなかったの」
「う、うん。だいじょうぶ」
気丈に振舞っていても目尻に浮かんだ涙に、彼女は笑みを湛える。
指先でニアの涙を拭ってくれた。触れた指先は温かい。
「あなた、亜人?」
「うん。そっちも?」
「ええ、よくわかったわね」
「……さっきのは?」
「ハイドのこと? あの子はもう居ないから安心して」
優しい笑みを浮かべて女はニアに微笑む。
彼女の言葉は本当で、先ほどのような嫌な気配はもう感じない。
「そういえば名乗ってなかったわね。私はイェイラ」
「ニア。ガ・ルデオ・ニア」
恩人や同胞には本名を明かすのが亜人のルールだ。それが礼儀だと言われてニアは育った。
だから特に気にも留めないでイェイラに名を明かした。
けれど、ニアの名を聞いた瞬間――彼女は驚愕に目を見開いた。
「まさか、ガルデオ……ガルデオニアスッ!?」
腹の底から出た声は激昂に近いものだった。
イェイラは怒っている。それが何に対してなのか、ニアには分からない。
けれど一つだけ分かることがあった。
――いますぐこの場から逃げ出さなければ殺される。
「……ハイド。この子、今すぐ殺しなさい」
「ウ、ウイィ」
イェイラの呼びかけに反応して、姿を消したはずのハイドが彼女の影から現れた。
目に見えない殺気が、ニアの首を絞めてくる。呼吸もままならない状態で、それでも逃げようと足を動かす。
けれど縺れた足は上手く動かないまま、ニアは尻もちをついた。
「あなたに罪はないけれど、ここで死んでもらいます」
「い、いやだっ」
「恨むのなら、あなたの――」
イェイラの言葉は、途中で途切れた。
代わりにニアが聞いたのは、――爆音。地鳴り。衝撃。眩いほどの閃光。
白けた視界の中には、見慣れた姿があった。
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