12.元勇者、強襲される

 

 ロバステ村を出て一日。

 日が暮れてきた所でヘイロンは池の近くに野営することにした。


 鍋に水を汲んで、干し肉と乾燥野菜を少々。塩と油を混ぜてひと煮立ちする。

 それに焚火で焼いた魚を添えて、今日の夕飯は完成。


「うーん、可もなく不可もない。普通だな。どうだ? うまいか?」

「うん、おいしい」


 ニアは何を食べてもおいしいと言う。今までの食事を思えば何でもおいしい部類に入るのだろうが……飯を作る身としてはもう少し感想が欲しいところだ。


「おいしいってどれくらい?」

「ん、……おいしいじゃダメ?」

「俺としてはもっとこう、捻りが欲しいな。ほら、このスープ雨水よりうまい! とか、泥水啜ってる方がマシ! とか」


 ヘイロンの注文にニアは不思議そうに瞠目した。

 それを見て難しいことを言ったとヘイロンは天を仰ぐ。


「あー、今のは気にしないでくれ。そうそう、おいしいで充分だ」

「ヘンなの」


 少し笑ってニアは魚に齧りつく。

 最初こそあまり笑わなかったが、最近はよく笑うようになった。子供らしくてよいことだ、とヘイロンは思う。


「今日は寒くなるから、スープ飲んでおけよ。あと毛布、俺の分も使っていいからな。風邪ひかないように」

「ハイロは?」

「俺は寒いのには慣れてるから大丈夫だよ」


 そう言って、ヘイロンは焚火の火をいじる。

 ニアは自分の背嚢から寝具一式を取り出すと、それを抱えてヘイロンの近くに寄ってきた。


 傍に立たれたヘイロンは何事かと彼女を見つめる。

 心なしか、ニアの顔が少し赤い気もする。火に当たって火照ったのだろうか。


「どうした?」

「ひとりでねるの、さむいから」

「ああ、だから俺の毛布も使っていいって」

「ち、ちがう!」


 突然大声を上げて、ニアは地団太を踏んだ。

 それに驚いて目を丸くしているヘイロンの手を取ると、彼女はヘイロンの真ん前に陣取った。身体に寄りかかって頭から毛布を被る。

 ほのかに伝わる体温が心地よく感じる。


「あっ、あぁー……そういうことね」

「……っ、」

「一緒に寝たいならそう言えばいいのに」

「きこえない!」


 怒ったように抗議するニアに、ヘイロンは微笑ましくなって笑みを零す。

 ここ数日、一人で寝ていたけれどもしかしたら人肌が恋しかったのかもしれない。ニアはまだ子供で、親に捨てられたのなら当然のことだ。


 なにはともあれ可愛いものだ、とヘイロンは思った。


「……ハイロ」

「うん?」

「くさい」

「えっ!?」


 被っていた毛布から顔を出したニアは、顔を顰めて訴える。

 それにヘイロンはどきりとした。村を出て一日、日中は暑かったし一応池の水で身体は洗ったけれど、清潔とは言えない。


「汗くさいか?」

「ちがう、それじゃない」

「なっ、え?」


 違うってどういうことだ? とヘイロンは混乱する。

 少なくとも汗くさい、けれどその匂いとは別に何かがある、ということか? でもくさいと断言されたことには変わらない。


 今度村に立ち寄ったら石鹸でも買おうかな、なんて思っているとニアは頭上を見た。


「あそこ」

「うん?」


 ヘイロンが釣られて見上げた瞬間、闇の中なにかが木の上から降ってきた。

 それはヘイロンの顔面に鋭く爪を立てる。


「ッギィャアァーーーー!!!」


 叫び声にびっくりしてニアの肩が飛び跳ねたのと、ヘイロンが正体不明のそれを顔面から引っぺがすのは同時だった。


「うっ、イッテェ……」

「だいじょうぶ?」

「あ、ああ。たぶん」


 引っかかれただけなら問題ない。さっきは驚いただけだ。

 そう自分に言い聞かせて、ヘイロンは掴んだものを明るみに出す。


 降ってきたのは小動物だ。小さなリス。比較的どこにでもいる。ぱっと見て不自然なところは何もない。

 ――と、素人なら思うだろう。


「これ、灰招きだ」

「ハイマネキ?」


 初めて聞くだろうそれにニアは興味津々である。

 好奇心に後押しされるようにヘイロンは、この『灰招き』について説明をする。


「不死身の魔物って言われてるんだ」

「ふつうに見える」

「そりゃあ、こいつが生物に寄生するからだよ」


 そう言って、ヘイロンは灰招きを鷲掴み、頭を引きちぎった。

 ギュッ、と濁った断末魔を上げてそれは絶命する。突然のことにニアは心底びっくりして声も出ない。


「ん~、どっちかなあ」


 千切れた頭と胴体を見比べて、ヘイロンは頭を焚火に投げ入れた。

 残った胴体の腹を割いて、指先で臓物をほじくりだす。


「お、あったあった!」


 ヘイロンが灰招きの中から取り出したのは、赤色の球だった。


「これが灰招きの正体だ」

「これが?」

「この核、そのものが生物なんだ」


 ――不死身の魔物、灰招き。

 それは寄生した宿主を乗っ取り、やがてその身体を自分のモノにしてしまう。

 寄生されている生物は、それが生きている間は寄生されていることに気づかない。死んだ後に、それが灰招きによって蘇生してそこでやっと寄生されていたと分かるのだ。


「こいつが灰招きって呼ばれている理由は、こうやって核を取り出すと抜け殻になった身体は灰になるからなんだ。だから灰招きってね」

「ほんとだ」


 いつの間にか胴体部分は灰になって崩れてしまっていた。

 手の中に残った灰を撒いて、ヘイロンは灰招きの核を手のひらに乗せる。


「こいつの面白いところはもう一つある。なんだと思う?」

「ん、わからない」

「この核が莫大な魔力を含んでいる、ってところだ」


 魔法士たちはこいつを取り込んで自身の力を増幅させる。

 けれどこれにもある程度の素養が求められる。自身の魔力量、その許容を超えてしまうと逆に灰招きに身体を乗っ取られる。

 ミイラ取りがミイラになる、そんな事態になりかねないのだ。


「なんで俺がこんな話を知ってるかというとだな。昔教えてもらったからだ」

「……だれに?」

「んー、誰だったかなあ。思い出したくもない」


 かつての仲間、その内の一人である賢者の顔を思い出してヘイロンは頭を振った。

 奴は魔力量だけを見ればヘイロンを軽く超える。到底人では到達できない境地だ。それを可能にしたのが、この灰招きの核を取り込むことだと以前話していたのを思い出す。

 実際彼の能力は突出していた。あながち嘘でもなかったのだろう。


「そろそろ寝ようか。明日も早い」

「うん……おやすみ」

「えぇ、そこで寝るの? さっきクサイ! とか言ってなかった?」

「ここがいちばん、あったかい」

「……あ、そう」


 野営場の周囲には罠魔法を仕掛けている。

 何者かがそこに足を踏み込めば自動で撃退できるのだ。だから不寝の番も必要ない。


 灰招きの核を布に包んで懐にしまう。

 身体に背を預けてすぐに寝入ってしまったニアを湯たんぽ替わりに、ヘイロンは目を瞑った。

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