10.元勇者、気に掛ける

 

 料理が運ばれてくると、よほど腹が空いていたのか。ニアは涙を引っ込めて皿に齧りついた。


「おいしい!」

「うん、こりゃうまい」


 良く煮込んだシチューは筋張った肉がホロホロと溶けるくらい柔らかく美味だ。

 ニアが狂ったようにかき込んでいる気持ちが分かる。


「いい食べっぷりだねえ。こんだけ美味しそうに食べてくれるなら私も嬉しいよ」


 満足げに頷く店主に、ヘイロンは食事の手を止めて話をする。


「そういえばここ最近、何か事件はあった?」

「事件? ……ああ、そういえばあったね。確か、魔王が殺されたって聞いたよ」

「へえ~、それは大事件だ」

「私は正直その手の話はよく知らないんだけど、なんでもヤバい事らしいじゃないか」

「そうみたいだなあ」


 適当に相槌を打って、ヘイロンは内心驚く。

 今いるロバステの村は、ヘイロンが所属していた国――カイグラードの国境付近。正確には国の外にある村なのだが……その村で、この程度の噂しか届いていない。


 場所によって認知に違いがある。

 王国の連中がどこまで情報を開示しているかは知れないが、少なくとも元勇者であるヘイロンが滞在できる場所もあるということだ。

 もちろん身分は隠すし、目立った行動はしない。


 目的の魔王城まで人の集まる場所を避けて行く覚悟をしていた。しかしそれだとニアに負担がかかる。ヘイロンなら何日でも野営できるが、やはり子供にはキツイ。宿のふかふかベッドが不可欠だ。


 その他諸々の理由を加味しても、今の情報は大きなものだ。

 魔王城へ至るまで、村はいくつか点在している。と言ってもそのうちのいくつかは亜人の村もあるわけだが……まあ、何とかなるだろう。


 食事を終えて金を払う。

 装備を整えた分と今の食事代。残金は金貨一枚と金片三、銀片二。支出は銀貨四枚に銀片三だ。

 こういう小さな村では大きい金は使えない。これからも金は入用になってくるだろうし、どこかで両替できると良いが難しそうだ。




 ===




 宿に戻ってくると、どうしてかニアは浮かない顔をしていた。

 さっきまで楽しそうに食事をしていたのに、その面影すらない。気になって声を掛けようとしたら、先にニアが話しかけてきた。


「ハイロ」

「うん?」

「いまの、ほんとう?」


 何の話をされているのか。一瞬分からずにヘイロンは考え込む。少しして先ほどの店主が話していた事だと思い至った。


「あー、……魔王が殺されたって話か?」

「……うん」

「ああ、うん。どうやら本当らしいなあ」


 本当も何も、魔王を殺した張本人は目の前にいるのだ。

 けれどヘイロンはそれをニアに秘密にした。彼女は亜人で、亜人にとって魔王はある種の希望なのだ。


 現状、亜人の置かれている境遇は良いとは言えない。魔王が封印されてからというもの、人間に弾圧されてその数も徐々に減ってきている。

 だからこそ魔王という存在は彼らにとってはかけがえのないものなのだ。


 しかし、いつまでも秘密にしてはいられないだろう。

 この村では身分がバレなかったが、他ではそうとも言えない。いずれニアもヘイロンの正体に気づく日が来るはずだ。


 今のニアはどこにも行く当てがない。ここで正体をばらして彼女を一人きりの状態に追い込むのはあまりにも酷である。

 せめて、一人で生きていける力をつけるまで。それか誰か共に居てくれる人が現れるまで。それまではヘイロンがこの子の面倒を見なければ。助けたのだから、そこまで責任を負うべきだ。


「そう、なんだ」


 ニアは声音を落として呟いた。

 元気のない様子にヘイロンは顔を覗き込んで話しかける。


「どうした?」

「ううん」

「ん? ああ、眠いのか? 今日はもうどこにも出掛けないから寝てもいいよ。疲れただろ」

「うん」


 返事をしたニアはベッドに寝転んだ。

 少しすると静かな寝息が聞こえてきた。


 ニアが何を思っていたかはヘイロンには知る由もない。

 出会って数日の関係だ。そこまで親しいわけではないし、言いたくないこともあるだろう。


 ニアの気持ちを察したヘイロンは、余計な詮索をせずに休むことにした。

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