9.幼女、励まされる
目的の村、ロバステに着いた二人は悪漢から奪った金で宿をとった。
二人合わせて一泊、銀貨一枚。朝食付きだ。
残金は金貨一枚と金片三。それと銀貨四枚に銀片五。
「店が閉まる前に装備を揃えないと。ニアはどうする?」
「いく!」
「ちゃんとした衣服もいるし、そうだな。一緒に行こう」
宿の主人に店の場所を聞いて、二人は必要な装備を揃える。
野営のための寝袋に煮炊きの出来る鍋。それと着替えを一組。靴も歩きやすいものを用意して、奪った服ではなく清潔なものに新調した。
ニアも同様に着替えてもらって、子供でも背負える背嚢を装備させる。
「これ、いいの?」
「ああ、自分の寝袋とか携帯食料、水くらいは入れておいた方が良い。それと、一応護身用にこれも持っておこうか」
ヘイロンはニアに小ぶりのナイフを渡した。
初めて手にする刃物に、ニアは不安になってそれをヘイロンに突き返す。
「い、いらない!」
「使わなくても持っておかないと。旅をするなら何が起こるかわからない」
「……ハイロは?」
「おれ? 俺は武器なんていらないよ。知ってたか? 剣ってなまくらでも金貨一枚はするんだ。そんなの買ってたら破産する。野宿生活はごめんだろ?」
「うー、うん」
ニアは宿の部屋を借りた時に寝転んだベッドの感触を思い出す。
あそこで毎日寝られたら最高だ。それが出来るお金は無駄遣いすべきではない。
うんうん、としきりに頷くニアを連れて、ヘイロンは食事を摂ることにした。
こんな小さな村でも食事処はある。見慣れない二人を見ても、店主のおばさんはようこそと出迎えてくれた。
テーブルに着くと、ヘイロンは意気揚々と飯を注文する。
「この店で一番うまいの頼むよ」
「お嬢ちゃんは?」
「ニアも、おなじ」
「そうかい。待ってな、すぐ作るからねえ」
子供好きなのか、店主はニアの頭を撫でて去っていった。
不意のスキンシップに一番驚いていたのはニアだ。自分の頭を触って一瞬青白くなる。それからヘイロンに目を向けると不安げな表情をした。
「どうした?」
「バレてない?」
「んー、大丈夫そうだ」
「……」
ニアは急に口を噤んでしまった。
何事だとヘイロンが様子を伺っていると、ニアは怯えたように小さな声で呟く。
「ニア、きらわれてるから」
「うん?」
「ここにいられない」
「それは亜人だからってことか?」
「ん、うん」
ニアの訴えを聞いて、ヘイロンは腕を組んだ。
目を閉じて唸り、それから一言――
「それが?」
素っ気なく言い放ったヘイロンの言葉に、ニアは黙り込む。
こうしてヘイロンと一緒に居るけれど彼は人間だ。亜人であるニアの気持ちはわからない。それを目の前に突き付けられたような気がして、ニアはとても悲しくなった。
泣きそうになるのを必死にこらえていると、ヘイロンは構わず続ける。
「何かあって、それでニアが痛い思いをしたら。嫌な思いをしたらって。それが怖いのか?」
「……うん」
ニアの気持ちを確認するようにヘイロンは尋ねる。
それに頷いたところで、彼は溜息交じりに吐き出した。
「それを俺が許すと思う?」
聞こえた言葉に驚いて、パッと顔を上げるとそこにはニアを宥めるような、ニッコニコの笑顔をしたヘイロンがいた。
「だいたいな、子供がそんなこと気にしてんじゃないよ。小さな子にそんな馬鹿なことをする奴が悪いんだ。お前が悪いわけじゃない」
思いがけない言葉にニアは唇を噛んで涙を堪える。
それでも溢れた涙はポタポタとテーブルに染みを作っていった。
「泣いてちゃ飯が不味くなるぜ? おばさん張り切っちゃってるから、ニアが美味しいって言ってやんなきゃな」
「ううぅ……」
顔をぐしゃぐしゃにして泣くニアを見て、ヘイロンは笑って涙を拭ってくれた。
「俺もな……すごく嫌なことがあったんだ。でもどうしてもニアみたいには泣けない。だから、泣ける時に泣いたらいい。涙も鼻水も俺が拭いてやるから」
ぐしぐしと買ったばかりの服の袖で、ニアの顔を拭って笑みを零す。
それに泣き笑いで返すと、でも――とヘイロンは付け加えた。
「俺の服の袖がビチャビチャになる前に泣き止んでくれよ?」
冗談交じりに言うヘイロンの言葉に、ニアは笑顔で返す。
――前言撤回。
ニアの出会った彼は少しだけ変で、おかしな人だけど。
でもとてもやさしい、素敵な人だった。
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