5.幼女、蛮人と出会う


 脱走劇を繰り広げた二人は、追手から隠れるように街道脇の森の中に身を隠した。

 抱きかかえていた幼女を地面に下ろすと、ヘイロンは彼女の身体を軽く触って無事を確認する。


「怪我ない? 大丈夫そうだな」


 そうしてからその子の手枷を引きちぎる。

 自由になった自分の手を見て、それからヘイロンの顔を見つめると、そこで幼女は初めて言葉を発した。


「ガ・ルデオ・ニア」

「ガ・ルデオ……ああ、名前か。なんて呼べばいい? ルデオ? ニア?」

「ニア!」

「ああ、そう。よろしくニア。俺はヘイロン」

「ハイロ?」

「ヘイロン!」

「ハイロ!」

「……ま、いいか」


 ニアはヘイロンのことをハイロと呼んだ。

 彼女の様子を見て、あまり教育を受けてこなかったんだな、とヘイロンは察する。このくらいの子供なら、もっとしっかりと喋れるし受け答えもできるものだ。


「ニアはなんであそこにいたんだ?」


 単刀直入に聞くと、ニアはしょんぼりと眉を下げて小さな声で答える。


「……ニア、いらない子だから」

「ふうん、親に売られたのか。ま、生きてりゃそういうこともあるよ。俺も仲間に売られたし。殺されないだけマシだろ?」

「うっ、ふうぅ」


 あれよあれよという間に、ニアの目から涙がぽろぽろと零れ落ちる。

 それは次第に嗚咽交じりになって、木漏れ日の静寂に響く。


「わ、わるかったよ。俺は励まそうとして……ほんとごめん」


 ヘイロンはしゃがみ込むと、あやすようにニアを抱きしめた。

 背中をさすってやると嗚咽が収まっていく。


「おれ、昔から他人の気持ちが分からないって言われてたから……嫌なこと言ったよなあ」


 誰にともなく呟いて猛省。こんな子供を泣かすなんて最低野郎のすることだ。

 柔らかい髪質の頭を撫でていると、ふとヘイロンはあることに気づいた。


「あ、あれぇ? これって……コブ、じゃないよな」


 ニアの頭には二つの角が生えていた。

 けれどそんなに大きくはない。伸びた髪で隠れているし黙っていれば目立たないほどだ。現にヘイロンもいま気づいた。


「もしかして、ニアは亜人の子供?」

「うん……でも、ふつうとちがうからニア、いらないって」

「そうか、そりゃ悲しいなあ」


 泣き止んだニアはヘイロンの質問に答える。

 落ち着いたのを見計らって、ヘイロンはニアを抱えると肩車をしてやった。

 肩にずっしりとした重みを感じながら、森の中を行く。


「ああ、でも普通と違うってのは悪いことじゃないぜ? 俺を見てみろ。みんなが俺を天才だっていうし、そのおかげで英雄扱いだ! でもその後、仲間に裏切られて殺されそうになって……あれ、結果的に最悪じゃん」


 ヘイロンはお喋り好きな男だった。

 聞いてもいないことをベラベラと飽きずに話す。人によってはうざったいと感じる人種である。

 けれど今のヘイロンは何かを話していないと気が持たないのだ。


 考えないようにしているが、信頼していた仲間に裏切られた傷は簡単には癒えてくれない。そのくせ涙も出てこない。こうやって冗談を言っていないと頭がおかしくなりそうだった。


「ごめん、やっぱ今のナシ! 聞かなかったことにしてくれ!」


 グッと頭を上げてニアを見上げると、彼女はヘイロンの頭の上で寝息を立てていた。

 こんなところで寝られる奴を初めて見たヘイロンは少し驚いて、それから呆けたように息を吐く。


「なんだよ。聞いてないのかよ」


 ――せっかく話し相手が出来たと思ったのに。


 少しの落胆の後、ヘイロンは気を取り直して森の中を進んでいく。

 逃げ出したは良いが正直行く当てもないし、金もない。このままでは餓死してしまう。まずは食料と水を探して、その後は人のいる場所を目指そう。


 眠ってしまったニアを起こさないように下ろすと、ヘイロンはおぶって歩き出す。

 最悪な状況は変わらないが、気分は晴れやかだった。

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