1-12『スコープ越しの景色』
耳の奥がキンとするほどの静けさは、世界から人が消えたよう。
そして、
「……なァ、エイム。今さら聞くのもアレなんだが、もしかして
二人が廃街に足を踏み入れてから、かれこれ一時間と少しが経過した頃。
歩けど歩けど
その隣で、エイムが淡々と応じる。
「元々は
「うへェ……しっかし遭難か。街中で、それも二日続けて死にかけるのは
「そうだね……ところで、こんな話をしたばっかりで悪いんだけど──」
入国してからエイムと出会うまで、
その様子を横目で見ていたエイムは、足を止めると言い
「ここから先は別行動。ジンは、このまま一人でアリーナに向かってほしい」
「鬼かよ、お前さん」
すぐさま振り返るジン。
その表情は、まさに鳩が
しかし
「遭難するかも、って話をしたばっかりだぞ? せめて目的地が見えるまでは案内してくれてもいいだろ」
「
「そりゃあそうだが……迷って到着できなかったら、それこそ
「大丈夫。あとは道なりに真っすぐ進むだけだから、歩き続ければ着く。がんばって」
「いや、でもなァ……」
まるで初めてのお使いにグズる子供と、それを
エイムが
それほどまでに路地裏で凍え死にかけた昨晩の出来事は、トラウマとして彼の中に深く刻まれていた。
とはいえ、ここで言い争いをしても
エイムは肩を竦めると、ジンに手を差し出す。
「マーリンからスマコ貰ったでしょ。貸して」
「? おう」
言われるがままスマコを取り出すジン。
エイムは、それを
数秒後、両者のスマコからピロンと電子音が鳴る。
「何したんだ?」
「連絡先の交換と位置情報の共有。こうすれば、離れていてもナビゲーションできる」
「おォ、なんか
感心するように声を上げ、直後に首を傾げるジン。
エイムは、やれやれと首を振った。
「それだと別れた瞬間に逃げられる可能性があった。でもここまで来れば、もういいかなって」
「とことん信用ねェな、
それなりの信頼関係は築けていたと思っていただけに、ジンはガックリと肩を落とす。
その隣で、さっさと行けといわんばかりにエイムが手を払っている。
流石に
「しかし、いいのかい? 旅人は道を覚えるのが得意なんだ。ここで別れたあと、
「逆に言えば、その道しか知らないし通れないってことでしょ。それにスマコで位置も
「儂、お前さん嫌い」
結局エイムを言いくるめることは叶わず、肩を落として一人アリーナへ向かっていく。
その後ろ姿を見送るエイムは、彼の背中が完全に見えなくなるまでを確認すると、自身も移動を開始した。
それから十分後──。
「うん、ここがペスポジだね」
エイムがたどり着いたのは、アリーナから二千メートルほど離れた場所にある、廃街内でもっとも背の高い建築物。もとは
エイムは、アリーナに面した部屋のベランダを
作業は慣れた手付きで
「これでよし。ジンは……」
スマコを確認する。
黒い背景の画面には、自身とジンの位置を示す赤い
ジンの印は、
直後にライフルのスコープを覗き、画面と
「うん、問題なし。なら次は……」
ジンが逃亡しなかったことに胸を
アリーナは、都市の目玉の一つとして建造予定だったドーム型の広大な
開けた内部の中央には芝が生え、その周りを囲うように陸上トラックが敷かれている。
天井は未完成のため大きく解放されており、エイムの位置から中の様子は
そうして得られた情報をジンに伝えるため、エイムはスマコを耳にあてる。
しばらく呼び出し音が鳴った後、応答が入った。
『こちらジョニー。朝食は栄養バー以外を希望する。どうぞ』
「ふざけないで」
『はい』
返ってきたのは、まるで緊張感のない
スマコを
とはいえ今は危険な仕事の
『で、どうした。なにかあったか?』
「今からアリーナ内部の状況を手短に説明する。しっかり聴いていて」
『もうそこまで分かったのか。凄ェな』
スマコの奥で、感心する声が響く。
一方、エイムの声は固い。
理由は明白だった。
「中にいるのは、誘拐犯と
『そっちから狙撃できねェのか?』
「やろうと思えば。ただ、それをして連中がパニックになったら人質が危ない。やるなら人質を確保してからか、最後の一人まで数を減らす必要がある」
そこまで説明して、エイムは思い詰めるように
現況を語るだけなら誰でも出来る。問題は、その後。
今のままでは、人質救出という重要で複雑な課題の難解さが、より浮き彫りになっただけに過ぎない。
その時、
『了解した。それだけ分かれば単純な話だ』
「……!」
話を聞いたジンは、ことも無げにそう告げた。
無言で目を見開くエイムに、続けて言う。
『
「あのね、ジン。一対一だった路地裏や、暴走ドローンの時とは訳が違うんだよ?」
確かに、ジンの作戦は"実行できるのならば"単純そのものだった。
気を引いて、不意打ちを食らわせ、その隙に全員制圧。
展開としては、この上なく理想的なものだろう。しかし作戦と呼ぶには余りに
「
エイムは、思い付く限りの否定の理由を並べる。
当然だ。見通しの甘さは作戦の
しかし、
『制圧に秒も要らねェよ。一瞬あれば充分だ』
「……!」
直後に届く、認識違いを正す言葉。
途端、エイムは絶句するように口を
その声が、まるで"事実"や"結果"だけを淡々と語る研究者のような、無機質めいたものの様に感じられたからだ。
失敗に対する
「……本気?」
『当然。儂だって命懸かってンだ、適当なことは言わねェよ』
覚悟を確かめるように、エイムは改めて問う。
対して、ジンの言葉に迷いはなかった。
ならばもう、この
「……分かった。時間稼ぎは任せる。狙撃前の合図は?」
『必要ねェ、こっちで合わせる。お前さんのタイミングでやってくれ』
「了解。それじゃ」
『健闘を祈る』
直後、通話が切られる。
エイムはスマコから耳を離すと、小さく溜め息を吐いた。
とはいえ、気分は存外悪くない。
「どう考えてもムチャクチャな作戦なのに、何でだろうね。ジンなら大丈夫って思えちゃうのは」
独り言を呟くエイムは、大きく伸びをするとスコープを覗き込む。
作戦が決まったとはいえ、それまで何もせず待ち続けることはしない。
情報は武器であり生命線だ。
しかし、次の瞬間。
「────」
「!?」
スコープに映ったのは、
男は、スマコで誰かと通話しながら、一切目を
途端、エイムの背中にゾクリと
「どうして気付かれ……ううん、今はジンに連絡を──」
どうしてバレた、どうしてこの位置を? ……いいや、考えるのは後回しだ。
スコープから目を離すエイムは、急いでスマコを取り出す。
その時、
「──よー、ボス! ネズミの隠れ家に到着したぜ。掃除したら報酬アップってマジなんだよなぁ!?」
「おい、声デケェよ! 黙って忍び込めって言われただろうが!」
「お前も
エイムと同じ階から、三人の男の声が響いた。
こと
──ジン、ごめん。サポートは難しいかもしれない。
徐々に迫り来る、男たちの声と足音。
室内でライフルは分が悪い。エイムは拳銃を抜き出すと部屋の玄関に狙いを定める。
そしてドアノブが動いた刹那、マンションに銃声が響き渡った。
同じ頃──。
「これまた
アリーナに到着したジンは、中に入るなり、そう口にせずにはいられなかった。
目の前には、拳銃を構える男二人と女一人。ジンを中心に
状況は、"
「さーて、どうしたモンかねェ」
ジンは一先ず両手を挙げて無抵抗の意思を示す。ただし周囲の観察は怠らない。
目に入るのは広大な内部。伸びっぱなしの芝で荒れた足元に陸上レーン。開いた天井。観客席。真っ黒なモニター。
そして──。
──っと、人質発見。リーダーっぽい男のすぐ
目隠しと
背中まで伸びるふんわりした金髪は乱れ、可愛らしくも高級な生地で仕立てられた服は
今はアリーナ中央の芝に体を横たえ、小さく肩を震わせていた。
見たところ怪我は無く、ジンはホッと息を吐く。
その時、
「アンタがウエポン家の執事サン? いやー、待ちくたびれたよ」
人質の無事を確認したのも
そして銃を取り出すと、その砲口をジンに向けて言い放つ。
「早速だが取引きだ。一億B、耳を
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