1-6『ごくありふれた非常事態』
「──さて、自己紹介は済んだね? では早速だが本題に入ろう」
情報屋を名乗る女──マーリンは自己紹介を済ませると、手近なテーブルからイスを
いつの間に取り出したのか、その手には見開き型の手帳と、背面が青いスマコが握られている。
そのままジンの返事を待つことなく、彼女は
「キミの事情は
「あ、あァ。その通りだ」
「OK、なら候補は三つだ。今回は、その中で最も採用の可能性が高いものをピックアップさせてもらおう」
「全部教えてくれる、って訳じゃないんだな」
「情報屋の情報はタダじゃないんだ。一つ提供してもらえるだけでも、ありがたく思いたまえ」
マーリンはジンの小言に
それから待つこと十数秒。納得したように頷くマーリンは、手帳を閉じてジンと目を合わせた。
「──
「あァ、分かってる。結局、決めるのは
「ご理解、痛み入るよ。それじゃあ、まずはこの資料を──」
ジンに忠告と確認の同意を取ったところで、マーリンはウェストポーチから数枚の書類を取り出しテーブルの上に広げる。
書類には
とはいえ生活が掛かっているのだ、嫌がっている場合ではない。姿勢を正すため、イスに座り直そうと腰を浮かせる。
その時──。
「きゃああああああ!!」
不意に、噴水広場の隣にある交差点から女性の悲鳴が響いた。
直後──。
「ッ!?」
地面を揺らす程の爆発音が、同じく
爆風は広場にまで及び、テーブルに広げられた書類が勢いよく舞い上がる。
刹那、ジンは腰の
爆心地の交差点から灰色の煙が立ち昇る中、彼は叫ぶ。
「なんだ、何が起きた!?」
「事故かテロか強盗。もしくは全部」
「この付近は人気のある店が多いからね、狙われたんだろう。それより
「……お前さん達、なんでそんな落ち着いていられるんだ?」
ジンが即座に反応できたのは、彼が旅人だから──という訳ではない。危険を察して
だからこそジンは、落ち着き払ったエイムとマーリンの態度に困惑を覚えずにはいられなかった。
そんな彼に、二人は淡々と答える。
「この程度の騒ぎは日常茶飯事。当事者にでもならない限り、一々気にしていられない」
「ここ『メビウス区』の治安の悪さは、オアシス5区の中でも群を抜いているからね。Ms.エイムの言う通り、この程度はごくありふれた非常事態なのさ」
「マジかよ……」
二人はそう語るものの、ジンの困惑が薄れることはない。むしろ彼の頬は一層引き
そんな彼を見て、マーリンは肩を竦めると面倒そうに言葉を続けた。
「この程度の問題は"アイギス"がすぐに対処してくれる。一民間人が騒いだところで労力の無駄さ。それに、所詮は対岸で起きた火事。経過を見守りつつ、私たちは私たちの話を続けようじゃないか」
「死んだら地獄へまっしぐらな性格してんな、お前さん……。って、アイギス?」
「オアシスの国家治安維持機構だよ。事故や事件が起きた時、即座に駆け付けて対処する役職のこと」
「国家治安維持機構……警察とか衛兵みてェなもんか? なら確かに、そっちに任せた方が賢明かもしれねェが」
ジンが初めて耳にする、"アイギス"という単語。すぐにエイムが説明したこともあり、理解に時間は掛からなかった。
確かに、国家権力が
しかしその話を聞いてなお、ジンの表情が晴れることはなかった。
なぜなら。
「……そのアイギスってのは、"
「え?」
「おや?」
ジンが指差す。その先には、交差点で逃げ惑う人々が
飛行物体の大きさは、およそ成人男性の膝から
機体の塗装は白一色で、特に目立った装飾は無い。──ただ一点、左側部に小型の"機関銃"を装備していること以外は。
瞬間、エイムがポツリと呟いた。
「……旧型の武装ドローンだ。暴走してる」
「よく分からねェが、儂らも逃げた方がいいよな絶対」
「当然。話の続きは、無事に逃げ切ってからということで」
「だな……って、逃げ足はえェ!?」
『自分たちが巻き込まれることはないだろう』。爆発音が響いた時点では、そう
その決断と行動に移す速さは、まさに脱兎の如く。ジンとエイムを置いていくことに
思わず
だが──。
「エイム! お前さんも早く逃げ──」
「えい」
「は?」
振り返った直後に鳴り響いた、くぐもった破裂音。途端、ジンの口がポカンと開いた。
あろうことか少女は拳銃を抜き、飛行物体──武装ドローンを容赦なく射撃していたのだ。
弾丸はドローンの正面に命中し、甲高い金属音を鳴らす。しかし機体が少し揺れた程度で損傷はない。
衝撃を感知したドローンは機体を回転させると、機関銃の標準をエイムとジンに合わせた。
「チッ、固い。やっぱり、この威力の銃じゃ無理か……」
「なに考えてんだお
ドローンに損傷を与えることが出来ず、エイムは舌打ちをして悔しがる。
そんなエイムにジンが怒声を上げるのは必然だった。
「どう考えても逃げるべき状況だったよなァ!? 本ッ当に、なに考えてんだお前ェは!」
逃げ遅れただけならまだいい。しかしドローンが出現した直後、エイムが真っ先に行ったのは攻撃だった。
銃を所持していることで気が大きくなっていたのか、はたまた確実にドローンを撃ち墜とせる自信があったのか。
どちらにせよ失敗の代償は大きく、二人を捉える機関銃は徐々に銃身の回転速度を上げていく。
万事休す。常人なら誰もがそう思うだろう。
しかし、少女は違った。
「ごめん、説明は後。今すぐ逃げるか構えて、ジン」
「……よほどの言い訳を用意しねェと、あとで本気の
あくまで冷静なエイムの声を聞き、ジンは彼女から何かしらの意図を感じ取ったのだろう。目の色を変えると刀を抜き、
同時に機関銃から放たれる、6発の弾丸。
その全てが、
「……正直、一、二発は受ける覚悟だったんだけど」
「縁起でもないこと言うんじゃねェ」
ジンの刃によって受け流され、弾かれ、
ある程度の被弾は覚悟していたエイムにとって、それは目を疑いたくなるような瞬間だった。
そうして
「弾切れか、弾詰まりか、
「ううん、まだ行けない」
「はァ!? エイム、いい加減に──」
しかしエイムはハッとした表情を浮かべると首を横に振り、ジンの手を払った。再び拳銃を握り直し、ドローンに向けて構える。
流石のジンも、これには声を荒げようとして。
「ドローンの真下」
「……ったく、そういうことは先に言えってんだ」
たったの一言。それだけでジンは、エイムの目的を察した。
エイムが指示した場所に視線を向ける。そこには膝から血を流して地面に
他の人々と同じく、ドローンから逃げようとしていたに違いない。しかし運悪く転倒してしまい、そのまま取り残されてしまったのだろう。
女はドローンから赤子を隠しながらも、その身を恐怖に震わせていた。
「わたしとジンで、あの人が逃げるまでの時間を稼ぐ。声掛けと盾役、任せていい?」
「いいや、それならとっとと攻めた方が早ェ」
「え? あ、待っ……もうっ」
エイムは女が無事に逃げ切るまでの間、ドローンのヘイトを自分達に向けることを提案する。
しかしジンは、首を横に振ると止める間もなくドローンに向かって駆け出した。
当然、機関銃はジンに狙いを定める。再び砲火が切られた。
しかし、
「オラオラオラオラオラオラァッ!!」
突き進む彼の足取りに、撃たれることへの恐怖は
その確信を証明するように、ドローンから放たれた全ての弾丸をいとも容易く捌き切る。
そして──。
「フッ──!」
ドローンの真下に立ったジンは、刀を真上に斬り上げた。三日月を
振るわれた刃は
瞬間、分離する機体と銃身。バランスを崩したドローンは大きく揺れ、危険を察したのか退避のために高度を上げた。
その瞬間を、エイムは見逃さない。
「──墜ちろ」
即座に響いた、くぐもった四つの破裂音。正確無比な弾丸は、4つのプロペラ全てを撃ち抜いていた。
攻撃手段と飛行手段の二つを失い無力化したドローンは、煙を噴いて回転しながら降下していく。
最後は力尽きるように音を立てて落下し、そのまま機能を停止した。
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