第4話
マーキンのレイピアが、大木ほどの身長を持つ一つ目巨人サイクロップスのアキレス腱を切った。縦横無尽にしなる刃は、手でも目でも容易く捕らえられない。
思わず崩れるサイクロップスの巨躯。ようやくこれで、弱点である目に攻撃できる高さとなった。
「稲妻ぁ!」
シンプルな呪文で呼び出された落雷が、サイクロップスの角に落ちる。ダメージにより更に機動力を失ったサイクロップスの目を、レイピアの細い刃が抉り取った。
レイピアを引き抜くマーキン。レイピアの先には、サイクロップスの瞳が串刺しとなっていた。
「ほう」
思わず簡単の声を漏らすアルバーノ。このクエストでのマーキンの働きは、アルバーノの予想を越えていた。
サイクロップスたちがねぐらにしている洞窟を発見し、速やかに潜入。かく乱を混ぜ、数を減らした後に首領格のサイクロップスを一騎打ちで撃退。倒し方も、実に理に適っている。周りがついてこれないというのは、おそらく自惚れではない。
将来の有望株は、ギルドのエース格に成長していた。
「どうですか?」
「いや。何も言うことはないな。これなら、獅子の玉座に戻る以外にも、他所のギルドでもフリーでも、なんでもいけるぞ。好きな道を選べるのは、強者の特権だ」
自分の評価を聞いてきたマーキンを、アルバーノは手放しで絶賛する。
おそらくこの成果を聞けば、獅子の玉座の態度も軟化し、巨山の頂きもマーキンを高く評価するだろう。この評価があれば、フリーでも食ってける。
「そうですか! ありがとうございます! でも……」
何か言おうとするマーキン。そんな彼の背後で、巨大な木槌が掲げられる。
隠れていたサイクロップスが、背後よりマーキンを叩き潰そうとしていた。
「シュッ!」
アルバーノは軽く息を吐くと、大剣を手にサイクロップスへと飛びかかる。
サイクロップスの弱点は巨大な目。そんなセオリーをも両断する斬撃が、サイクロップスの巨体を四つに寸断した。
「ああ。いかん。サイクロップスの目は高く売れるんだった。こういうの苦手なんだよ……」
ぶつくさいいつつ、帰路へと向かうアルバーノ。
「この状況じゃあ言えないよな」
そんなアルバーノの背で、マーキンがポツリと呟く。
アルバーノの歩く帰路。そこには、アルバーノが真っ二つにしたサイクロップスの破片が散らばっていた。
◇
クエストを受けて、王都を出て。サイクロップスの害に悩む村にたどり着き、サイクロップスを根絶やしにする。そして、祝いの宴に参加した後、まっすぐ王都に戻ってくる。合計して七日の一週間。この期間で王都に帰ってこれたなら、上等である。祝いの宴をカットすれば6日も狙えたが、そこまでして記録を追求するつもりはない。
王都に帰ってきた、アルバーノとマーキンの二人。二人の足は自然と、アルバーノのねぐらとなっている宿に向かう。
「ひとまず、旅装を解いて一休みしねえとな。お前も部屋を借りるといい。たしか、獅子の玉座に住み込んでたんだろ?」
「はい。追い出されたんで、まともな部屋もなくて」
そんな雑談をしている二人の顔が、徐々に曇ってくる。
街を歩いていて感じたのは、違和感だった。
「お前もわかるか?」
「ええ。一人や二人が物陰から……って感じではないですね」
誰かが、アルバーノとマーキンを観察している。
財産を持って歩きがちな冒険者の帰り際を狙う強盗もいるが、それにしたってなんだか感じる視線が漠然としている。強盗の視線は、もっと獣のように狡猾で、魔物のように執念深く、ハッキリとしているものだ。
「ひとまず」
ぼそっと呟いたアルバーノは近くの露店で足を止め、マーキンもそれに従う。
ひとまず立ち止まることで、落ち着いて視線の主を探す。これは向こうへの揺さぶりにもなるだろう。二人は露店に並ぶアクセサリーを物色するフリをはじめた。
「おー! アルバーノ! 久々だな、お前がウチの店に来るなんて珍しいじゃないか!」
「あ、ああ。久々だな」
アルバーノの顔なじみである露店の店主が、親しげに声をかけてくる。適当に足を止めたが、ちょうど知り合いの店だった模様だ。知り合ったのは当然酒席である。
「ウチの店は男性向けも扱ってるからな! お前に似合うもんも……ちょっと待て、たぶん、きっとあるからちょっと待て。手遅れじゃないから」
「なんで店覗いただけで、重病人に接するようなトークされなきゃいけねえんだ」
「ちょっとまあ、ゴツい男を飾り立てるタイプのアイテムは、ウチの路線にないって言うか。隣の兄ちゃんに似合うのだったら、いくらでもあるんだけどねー。ん? ちょっと待った。あんたは……」
店主はアルバーノの隣で静かにしていたマーキンをじろじろと見る。
「ひょっとして、マーキン?」
「え? は、はい。どこかで」
どこかでお会いしましたか?
そんなセリフをマーキンが言うより先に、店主がまくしたてた。
「いやー! アンタがあの! 俺も最近の冒険者には、アンタみたいなタイプが足りないと思ってたんだよ! いやあ、頑張って欲しいねえ。ところで、これからどうするんだ?」
「え。いや、ひとまず宿屋に……」
「そうじゃなくてさあ! そりゃあ、気軽に答えられるもんじゃないか。ちょっとほれ、安物だがこの指輪持ってきな!」
「あ、ありがとうございます」
いったい何事かわからぬまま、マーキンはたどたどしく銀色の指輪を受け取った。
「いやいや、先行投資だよ。誰かに何処で買ったんですか? と聞かれたら、あの店で買ったんだよと言ってくれるだけでいいからさ。ああまあ、アルバーノの旦那は……明日、もう一度来てください。本当に似合うアクセサリーを用意しておきますよ」
「いや、来ねえよ。なんで俺にはそんな神妙な顔してんだよ」
アルバーノはそう言うと、マーキンと共に背を向ける。
店主に食いつかれてしまったせいで、せっかく立ち止まったのに視線の主を探す余裕がなかった。だがその正体は、すぐにわかることとなる。
「本当だ! マーキンだ!」
「帰ってきたのか! おかえり!」
「うーん、聞いた通りのいい男だねえ」
いつの間にか、露店の周りに集まっていた人垣。誰も彼もみな、マーキンを熱い目で見ていた。まるで王侯貴族のお姫様や舞台で人気の役者、憧れの人間を見るような目だ。
蚊帳の外であるアルバーノと、当事者であるマーキンに出来るのは困惑のみだった。
「お前、こんなに顔広かったか?」
「い、いえ。そりゃ普通に街で生活してたし、いくつかクエストも受けてますけど!」
そう言いつつ、握手を求めてくる人にたどたどしく対応するマーキン。ふとアルバーノは、ここに集まっている人の多くが薄い雑誌を手にしているのに気づいた。
アルバーノは近くにいる女性に声をかける。
「ちょっとすまん、それ借りていいか?」
「え。嫌です」
取り付く島もなかった。
そんなアルバーノを見たマーキンが、代わりに頼む。
「えっと、この方に貸してもらっていいですか?」
「はいどうぞ!」
女性から雑誌を受け取るアルバーノ。
格差社会の四文字を噛み締めつつ、雑誌の中身を確認する。
全6Pの小冊子。表紙にはなにやらイラストが書かれている。
「なんじゃこりゃ!」
「え? ええっ?」
中身を見たアルバーノは驚き、脇から覗き込んだマーキンも困惑する。
表紙となっているのは、マーキンの肖像画。肖像画の上には『獅子の玉座脱退! 青年冒険者の見る未来!』との文字が踊っている。表紙の上部には、『冒険者の友 特別号 月刊 ギルドマガジン』と書いてあった。
肖像画に仰々しいテーマに月刊。情報の波に押し流されそうになりつつも、なんとかアルバーノは踏みとどまりページをめくる。
『冒険者とは、いったいなんなのだろうか。わたしはまず、それを疑問に思った。ただ冒険を生業とするだけでは、多くの人の憧れの的とはならないだろう。その時、出会ったのがギルド獅子の玉座より追放された、若き冒険者であった――』
こんな序文の後に続くのは、書き手である『記者』とマーキンの対談であった。
記者『こんにちは。今日はお時間をとらせて申し訳ありません。早速ですが、何故あなたは獅子の玉座より追放されたのでしょうか?』
マーキン『いきなり聞いてきますね。正直、わからないんですよ。心当たりのあるトラブルはあるんですが……』
記事内のマーキンが語る、仲間との不和やきっかけとなった事件。対談という形ではあるが、内容自体はアルバーノが聞いた事情と変わりない。
だが、その先の話は、アルバーノが知らない情報であった。
記者『それで、ギルドから追放という形になったわけですが、今後はいったいどうするんでしょうか』
マーキン『わかりません。ただ、冒険者を止めることは無いと思います。鍛えて、学んで、とにかく強くなりたい。当面の目標はそれですね』
記者『強くなる。似てますね、獅子の玉座の実力主義と』
マーキン『そうかもしれません。でもまさか、強くなった結果、追放されるとは思いませんでしたよ』
強さを求めるマーキンのコメント。当然、その言葉は実力主義と重なる。
記者により、どんどんとマーキンの本音が引き出されていく。
マーキン『アントンさんのことは尊敬してるし、あの人は今でも最強です。でも、獅子の玉座の全員がアントンさんのようにただ強くなろうとしているのかと言えば、ちょっと疑問ですね。ギルドが大きくなりすぎたのかもしれません』
マーキン『獅子の玉座が出来ないのなら、俺がやる。それぐらいの気持ちでいます』
マーキン『さっき、強くなりたいと言いましたけど、きっと強くなればなるほど、できることは増えてくるんですよ。そしてきっと、俺に同調してくれる仲間もいる。そんな人間と、改めて一緒にパーティーを組みたいですね』
そこにあったのは、マーキンのまばゆいほどのストイックな姿勢。そして、遠回しな獅子の玉座の批判であった。彼らは実力主義を忘れた。なら自分が、改めてやって見せる。そのような本音が透けて見える。
いや、これは聞き手の記者に、そう見えるよう、思うように誘導されているのだ。若き冒険者の素顔、既成概念への反乱、希望を仮託したくなる未来。こんなものを見せられれば、誰だって心を沸き立たせるだろう。
読み終えたアルバーノは雑誌を手にしたまま、マーキンの胸ぐらをつかんだ。いきなりの乱暴な仕草に周りも驚くが、アルバーノの迫力が静止以上を許さなかった。
「お前、こんなこと言ったのか!?」
いつこんなことを誰に話したのか。それは聞くまでもない。
宿にて、アルバーノが先に寝て、酒席にマーキンを残したあの時に、この会話があったのだ。
「はい。記憶に、あります。たしか、これを記事にしていいかとも聞かれました。まさか本当に、しかもこんなに早く、本にするとは思いませんでしたけど」
マーキンは、アルバーノの詰問より逃げなかった。愛想笑いをせず、酔っ払ってたんで……なんて言い訳もしない。その好ましさが、若干アルバーノの気を落ち着かせた。
「あの女は、マジでやる女なんだよ。これは間違いなく、お前の本音なんだな?」
「俺やっぱ、強くなったのに追放されるのが悔しくて。自分でも今の状況がよくわからなかったんですけど、あの人と話しているうちに、そういう気持ちなんだなって、自分のやりたいことがわかってきて」
「なら、まずはいい。それに関して、俺の言うことはない」
この対談の内容は嘘ではなく、マーキンも本音を引き出されるように誘導されたが、思考まで誘導されたわけではない。ならば、それでいい。もしどこかに歪みがあればたたっ斬ってやったが、無いのならば手出しをすることではない。
アルバーノが懸念しているのは、別のことであった。
アルバーノはマーキンの胸ぐらから手を離すと、怯える女性に雑誌を返してから叫ぶ。
「戻るぞ!」
行き先は宿。おそらくそこに居るであろう、コーラの元だった。人をかき分け、アルバーノは走る。
この雑誌が世に広まったことで、おそらくコーラの作る新たな雑誌が成功する確率は跳ね上がった。だが同時に、マーキンが頭をただ下げて獅子の玉座に戻る道も断たれた。あの人たちはできないから、自分が理想を追求する。今現在獅子の玉座にいる人間が、いい顔をするとは思えない。
嘘はつかないが、ホラは好きだ。
間違ってはいない。雑誌に載っていたことは、マーキンの本音だろう。だがだからと言って、話を膨らませてこんなに容易く他人の道を狭めてしまっていいわけがない。
宿に戻ったアルバーノは、酒場部分でコーラが飲んだくれていないことを確認すると、自分が借りている部屋に直行する。どうせまた、部屋を我が物顔で占拠しているに決まっている。
自室の扉を勢いよく開けるアルバーノ。かけていたはずの鍵は開いていた。
「なんじゃこりゃ!」
本日二回目のなんじゃこりゃ。アルバーノが寝床にしていた部屋は、情報の要塞と化していた。
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