第2話

 雑誌冒険者の友の編集部で、いきなりやって来たコーラは一席ぶっていた。


「各ギルドから御用聞きをして、一冊の本にまとめる。いいのか? 君はこんなものを生業とするために、文字や文章を学んだのか?」


「たしかに、ただの阿呆には情報をまとめることすら出来ない。この本のレイアウト自体は優秀だ。君たちの才能が溢れ出てる。だからこそ、惜しい」


「何も考えず、冒険者の顔色をうかがい、報酬のおこぼれをいただく。家族を養っているのは立派だ。わたしにはできない。でも、お父さんはこういう仕事でお前たちを育てている。って子供の目を見て言えるのかい?」


 持ち上げたりけなしたり、よくもまあここまでギリギリの綱渡りをするものだ。相手が話を切り上げてしまえば、それまでだろうに。アルバーノは何も言わず、状況だけを見守っている。

 納屋を改造して作ったみすぼらしい編集部にて、アルバーノが連れてきたコーラは、ずっと編集長とそんなやり取りをしていた。むしろ、口説き落とそうとしていた。


「情報を扱う者は、本来強者なんだ。それは、冒険者がいくら鍛えてもたどりつけないぐらいに。王宮みたいな建物で働いて、逆に冒険者達がこちらの顔色をうかがってくる。そんな身分になりたくないのかい? いや、わたしが力を貸せば、なれるぞ!」


 アルバーノにとっての編集長は、ただ粛々と最低限の仕事だけをする乾ききった男だった。だが、そんな内面も外見もミイラ同然の男の目に、僅かな炎が灯っていた。


「わかった、やろう!」


 ぐっと力のこもった握手をする、コーラと編集長。周りで様子を伺っていた編集部の実働メンバーは、急な暑いやり取りに驚きを見せたのち、なんとなくみんなで拍手していた。


                  ◇

 

 街を連れ立って歩く、アルバーノとコーラ。

 コーラはニコニコ笑いつつ、道沿いの露店を物色している。


「よしよし、順調順調」


 そんなコーラにアルバーノがたずねる。


「随分と手っ取り早くまとめたが、いいのか? 俺の経験からすると、あまり慌てて物事を組み立てると、上手くいかないんだが」


「私の経験からすると、こういうのは出たとこ勝負さ。わたしがしようとしているのは、まあ総合的に見て博打さ。博打に巻き込むなら、相手が冷静になる前に多少荒くても段取りを組んでしまえばいい。そうすれば、いくら冷静になって退きたくなっても、後のカーニバルってね」


「つまりは、状況次第、出たとこ勝負」


「時と場合による」


 パーンと、軽くタッチを交わすコーラとアルバーノ。

 歩んできた道は違えども、こうして合い通じるのは気持ちいい。

 後まだ、若干酔いが残っている。

 しかし、ちゃんとアルバーノの中にはロジカルな部分も残っていた。


「直接、冒険者の友には関わらせない。だが、別の本を出すのなら協力は惜しまない。これは……」


「つまり、プレビュー号を作ってみろ、お前の実力をまず見せてみろ。そういうことだね。まあ、わたしなんて結局初見の人だからね。試されるのは、しょうがない。いくらわたしが、異世界編集者や異世界記者としての経験をアッピール! しても、向こうからしてみたらクッソ怪しいわけで」


「だが、試すのなら、まず自分たちの仕事を手伝わせればいいだろうよ。つまりは」


「ダメで元々、面白そうなら使ってやろう。もしギルドに迷惑をかけたら、コイツを切って素知らぬ顔をしよう。そんなとこだろうね。侮られたり、使い捨てにされるのは慣れてるから、別に問題ない。それより、あの編集長、あんだけノセられても、そういう判断が出来るんだから、痩せてるくせにちゃんとしたタヌキだ。わたしも編集長をやったことがあるからわかる。タヌキになれる人は、レア。もう少し、評価を上げておいたほうがタメだね」


 感心するアルバーノ。コーラは自分なりの視点で編集長を評価し、なおかつ覚悟も決めている。こうやって、使い捨てにされるのも許容することは、一人前の冒険者になることにも通ずる。分野は違えども、やはりコーラはプロフェッショナルである。

 もっとも、アルバーノはタヌキを知らないが。力が弱くても狡猾な、異世界のゴブリン的モンスターだろうか。むしろ見下してしまいたくなる。

 そんなアルバーノに構わず、コーラは既にやるべきことを固めていた。


「編集部備え付けの印刷スペースに、冒険者の友が持っている販路。一番めんどくさくてやりたくないことがクリアされたんだから、それだけで十分。後は記事を書いて書いて書いて、一冊の本にするだけ。そこはまあ、好きだから問題ない」


「それにしたって、冒険者をテーマに一冊書くにしろ、何を書くんだ?」


「編集長が冷静になる前に一冊作りたいから、とにかくページ数のハードルは低めにしておきたいね。薄い本でとにかく注目を集めるなら、一番効率的なのはとにかく下世話な見出しで人を引き付ける、ゴシップ記者のやり方だろうね。誰かの結婚や離婚、知られたくない惚れた腫れたをネタにするような。人間である以上、きっとこの世界でも売れるだろう」


「それが楽しいものだと思ってるのか?」


「いや全然。わりはいいけど、ああいう下品さは性に合わない。だから、そう睨まないでおくれよ。そうだねえ、冒険者という職業や王都全体じゃなくて、個人や団体みたいに、焦点を絞った本を作るのが現状ベストかな。うーん、まずそうだねえ……君はちょっと、華がないから無理かな」


「特にやりたいとも言ってない人間を、いきなり試して、神速でダメだしするんじゃねえよ。傷つく暇もねえよ」


「傷つく暇もないなら、それでいいじゃないか」


 ああ言えば、こう言う。ケラケラ笑うコーラを前に、アルバーノはいろいろ諦めた。

 しかし華がないなんて、初めて言われた。わかってはいたが、初めて言われた。こういう視点で、自分を判断した人間。冒険者をそんな評価で判断する人間は見たことがない。まるで、役者や歌姫を評価するかのごとしだ。


「冒険者としての能力は、強さや経験で評価するべきなんだろうけど、雑誌のテーマに使うなら、そこにいるだけで人目を引くような華がないとダメなんだよ。当然、確かな実力って地面があってこそだけどね。人気先行で実力が伴わないと、まず事故るから。それはもう、ど派手に」


「それはわかる。王立騎士団くずれの冒険者がコネでガンガン美味しい仕事を取りまくって、一時期凄い勢いだったが、今はもう行方不明だ」


「失敗?」


「いや、行方不明。死んでるのか生きてるのか、殺されたのか逃げたのか。一つ言えるのは、そいつが消えても、世の中は普通に回って、今では誰も気にしてないってことだけだ」


「それは辛い。すごく、辛い」


 辛いと言っても、冒険者とはそんなものである。生きていれば次の仕事が来て、死ねばそこで終わり。あの王立騎士団くずれも、なんでこんな世界にコネを武器に入ってこようとしたのか。謎である。

 なにやら考えていたコーラは、少し間をおいてからアルバーノに聞く。


「ところで君は、随分と冒険者業界に詳しいみたいじゃないか。もしかして、結構有名なのか? 編集長も君の顔を見た途端、態度が変わったし」


「そこまでじゃないさ。ギルドに所属せず手広くやってるから、無駄に顔が広いだけだ」


 自分は所詮冒険者、たいした者ではない。いや、たいした者にはなれない。なってはいけないのだ。アルバーノはそう考えていた。


「そんな君に一つ頼みが、この王都で現状一番大きなギルド……いや、勢いがよくて、ガツガツしているギルドがいい。そこに案内してくれるかい? 瞬発力のあるネタが落ちているのは、おそらくそういうとこだからね。ネタを拾ってから、その先は判断したいんだ」


「ああ。別にいいぞ」


 コーラの頼みを、アルバーノはあっさり受け入れる。土地によっては一番や二番を決めるのが難しいが、この王都はその辺り、ハッキリしている。むしろ、この王都のギルドは無駄に数があるので、全部案内して欲しいなんて言われるよりは遥かにマシだ。


「いいのか?」


 ここまでずけずけ遠慮なしだったコーラが、初めて戸惑いを見せた。

 いったい今更何がと首を傾げるアルバーノに、コーラは理由を話す。


「だって君、寝てたわたしとは違って、ずっと動きっぱなしじゃないか。いくらなんだって、体力がもたないだろ」


 疲れて帰ってきて寝ようと思ったら、ベッドが絶賛占拠中。そのまま徹夜で昼まで飲んだくれ。休むことなく、街中ぶらぶら。いくらなんだって人間である以上、アルバーノの体力には底があるはずだ。コーラだって心配もする。そもそもコーラがいろんなことの原因でも、心配はする。

 だが、アルバーノはただふふんと笑った。


「馬鹿野郎。今俺は、面白そうなことに関わってるんだ。だったら、体力なんざ、どうとでもなる。面白そうなことを前にして、疲れたから帰るなんてことが出来るはずがない。冒険者ってのは、究極の快楽主義者なんだよ」


 人が、その生業を何故選ぶのかはわからない。だがアルバーノは、一流の冒険者は快楽主義者であると思っている。未知や危機に身を躍らせ楽しむだけの精神がなければ、この商売は向いていない。楽しいから、どんな山や島やダンジョンにも足を踏み入れ、どんな怪物とも戦うことができる。アルバーノの確固たる哲学である。

 そんなアルバーノの意見を聞き、コーラは感心していた。


「おおお……いい、その究極の快楽主義者という表現はいい。いやいや、無骨な男だと思っていたが、随分と艶のあることを言うじゃないか! わたしの中で君は、山賊の親分くらいに輝かしいぞ!」


「山賊よりはランクアップしてるけど、あまり輝かしい称号じゃあねえなあ」


「出世は立派な輝きだろう。どうせだ、道すがら冒険者とギルドについていろいろ教えてくれ。そもそもギルドというのは、わたしの中ではプロレス団体みたいなものとして捉えているんだが、それでいいのかな?」


「教えてくれって頼んで、こっちの返答も聞かずに始めるのは無法がすぎるだろ。まあいいけどさ。プロレス団体ってのがなんだか知らないが、基本的に冒険者はギルドを仲介役にして、仕事を請け負うんだ。大抵の冒険者が自分が拠点としている街のギルドに所属してるな。なにせ、最低限の衣食住も貰える上に、細かい面倒を見てくれるんだから」


「ふんふん、雇用形態としては、昔のアメリカ各地にあったプロモーションや、みちのくの団体のような地域密着型のプロレス団体に近そうだね。でも、君はたしかギルドには入っていないって」


「プロモーションやみちのくの団体ってのがなんだか知らんが、別にギルドに入るのは義務じゃない。そもそも俺みたいに様々な場所を渡り歩いている人間にとっちゃ、入る意味が特にないんだよ。居座らないのに、手数料だけ取られたんじゃ損だ。別に喧嘩してるわけじゃないから、顔出ししてついでに仕事は貰ってるけど、その分、俺には衣食住も保証もなんにもない。野垂れ死ねばそこまでさ」


「うーん。これはいい、フリーのレスラーだ。カバン一つ持って、世界中を回る。いいねえ! 今は無き、ロマンに生きる超人だ!」


「これ以上、未知のワードを出してきたら、逆に俺が聞くからな? 今なんか、知ってる単語より知らない単語のほうが多かったぞ」


「ふうむ、あまりに君との会話が心地良いから、口がつるつる滑ってしまったよ。だが、今必要なのは、わたしではなく、君の知識だ。ところで、冒険者ギルドの保証ってのはどんなのかな?」


「一番の保証は、万が一の時の救助活動と死亡確認だ。行き先を伝えておくことで、野ざらしのまま行方不明になる確率はグンと下がる。それに……」


 アルバーノは口が上手い方ではないし、基本的には秘密主義である。そんなアルバーノが、冒険のコツやギルド事情についてつらつらと話している。ひとえに、コーラの会話のリズムの良さだ。疑問をポンポンと投げかけ、相槌を打ちつつ、時折雑談を挟む。そして疑問の出し方や組み立て方で、こちらが言語化出来なかった技術論を、上手い形で言葉として仕上げてしまう。アルバーノは、コーラの手のひらの上にあることを自覚しつつ、会話の心地よさに身を委ねていた。

 これがコーラが異世界から持ち込んできた、記者としてのスキルなのだろうか。話が上手い人間にはいくらでも会ってるが、このような巧みさを持つ相手は記憶にない。

 各地方のギルド事情について話してから、アルバーノは感嘆混じりで呟く。


「たまには、こうやっていろいろ話すのもいいもんだな」


「そう言ってもらえると、聞きがいがあるね。そしてこういう経験や情報も、まとめれば金になるのさ」


 コーラから急に俗っぽい話が出て、多少鼻白むものの、まだ心地よさが勝っていた。それに、金になるのが本当だとしたら、何よりもいいことがある。


「荒事に関わらなくても金になるなら、そりゃ悪くない。悪くないか」


 命をかけなくても、血を見なくても、それが金になる。荒事に関わらなくてもいい。なんだか、自分の人間らしさを肯定されたみたいでくすぐったかった。

 本当に悪くないと。アルバーノは心穏やかな気分で、空を眺める。

 空はどこまでも青かった。


                  ◇


「お前はパーティーから、いやギルドから追放だ!」


「そんな、なんで、なんでだよ!」


「うるせえ! さっさと出てけ!」


 アルバーノがコーラのリクエストを聞いて選んだ、勢いがよくてガツガツしているギルドこと獅子の玉座。そんなギルドの門前では、現在修羅場が繰り広げられていた。よりによって、二人の到着時に。

 蹴り出された、魔法剣士の若き冒険者マーキン。彼を蹴っ飛ばした、ギルドの重鎮ヨシア。


「お前は冒険者の道、冒険者道にもとる男だ。しばらく、頭を冷やせ」


 ヨシアの背後から出てきて、そんなことを言うギルド長のアントン。


「そうだそうだ!」


「さっさと出てけ!」


 ギルドの窓から顔を出して、マーキンに罵声を浴びせている連中は知らない。顔に見覚えはあるような気がするが、なにも覚えていない。まあ、後ろでガヤをしている時点で、その程度の人間だろう。

 そんなどうでもいい連中を除けば、全員がアルバーノの知り合いである。そして、そんな彼らの目は、ごく自然にこの場にあらわれたアルバーノへ向けられる。ちょうどいいタイミングであらわれた、全員の知り合いである第三者。意味有りげだが、単に偶然この場にやって来ただけである。でも、向こうはそれがわからない。わかるはずがない。


「ふーん、ふんふん! これがパーティ追放! 話には聞いていたが、初めて見た!」


 同行者であるコーラは、目の前の追放劇を見て、らんらんと目を輝かせている。それでいて、とばっちりが来ないように、アルバーノを盾にしている用意周到さである。いっそのこと、目の前の修羅場に放り出してやりたくなってくる。

 こういう、人間関係のゴタゴタに巻き込まれたくないから、フリーでやってたんだよなあ。アルバーノは、なんで自分がフリーになったのか。その一番の理由を今更思い出していた。


「よし! 今回はやはりプロレス記者モードでいこう。おそらく冒険者をテーマにするなら、それが馴染む!」


 気がつけば、空はいつの間にかどんより曇っていた。それなのに、コーラの顔は宝物を見つけたように晴れ渡っている。いっそのこと、雨が降ってスッキリして欲しい。そんなアルバーノの願いは、空に届かなかった。

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