第2話 毒を食らわば皿まで愛す

 NTRっていう言葉を知っている?


 僕は最近知ったんだけど。

 要は、恋人がいる人の彼女だか彼氏だかを寝取るってことらしい。


 仲が良すぎる幼馴染という体とはいえ、愛美と肉体関係をもっている僕は、愛美の婚約者さんから見たらNTR犯ってことになるんじゃないのかな?


 つまり僕は、寝取りというポジションにいるわけで。

 でも、それは愛美に望まれた行為なわけで。


 僕は、罪に問われるのだろうか?


 僕らは幼馴染同士だけど、愛美は僕を愛しているし、僕だって愛美を愛している。

 ただ、愛美のソレと違って、僕には独占欲のようなものはない。


 僕は愛美の傍にいれれば幸せで、隣にいられることが嬉しい。

 だから、婚約者さんには申し訳ないけれど、愛美が僕を愛人として飼ってくれたらそれが一番いいなぁ、なんてね。

 さすがに許されるわけないか……


 愛美は時折、僕の食事に毒を盛る。


 たとえ毒を盛られて苦しむことになっても、口移しで解毒されるという行為も込みであればまんざらでもない。

 そう感じるくらいには、僕は愛美のことが好きだ。

 最近は、その行為に興奮すら覚えるくらい。


 なんだか変態っぽいから、愛美にそうと言えた試しはないけれど。

 愛美は気づいているのかな?

 最近の神経毒にはなかなかエッジがきいている気がする。

 眩暈に追加で幻覚を覚えたりとかね。


 僕に解毒薬を口移す愛美のことが、僕を救う女神にも、弄ぶ悪魔にも見えるんだ。

 その瞬間が堪らない。


 僕は愛美に、救われるのも遊ばれるのも好きだから、僕はいつも幸福と快感で満たされる。


 身体に耐性がついてきたのか、それとも感覚が麻痺したのか。

 最近では毒に対する痛みも恐怖も薄れてきたし、毒のエッジも、愛美なりの試行錯誤の賜物なのだろうか。


 だとしたら、毒の研究をしている間、愛美は僕のことを想い、考えているということになる。

 そこに他者の入り込む余地などない。

 愛美の思考は――いや、愛美は。僕だけのものだ。


 ああ、嬉しい。

 そう思うと、僕にも多少の独占欲があるのかもしれないな。


 ◇


 今日は”あり”の日だったんだ。


 愛らしい花麩の浮いた、お揚げと小松菜の味噌汁に、数滴の毒が入っていた。


 僕は床をのたうち回り、金づちで叩かれたような頭痛と眩暈に身悶える。

 幸い吐き気はないけれど、今日は前が見えないほどに眩暈がひどい。立っていられない。


「愛美……」


(早く、解毒薬を――)


 ぼんやりとした人影に向かって呼びかける。

 その表情はわからないけれど、人影はゆったりと僕に近づいてきた。


 前は見えなくても、気配と匂いでわかるんだ。

 僕に毒を飲ませたあとの愛美は、どうしようもないほどに甘ったるい女の匂いがするから。


「柊人……苦しい?」


「……あたり、まえだろ……」


「今、何を考えてる?」


「……?」


 正直、思考の余地などない。

 でも……


「愛美のことを、考えてる……」


 早く。早く解毒薬を飲ませて欲しい。

 いつものように、いやらしい舌づかいで。ゆっくりと、喉の奥までまさぐるみたいにして……


「飲ませてよ……」


「!」


「解毒薬が……愛美が、欲しい……」


 息も絶え絶えに答えると、びりり、と空気の震える音がする。

 そうして、愛美の雌の匂いが一層強まった。



 ……ああ。今日も愛美は可愛いな。



 僕の一挙一動で、こんなに悦んで。

 なんて素直で、可愛い――


 意識が途切れそうになる直前、生温い感触と甘い液体が口の中にぬらりと入り込んでくる。


「柊人、愛してる……」


 そう言って、倒れ伏す僕を抱き締めながら、何度もキスをする愛美。

 毒が中和されていくにつれ、次第に視界と意識が戻ってきて……


 僕は、唇を離して呟いた。


「僕も、大好きだよ。愛美……」


 僕らのこの行為だけは、誰にも理解できない。邪魔できない。


 そう。

 毒を盛られるこの瞬間の悦びだけは――


 僕たちのものだ。

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