第8話 極楽鳥の問いかけ

「どこにいったのよ、あの子……」

 いつの間にか姿を消したキュルルを心配し、カラカルは肩を落とす。

 前にオオセンザンコウとオオアルマジロに連れていかれた時と同じだ。ちょっと目を離している間に、キュルルがいなくなってしまった。

「外からちょっと覗こうとしたら、窓が開いてたんだ。中を見てもキュルルさんがいなくて……」

 窓から部屋に入って探してみたが、キュルルの姿はどこにもなかったとかばんは言う。

 もしかしたら入れ違いで家の中に移動したのかもしれない。そんな期待を抱いて部屋の中から仕掛けを解除し、ドアを開けてサーバルとカラカルに訊いたのだ。

 キュルルさんは出てきていないか。と。

 キュルルがいない事がはっきりして、かばんは右手首に装着している小さなラッキービーストに話しかけた。

「キュルルさん。聞こえる? 聞こえるなら返事をして」

 姿はどこにもないが、キュルルの腕にも自分と同じくラッキービーストがいる。キュルルがもう一人のカラカルに連れていかれた時は逆に、今度はこちら側から通信を送る。

 しかし返答がない。キュルルのラッキービーストにかばんの言葉は届いているはずなのに、こちらのラッキービーストにキュルルの声が返ってこない。

「キュルルさん。聞こえてるのなら、何か答えて」

 かばんが願うように言った直後、彼女のラッキービーストではなくサーバルの耳が反応した。

「今、別の所でかばんちゃんの声がしなかった?」

 耳を小刻みに震わせて、サーバルはきょろきょろと辺りを見回す。

 かばんがラッキービーストに話しかけている時、どこか別の場所で同じことを話す彼女の声が聞こえたのだ。

 気のせいともとれる微かな声は、カラカルの耳にも届いていた。

「聞こえた。どこからか分からないけど……」

 優れた聴覚を持つ二人の発言に、かばんは何か気付いたように部屋を出た。そして入口の端から顔を出し、サーバルとカラカルへ言う。

「ここでラッキーさんに話しかけてみるから、私の声がどこから聞こえたか探してくれる?」

「うん。任せて」

 サーバルの返事に微かな笑みを浮かべて、かばんは右手を持ち上げる。

「あー、あー……サーバル、カラカル。どこから聞こえる?」

 耳に意識を集中させていたサーバルとカラカルは、かばんのこもった声がした方、入口側に置かれたベッドの傍へと移動する。

 かばんに頼んでもう一度ラッキービーストに話しかけてもらうと、ベッド脇に置かれた棚の方からこもったかばんの声が聞こえた。

「ここかな?」

 かばんやキュルルの真似をして、サーバルは棚についている出っ張りをつまんでそのまま引っ張り出す。

 予想通り、棚の中にはキュルルがいつも腕に付けているラッキービーストが入っていた。それは勢い余って床に落ちた棚の衝撃で一瞬宙に浮き、同じ棚の中に入っていたスケッチブックと絵の上に着地する。

 ラッキービーストを拾おうとして、サーバルは思わず手を止める。

 動きを止めたサーバルを訝しみ、彼女の背後から絵を覗き見たカラカルが小さく声を漏らした。

「あ……」

 飛び出した棚の内部のほとんどを占めるスケッチブックの上にあるのは、旅をしている時に出会ったたくさんのフレンズが描かれた絵。キュルルがリョコウバトのために描いて、ホテルの騒動の際に回収した絵だ。

 フレンズ型セルリアンの襲撃とホテルの崩壊という出来事のせいでうやむやになってしまったのもあってか、キュルルはこの絵をまたリョコウバトに渡せずそのまま持っていた。

 この絵をどうするのかサーバルもカラカルも分からなかったが、スケッチブックと一緒にしまい込んでいたようだ。

『サーバル、カラカル、聞こえる? ラッキービーストは見つかった?』

 かばんの声に連動するように光るラッキービーストを拾い上げ、サーバルが呼びかけに応答する。

「うん。ラッキーさん見つかったよ」

 通信で返答を聞いたかばんが部屋に戻って来て、サーバルの手にあるラッキービーストを認めて唸る。

「まさかと思ったけど、やっぱり置いていったんだね……」

 窓の外は既に暗い。ラッキービーストがここにいるという事は、今のキュルルは一人でどこかにいるという事だ。

「急いで探そう。二手に分かれて……」

「あたしが行く!」

 言葉を遮られて、かばんは驚いたようにカラカルを見つめる。

「カラカル……」

「あたしたちなら匂いを追えるし。暗くても周りが見えるわ。だから」

 自分たちが行く。そう言ったカラカルは、譲れないとばかりにかばんを見つめ返す。

 無言でカラカルの目を覗きこんでいたかばんは、やがて静かに頷いた。

「……分かった。キュルルさんは二人に任せるよ」

 帰りを待っていると告げてから、サーバルが持つラッキービーストに話しかける。

「パーク内でキュルルと言う名前のヒトが行方不明になっています。パークガイド、かばんのみでは発見は困難のため、サーバルとカラカルのフレンズに協力を依頼しました」

 かばんが急に難しい事を言い始め、サーバルとカラカルは怪訝な顔になる。

 困惑する二人の視線を感じつつ、かばんはラッキービーストに指示を出す。

「パークガイド権限により、フレンズへの干渉を許可します。任務達成のため、サーバルとカラカルのフレンズに協力をお願いします」

 かばんの命を受けたラッキービーストが点滅する。

「パークガイド、カバンノ要請ガ承認サレマシタ。……サーバル、カラカル。キュルルガ見ツカルマデ、僕ガサポートスルヨ」

「これでこのラッキービーストはフレンズとも話してくれる。キュルルさんが見つかったら、ラッキービーストに話しかけて私に連絡して」

 ラッキービーストはヒトとしか話さない。その制限を一時的に解除したかばんは、サーバルとカラカルに顔を向ける。

 そして、サーバルの手にあるラッキービーストを示して訊ねる。

「どっちが付ける?」


 日が暮れて暗闇が広がる中、キュルルはたった一人、顔を伏せてとぼとぼと歩いていた。

 行くあてはない。ただ、みんながいるかばんの家にいたくなかった。

 自分はみんなと違う。それを今までないほどに感じてしまったから。

 当たり前のように誰かの役に立てるかばんや、誰かの助けになれるサーバルとカラカル。 

 みんなが頑張っている中、自分は何をしていただろう。いつも助けられてばかりで、何も出来ずにいるだけだ。

「いたっ」

 何かにぶつかった衝撃を感じて、キュルルは頭をさすりながら顔を上げる。

 暗くてよく見えないが、目を凝らしているうちにだんだんと幅のある輪郭が浮かんできて、正面に木が立っているのが分かった。

 辺りを見回すと、いつのまにか日が落ちて真っ暗になっていて、月明かりと星の光が空を照らしていた。

 ふと、ここまでどうやって来たのかとキュルルは思う。

 誰にも見つからないように窓から抜け出して、かばんの家を囲む壁の外に出たのは覚えている。しかしどこを歩いて来たのか全く分からない。

「はあ……」

 キュルルは木を背にして座り、膝を抱えて溜息を吐く。道が分からないのもあるが、かばんの家へ戻る気分にはなれなかった。

 視界に入るのは暗闇だけ。周囲がはっきりと見えない中、今日起こった事がありありと蘇る。

「……どうして役に立てるなんて思ったんだろ?」

 ホテルの一件の後で旅をしていたのは、みんなの役に立てる事を探すためだった。

 だけど、そんなものは無かった。自分は何も出来ないと改めて思い知らされた。

 自分がやる事は騒動の原因を作ったり、迷惑をかけたりする事だけだ。

 絵を描いたせいで強いセルリアンが生まれて。

 みんなが戦っている時には何もできず、その場にいても足手まといにしかなれない。

 ほんの少しでも分かり合いたいと思ったビーストは、ホテルでの騒動以来どこに行ったのかも、無事なのかどうかも分からなくて。

 もう一人のカラカルを助けたいと思って行動したら、サーバルとカラカルがセルリアンに食べられた。

 自分が何もしなければ、みんなが傷つく事はなかったはずだ。

「ぼくなんか、いなくてもいいじゃないか……」

 熱くなった目から涙が溢れ出して、顔を伝っていく。

 サーバルとカラカルと一緒に旅をする間も、仲間外れのような気持ちを感じる事はあった。

 サーバルやカラカルみたいなけものでもなければ、かばんのようなフレンズでもない。自分は、みんなとは違うから。

「それがおマエのコタえか?」

「いたくなりたいと、そうオモうのか?」

 不意に背後から声が聞こえたが、キュルルは別段驚きはしなかった。

 彼女たちは現れる時はいつもいきなりだ。それが何回もあったせいか、もう慣れてしまった。

 キュルルは振り返る事もなく、声の主たちへ答える。

「必要ないよ。何の役にも立てないぼくなんて」

 自分がいたところで何も変わらない。みんなの力になれはしない。

 諦めと無力感に捉われたキュルルに構わず、声は淡々と問いかける。

「ヤクにタてるものだけがヒツヨウなのか?」

「ヤクにタてなければ、ソンザイするイミがないのか?」

 キュルルは否定も肯定もせず、ぼんやりと暗闇を見つめている。しばし黙っていると、背後から誰かが動く気配と音がした。

 夜闇にも鮮やかな青と黄色の模様がキュルルの正面に浮かび上がる。

「ならば、このセカイのけものたちはソンザイするイミがない」

「けものたちはヤクにタつわけでもなく、オモシロおかしくイきているだけ」

 聞き捨てならない言葉に思わずむっとして、キュルルは不服を露わに言い返す。

「何でそんな事言うの?」

 全身は暗闇と同化してほとんど見えないが、目の前にいるのは誰なのかは分かる。

 カタカケフウチョウとカンザシフウチョウ。いつも前触れもなく現れて、不思議な事を言っては姿を消す二人組。

 くすくすと二人が笑う声が聞こえる。彼女たちの表情は窺えず、代わりに青と黄色の模様が喋っているようだった。

「ナゼオコる?」

「ヤクにタてなければヒツヨウないとイったのはおマエだ」

 自分に対して言った言葉をそのまま返され、キュルルが押し黙る。

「おマエがダイスきだと言ったあいつらは、ヤクに立たないものをのけものにするやつらなのか?」

「違うよ! みんなはそんな事をしない」

 カタカケフウチョウの問いにキュルルが即答すると、カンザシフウチョウが更に問いかける。

「ならばナゼ、おマエはヤクに立ちたいのだ?」

「それは……」

 言葉がすぐに浮かばず、キュルルは答えに詰まってしまう。

 フウチョウたちに答えたように、サーバルやカラカルをはじめ、パークのみんなは自分をのけものなんかにしない。

 それでもたまに不安になる時はある。自分はみんなと違って、けものでもフレンズでもない。どこから来たのかも分からないヒトだから。

 だけど、そんな不安はみんなと一緒にいると忘れてしまう。

 みんなとは違う自分と、みんなは当たり前のように仲良くしてくれるから。

「やっぱり、みんなやパークが好きだから……だと思う」

 心の中に抱く気持ちを確かめるように、キュルルは少しずつ口に出していく。

「大好きなみんなのために、ほんのちょっとでもいいから、出来る事をしたい。……ただ、それだけなんだ……」

 たどたどしく頼りない答えだったが、それは紛れもなくキュルルの本音であり、本心だった。

 青と黄色の模様がわずかに揺れて、カタカケフウチョウとカンザシフウチョウの声が返って来る。

「ジツにタンジュンなコタえだ」

「しかしそれはカガヤきをウむものでもある」

「輝き……」

 妙に惹きつけられその言葉を、キュルルは半ば無意識に呟く。

 フウチョウたちが言っている事は相変わらずよく分からない。だけどきっと大事な事を伝えているような気がする。

 初めて会った時も、海に落ちた時も、ホテルから避難した時も、そうだったから。

「カガヤきがツヨければツヨいほど、そこにデキるカゲもまたコいものになる」

「そのカゲは、カガヤきさえもノみコもうとする」

 フウチョウが語る輝きと影について身に覚えがあるキュルルは、ただ静かに耳を傾ける。

 自分が描いた絵からとんでもないセルリアンが生まれた。セルリアンの強さは思い入れの強さで変わるとかばんたちは言っていたから、旅をする間に描いた絵には、自覚はなくても思い入れがあったんだろう。

 まるで心を読んだように、フウチョウたちは言葉を紡いでいく。

「おマエがカいたエからカゲがウまれたように」

「ツヨすぎるカガヤきが、アラタなキョウイをもたらそうとしている」

「え……?」

 驚き困惑するキュルルに気を使う様子もなく、フウチョウの二人は抑揚のない口調で告げる。

「あのけものは、ホンライならとっくにいなくなっているはずのけもの」

「しかしナガいナガいジカンをイきツヅけ、ただのけものではモちえないカガヤきをヤドしている」

 フウチョウたちがもたらした情報に、キュルルの中で直感が走る。

 長い時間を生き続けるけもの。ずっとずっと昔からパークにいて、今のフレンズは知らない事を知っているけもの……。

「もしかして……」

 思い当たるフレンズの名を口にしようとした時、青と黄色の模様がふわりと浮かび上がった。暗闇の中、鮮やかな二色の模様が躍るようにくるくると回る。

「カゲがカガヤきをノみコむか」

「カガヤきがサラなるタカみにトウタツするか」

 交互に喋っていたカタカケフウチョウとカンザシフウチョウは、声を揃えて全く同時に告げる。

「ハたしてどちらにイきつくか」

「あ……待って!」

 二人を呼び止めようとキュルルが立ち上がる。しかし光をも吸い込む黒を纏うフウチョウたちは瞬く間に闇に溶け込んで、もう姿を見つける事は叶わない。

「キュルルちゃーん!」

「キュルルー!」

 次の瞬間に聞こえたのは、自分を呼ぶ二つの声。その声の主たちと離れていたのは僅かな間だったはずなのに、何故か久しぶりのように感じられた。

 フウチョウたちがいた上空から視線を外し、キュルルは辺りを見回す。暗くてどこにいるかは分からないが、そう遠くない場所にいるはずだ。

「いた!」

 やがて暗闇から喜びの声と共にカラカルが姿を見せて、彼女と一緒にサーバルも駆け寄って来る。

「キュルルちゃん! よかったあ……」

「なんで黙ってどっか行っちゃうのよ! 心配したんだからね!」

 安堵するサーバルと怒るカラカルに気まずさを覚え、キュルルは二人から目を逸らす。

 オオセンザンコウとオオアルマジロに連れていかれた時と同じように、二人が自分を捜してくれていたのは分かっている。

 だけど、フウチョウたちと話す前に感じていた不安が頭をもたげて、ぼそりと口走ってしまった。

「……なんで来てくれたの?」

 直後に自分の言葉を後悔する。だけど一度口にしたらは引っ込められない。

 何を言われるだろうという恐れ、キュルルは身を固くして返事を待つ。

「当たり前でしょ?」

「なんでそんな事を訊くのよ?」

 サーバルとカラカルは怒っている訳でも悲しむわけでもなく、いつもと変わらない様子だった。

 それに安心したような、拍子抜けしたような気分になってから、二人の言動が胸にすとんと落ちる。

 役に立つとか、立たないとか。けものじゃないとか、そんな事はきっと、二人にとって……フレンズにとってはどうでもいい事なのだ。

 自分を捜してくれていたのは、サーバルが言ったように、そうするのが当たり前の事で、理由なんて考える必要もない事だろうから。

「かばん! キュルル見つかったわよ!」

 カラカルがここにいないはずのかばんに話しかけている。突然の行動にキュルルが戸惑っていると、カラカルの手首のあたりで光が生じた。

『良かった。キュルルさん、怪我してない?』

 姿はないがかばんの声が聞こえる。ラッキービーストの通信だと理解したキュルルは、普段とは違う状態に違和感がありつつも答える。

「あ、はい。大丈夫です」

 カラカルが付けているのは、引き出しに置いていったラッキービーストだろうか。

『暗いから気を付けて帰って来てね』

『ご飯を用意して待っているのです』

『それが終わったら、あのカラカルについて話があるのです』

 光が点滅に合わせてかばんの声が発せられて、続いて博士と助手の声も聞こえてくる。三人とも、帰りを待ってくれている。

 連絡を終えたカラカルはラッキービーストを着けていた腕を下ろすと、緊張が解けたように息を吐いた。

「ほら、帰るわよ」

 彼女がキュルルの手を取ると、サーバルが更に手を重ねる。

「一緒に帰ろう。キュルルちゃん」

 夜目が利かないキュルルには、カラカルとサーバルがどんな表情をしているかは分からない。

 しかし暖かい手の感触は暗い中でも確かに伝わって、二人の優しさに泣き出しそうになる。

 うっすらと涙を浮かべ、キュルルはそっと手を握り返した。

「……うん……ごめんね」


 サーバルとカラカルと一緒にかばんの家に戻ったキュルルを待っていたのは、博士と助手のお説教だった。

 怒られても仕方がない事をやってしまったのは事実だったため、キュルルは神妙にお説教を受けた後、怒鳴ってしまった事やかばんに対する言葉、そして家出をした事を謝った。

 かばんは博士と助手のようにお説教をする事はなく、自暴自棄に陥って姿をくらましたキュルルを心配し、無事に帰って来た事を喜んだ。

 そうして全員での食事を終えた後、もう一人のカラカルについての話し合いを再開する事になった。

「あのカラカルの目的について、私なりに考えてみたんだ」

 切り出したのはかばん。彼女はキュルルたちが帰ってくるまでの間に博士と助手と情報を共有し、もう一人のカラカルの動きを振り返り、彼女が何をするために行動をしていたのかを考えていたという。

 最初にイエイヌの家にやって来て、そこにあったという絵を奪った。

 次にこの研究所に侵入し、セルリウムを持ち去っていった。

 そして、その時にキュルルを連れ去っていった。

「キュルルさんを連れて行ったのは、多分予定外だったんだと思う。絵とセルリウムを持って行ったのは、目的があったからって言ってたんだよね?」

 最後の方はキュルルに確認するようにかばんは言う。トラクターで帰る時、キュルルはサーバルとカラカルにそう話していたはずだ。

 かばんの問いに頷いて、キュルルはもう一人のカラカルの言動を思い出す。

「はい。それに、みんなにも悪い事をしたって謝ってました」

 あの時の彼女の言葉に嘘はなかったと思う。みんなに対して容赦がなかったが、争った事を気にしているような感じだった。

「かばんの考えはおそらく当たっているのです。あいつはセルリウムが手に入ればそれでいいと言っていたのです」

 もう一人のカラカルが侵入した際、現場に居合わせていた博士が言うと、助手もそれに応じる。

「他に取られたものがないかを調べましたが、あいつが持って行ったのはセルリウムだけでした」

 キュルルが連れ去られ、かばんたちがもう一人のカラカル追いかけて帰ってくるまでの間、研究所内を確認していたと話す。

 鉢合わせた時は侵入した直後で、他を回る時間がなかったのかもしれない。だが、あのカラカルがここに来たのは、セルリウムを手に入れる事だけだったはずだ。

 しかしちょうどその時にキュルルがかばんの家に来てしまい、巻き込まれる事になってしまった。これはもう、運が悪かったとしか言いようがない。

「あのカラカルはセルリウムの性質も知ってた。セルリアンの元だって知った上で、セルリウムを手に入れようとしたみたいなんだ」

「どうして?」

 危ないと分かっているのにセルリウムを欲しがる理由が分からず、サーバルが首を傾げる。

 あくまで可能性だと前置きをした上で、かばんはもう一人のカラカルの目的を明かす。

「あのカラカルは、絵に描かれたものを再現したいんじゃないかな」

「再現……」

 理解がすぐに追い付かず、キュルルは呆けた声を出してしまう。サーバルとカラカルも首を傾げていた。

「セルリウムは触れた物をコピー……物の形を真似たセルリアンになるんだ。前にバスの姿をしたセルリアンが出た事があったでしょ?」

「あっ! あの時の!」

 かばんと初めて会った日の夜を思い出し、サーバルが声を上げる。同じ現場でバス型セルリアンを目撃したカラカルは、得心した様子で頷いている。

 キュルルはバス型セルリアンを見ていないが、かばんが何を話しているかを瞬時に理解する。

 以前現れたフレンズ型のセルリアンは、自分の絵をコピーして生まれたのだから。

「もしかしたら、あのカラカルはイエイヌの絵に何が描かれてるのかを知っていたのかもね」

 そう考えれば、何故イエイヌから絵を奪ったのかも説明がつく。

 かばんの仮説には納得がいくが、キュルルには引っかかるところがあった。

「でも、それだとセルリアンが生まれるだけじゃないんですか?」

 セルリウムと絵を組み合わせて出来上がるのは、描かれている何かと同じ形のセルリアンのはず。それを再現と言うのは少し違う気がする。

 尤もな指摘をしてくれるキュルルに感心しつつ、かばんは推測を口にする。

「あまり考えたくはないけど、セルリアンでもいいと思ってるのかもしれない。あるいは、より忠実にコピーする方法を知っているのか……」

 なんにせよ、もう一人のカラカルを放っておくわけにはいかない。

「明日になったら彼女を捜そう。何かをする前に、絵とセルリウムを取り返さないと」

 時間を置けば探し出すのは難しくなるが、もう日は暮れていて捜索は難しい。追いかけるのであればトラクターよりも当然バスの方が早いが、電池の充電が終わっていない。

「キュルルさんたちも疲れてるでしょ? 一緒に捜すのなら、今日は早めに休んだ方が良い」

 かばんはキュルルたちが同行するのを疑っておらず、キュルルたちも大人しく待っているつもりなどなかった。

「そうね。今度こそ捕まえてやるんだから」

 次は逃がさないとカラカルは意気込む。セルリアンに食べられたのを助けてもらったが、犯人を見逃すつもりはなかった。

「絵とかを返してもらったら、あの子とお友だちになれるといいね」

「あんたねえ……」

 サーバルの見当違いともとれる発言にカラカルは呆れるが、仲良くなりたいというサーバルの気持ちを否定しなかった。

 二人の会話に安心感と温かい気持ちを覚えながら、キュルルも思いを口にする。

「ぼくもあのカラカルさんともう一度会いたい。……会って、訊きたい事があるんだ」

 もう一人のカラカルと話している時に湧いたあの疑問は、今でもキュルルの中で引っかかっている。

 セルリアンが迫って来たせいで訊きそびれた事を、ちゃんと訊ねて答えを聞きたかった。

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