第7話 ヒトのこころ
何も言わずに去った犯人の追跡は明日にする事にして、サーバルとカラカルはキュルルとかばんが待つ場所へ向かっていた。
日が傾いて空が赤くなり始める中、二人は来た道を歩く。
「あいつ、何がしたいのかしら」
カラカルがぽつりと呟いたのを聞き取り、サーバルは彼女へ顔を向ける。
「なんか、悪い子には思えないよね」
屈託のないサーバルの言葉に、カラカルが唇を尖らせる。
「悪くなかったら、なんでキュルルをさらったりしたのよ?」
「でもキュルルちゃんをセルリアンから守ろうとしてくれてたんだよね? 私たちも助けてくれたし」
「それは、そうだけど……」
素直に認めるのはなんだが悔しくて、カラカルはしぶしぶと納得する。
キュルルは「大きなセルリアンから逃がしてくれた」と言っていたし、酷い事もされていないようだったから、あのもう一人の自分がキュルルを守ろうとしてくれたのはたぶん本当だろう。
キュルルだけでなく、セルリアンに食べられた自分たちを助けてくれた。彼女がいなかったら、自分たちは今ごろ動物に戻っていた。
「あいつが悪くなくても、イエイヌの絵は取り返さないと」
だからと言ってイエイヌから絵を奪ったり、博士と助手を叩きのめしたりしていいわけがない。
強引に話を終わらせたカラカルは少々速足になり、サーバルは彼女に合わせて足を進める。
行く先には二人が乗っていたトラクター。そしてキュルルとかばんが待っていた。
「サーバル! カラカル! 良かった……」
無事に戻って来た二人にキュルルが安堵して、かばんも胸をなでおろす。しかしもう一人のカラカルの姿が見えず、かばんは怪訝な表情になる。
「あのカラカルは? 一緒に戦ってたんじゃないの?」
「セルリアンを倒してどこか行っちゃった」
「あたしたちの出番はほとんどなかったわね」
返事を聞いたかばんが驚いて目を瞬かせ、気が付けば呆けた声を出していた。
「出番がなかったって……もしかして、あのカラカルが大型を一人で倒したの?」
信じがたい事だが、サーバルとカラカルの話しぶりからするとそうとしか思えない。
三人がかりでようやく戦えると考えていた黒い大型セルリアンを、あのカラカルはたった一人で倒したというのか。
悔しさからか目を逸らし、カラカルが嘆息まじりに答える。
「あたしたちは手も足も出なかった。あいつ一人でセルリアンを片付けてた」
「あのセルリアン、そんなに強かったの?」
一緒に旅する中、サーバルとカラカルがセルリアンやビーストと戦うのを見ていたキュルルは、かばんと同様に唖然とする。
初めて会った時もかなり大きなセルリアンを協力して倒していたし、ホテルでもフレンズ型セルリアンを蹴散らしていたから、二人ともかなり強いはずだ。
サーバルとカラカルが苦戦したり敵わなかったりしたのは、二人と同じ姿をしたセルリアンともう一人のカラカルくらいだ。
「とりあえず、今日はもう帰ろう。そろそろ暗くなるし、博士も心配だから」
もう一人のカラカルの追跡は明日にしよう。そう言ったかばんに全員が頷いた。
「博士さんは大丈夫なの?」
もう一人のカラカルによって叩き落とされ、助手が博士を呼びかけるところまでしか知らないキュルルが訊くと、かばんは神妙な面持ちになる。
「分からない。あの後助手に任せっきりだったから……。私が家を出る時は、まだ目を覚ましてなかった」
気を失っているだけだとは思うが、だからと言って博士の具合が分からないまま犯人を追いかける気はなかった。
かばんがトラクターの運転席に乗り込んで、キュルルたちは後ろの荷台に乗る。
全員が乗ったのを確認すると、かばんは手首のラッキービーストを運転席のパネルにかざした。
「出発スルヨ」
ラッキービーストが声を発したのを合図にして、トラクターが鈍い音を立てて発進する。
トラクターに揺られるキュルルは、ぼんやりして何も言わなかった。
「キュルル、大丈夫?」
はっと我に返る。声がした方へ意識を向けると、カラカルが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「うん。大丈夫。……ちょっと考えてたんだ」
「何を?」
「カラカルさんは……もう一人のカラカルは、何であんな事をしたんだろうって」
もう一人のカラカルの行動を振り返ると、色々とおかしな感じがするのだ。
「みんなと争ったのも、好きでやってると思えないんだ。絵やセルリウムを持って行ったのは、目的があるからって言ってたから」
「目的って?」
サーバルが訊ねるも、キュルルは困ったような顔で答える。
「それは教えてくれなかった。だけど、二人で話がしたいからぼくを連れて行ったって言ってた」
「なんであいつがキュルルと話がしたいのよ?」
カラカルの疑問は当然だったが、それはキュルルも知りたかった。
「分からない。どうやってパークに来たのかとか、今まで何をしてたとか訊かれて……あと、サーバルの事を心配してるみたいだった」
「うみゃ?」
不思議そうな表情のサーバルへ顔を向け、キュルルはもう一人のカラカルから教えられたことを伝える。
「サンドスターを使うから、むやみに野生解放を使うなって」
「確かに言ってた。寿命を縮めるって。……でも、野生解放って何なの?」
キュルルが連れ去られる際、同じ事を言われていたカラカルはサーバルと似たような顔になる。
野生解放とは何か。運転席で話を聞いていたかばんが口を開きかけたが、キュルルが説明を始める方が早かった。
「フレンズは自分が持ってるサンドスターを使って、普段よりも強い状態になれるみたいなんだ。それが野生解放だって……。でもあまり使うと動物に戻ったり、ビーストになっちゃう事もあるって」
「え!?」
「それ危ないじゃない!」
驚くべき情報に思わず振り向いたかばんと、野生解放の危険性を知ったカラカルの声が同時に上がり、キュルルはびくりと肩を震わせた。
一瞬思考が止まったが、気を取り直してキュルルは言葉を続ける。
「だから、サーバルは野生解放を使うなって言ってた」
「使うなって言われても……私、野生解放? ってやったつもりないよ?」
「それなんだけど、野生解放してる時は目が光るみたいで……」
キュルルがサーバルに野生解放状態の事を話し始めたのを聞きながら、かばんは正面へ顔を戻す。
キュルルに野生解放の事を教えたのは、おそらくもう一人のカラカルだろう。しかし、何故あんなにも知識が豊富なのか。
彼女は一体何者か。家で会った時と同じ疑問を抱きながら、かばんはトラクターの運転席に揺られていた。
「無事で何よりです。キュルル」
犯人であるもう一人のカラカルに様々な思いを抱いて家に戻って来た一行を、助手はいつもと変わらず淡々と迎えた。
そして、リビングで一行の帰りを待っていたのは助手だけではなかった。
「……その様子だと、あのカラカルを逃がしてしまったようですね」
もう一人のカラカルによって意識を失っていた博士が、何事もなかったように助手の隣にいた。
「博士、動いても平気なの?」
まだ休んでいたほうがいいのではとかばんは気遣うが、博士は胸を張っていつもの調子で返す。
「あれくらい何てことないのです」
「かばんたちがもう一人のカラカルを追いかけた後、さほど経たないうちに目を覚ましたのです」
寝床に運んでいる途中で意識を取り戻したと助手は言う。しかしやはり心配なので、キュルルたちが戻ってくるまでは博士を休ませていたらしい。
「私が気を失ってからの事は助手から聞いたのです。犯人を追いかけて、その時に何があったのか教えるのです」
博士に促されたかばんが首肯する。
「うん。そのつもりだよ。……みんなも疲れてるだろうけど、もう一回話してくれるかな?」
「あ、はい」
「わかった!」
「しかたないわねー」
キュルル、サーバル、カラカルもまた頷くと、部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろした。博士と助手、かばんはテーブルの周りに置かれた椅子に座る。
話を始めたのは、サーバルとカラカルだった。
キュルルがもう一人のカラカルに連れていかれた後、匂いと足跡を頼りに追っていたが、それらは途中で切れてしまっており、結局後からトラクターでやって来たかばんと共に追いかける事になった。その後、犯人によって逃がされたキュルルと合流したのだ。
「逃がされた、とはどういう事なのです?」
逃げたのではないのかという助手の疑問に、連れていかれた本人であるキュルルが答える。
「あのカラカルは、二人で話がしたいからぼくを連れて行ったって言ってた。それで、話をしてる時に大きなセルリアンが出て、ぼくを逃がしてくれたんだ」
あの時のカラカルの背中を思い出して、キュルルは顔を俯ける。
何も出来なかった。セルリアンに立ち向かう彼女を置き去りにして逃げただけだった。
「あいつわけわかんないわよ。あたしたちも助けるし」
カラカルの言葉に、キュルルは漠然とした不安を覚える。
助けたと言うのはどういう事だろう。もう一人のカラカルと一緒に戦っている時に何かあったのか。
「助けに行ったけど助けられちゃったよね」
同じような事を言ったサーバルに不安が大きくなる。何があったか確かめたいのに、それを訊くのが怖かった。
「あのカラカルが一人で倒したって言ってたけど……助けたっていうのは?」
迷っている間に結局かばんが問いかけて、訊けずじまいになったキュルルは唇を引き結ぶ。
「私たち、セルリアンに食べられちゃったんだ」
「食べ……!? 本当に!?」
ひやりとする情報を聞いたかばんが声を上げ、見開いた目でサーバルを見つめる。博士と助手もまた、驚愕の表情を見せていた。
「でも、あいつがあたしたちを助けてくれたみたいなのよ」
「凄かったよね。あっという間にセルリアンを倒しちゃったんだよ」
かばんたちは真剣な面持ちでカラカルとサーバルの話を聞いているが、キュルルだけは顔を上げようとしない。
セルリアンに食べられた。友だちから告げられた恐ろしい事実は、キュルルの胸を深く抉っていた。
「……ぼくのせいだ」
暗く沈んだ呟きに、サーバルとカラカルの耳が反応する。
「キュルル?」
「また、ぼくのせいで……」
カラカルの呼びかけにも答えず、キュルルは泣き出しそうな声で後悔を口にしていた。
「いや、あんたのせいじゃないわよ」
「そうだよ、キュルルちゃんはあの子が心配で私たちを呼んだんでしょ?」
キュルルは何も悪くない。サーバルとカラカルが慰めの言葉をかけた瞬間、キュルルの中で激しい感情が沸き上がった。
「助けなんかいらなかったじゃないか!」
衝動任せに叫んで立ち上がる。突然響いた大声にサーバルとカラカルの尻尾が膨らんで、博士は身を細くする。
キュルルは顔を伏せたまま、周りの反応を知らずに喚き立てる。
「ぼくが助けを呼ばなくても、カラカルさんは一人でどうにか出来た! ぼくのせいでサーバルとカラカルがセルリアンに食べられたんだ!」
助かったから良かったものの、サーバルとカラカルがいなくなっていてもおかしくなかった。自分のせいで大切な友だちが危ない目に遭った。
それは今回だけじゃない。
「ぼくが絵を描いたりしなければ、あんなセルリアンが出る事だってなかった! みんなに迷惑をかける事だってなかったじゃないか!」
「迷惑じゃないって言ってるでしょ!」
流石に黙っていられなかったカラカルが反論するも、キュルルは振り向く事もしなかった。
「……ぼくなんかいなくたっていい」
囁くような声で紡がれた言葉は、その場にいる全員の耳に突き刺さった。
自暴自棄になったキュルルを諫めようと、かばんが険しい顔で立ち上がる。
「キュルルさん」
ひどく落ち着いたかばんの声が聞こえて、キュルルはびくりと体を強張らせる。
怒鳴っているわけではない。だけど静かな怒りを感じる声色。それに反発心を覚えてしまい、以前からうっすらと感じていた、かばんに対する引け目が溢れ出た。
ようやく顔を上げたキュルルは涙目でかばんを睨み、ずっと抱えていた思いを打ち明ける。
「ぼくはかばんさんみたいに、誰かの役に立てるヒトじゃない」
そのまま逃げるように歩き去ってしまう。悲痛な告白に言葉を失ったかばんたちは、ただ呆然としているばかりだった。
誰も何も言えず、静寂が部屋を支配する。まるで永遠のようにも感じられた数秒が過ぎて、カラカルがはっと我に返る。
「ちょっとキュルル!」
離れていく背中に声をかけるも、キュルルは足を止めない。
慌てて追いかけるカラカルに続いて、サーバルも後を追う。
キュルルは迷うことなく廊下を進み、以前も泊めてもらった、そして現在も使わせてもらっている部屋まで行くと、ドアを開けて中に入ってしまう。
やや遅れていたカラカルとサーバルは、ドアが閉まった直後にかちゃりと軽い音が鳴るのを聞いた。
「キュルル、キュルルってば!」
カラカルはキュルルの真似をしてドアを叩き、取っ手を掴んで押したり引っ張ったりするが、ドアはびくともしない。
「なにこれ、開かない!」
何故か動かないドアに焦りを覚える。向こうにキュルルがいるのに、たった一枚のドアが壁になって隔てられている。
「キュルル、これ開けて!」
「カラカル、ストップ!」
再びドアを動かそうとしたカラカルをサーバルが制した。
「そんなに大きな音がしたら怖がっちゃうよ」
「でも……」
大きな音や声がしたら警戒するのは分かる。頭では理解できても、キュルルを放っておけなかった。
取っ手から手を離さないカラカルに、サーバルは優しく微笑みかける。
「いったん戻ろう? ね?」
カラカルはサーバルとドアを交互に見やる。
ドアは開かないし開けられない。耳をそばだてても、部屋の中からは物音一つ聞こえない。
力ずくでドアをぶち破ってやろうかと一瞬考えてしまったが、それこそキュルルを怖がらせてしまうし、かばんのおうちを壊してしまうのは気が引けた。
「……分かった」
ここにいても埒が明かない。そう悟ったカラカルは取っ手にかけていた手を下ろす。
しばらくキュルルを一人にする事にして、サーバルと共に廊下を引き返した。
「キュルルさんは? どう?」
戻って来たサーバルとカラカルにかばんが問いかける。
「泊めてもらってる部屋にいるわ。部屋に入れてくれないから、何をしてるかは分からない」
「そっか……一人になりたいのかもね」
しばらくそっとしておこう。かばんの言葉に同意して、サーバルとカラカルはさっきまで座っていたソファに再び腰を下ろした。
「セルリアンに食べられたと言っていましたが、何かおかしなところはないのですか?」
博士に話しかけられて、サーバルはきょとんとした顔になる。
「おかしなところ? 何ともないよ?」
「本当に何ともないのですか? 一時的とは言え食べられたのです。少しでも記憶が無くなったりしてしないのですか?」
「あっ!?」
助手の問いにカラカルが声を上げる。
「あたしたち、今までのこと覚えてる……!」
「なんで? セルリアンに食べられちゃうと、思い出を忘れちゃうんだよね?」
自分たちの身に何も起きていない事が不思議なのだと気付いて、サーバルは疑問を口にする。
セルリアンに食べられると動物に戻り、それまでの記憶がなくなってしまう。そのはずなのにフレンズの姿を保っているし、今までの思い出を失ってもいない。
無事なのはいいが釈然としないサーバルとカラカルに、今度はかばんが訊ねる。
「二人が食べられてから助けられるまで、どれくらいかかったか分かる?」
「そんなにかかってないんじゃないかな? 食べられたと思ったけど、すぐに外に出てたと思う」
セルリアンに取り込まれた瞬間は覚えている。そこで一度意識が途切れて、気が付いた時にはもう一人のカラカルが目の前にいて、自分たちを食べたセルリアンがいなくなっていた。
サーバルの答えを聞いたかばんは、納得したように頷いた。
「二人が何ともないのは、助けるのが早かったからだろうね。……セルリアンに食べられてから時間が経つと、フレンズとしての姿を保てなくなるから」
「じゃあ、やっぱりあのカラカルは私たちを助けてくれたんだ」
ね? とサーバルはカラカルに同意を求めるが、カラカルは引っかかることがあるように渋い顔をしている。
「なんであいつはあたしたちを助けたのよ? 野生解放って危ない事までして」
あの時、もう一人の自分は目が光っていた。キュルルが話していた通りなら、サーバルと同じように野生解放をしていたのだろう。
サーバルには使うなと言っておきながら、寿命を縮めるという野生解放を使って助けた理由が分からない。
「あのカラカルがなんで二人を助けたのかは、直接訊かないと分からないね」
かばんは眉を寄せるカラカルに苦笑すると、腕を組んで言葉を続ける。
「野生解放の事だけど、使いすぎると危ないっていうだけで、野生解放そのものはそんなに危険なものじゃないんだ」
「そうなの?」
サンドスターを消耗する。動物に戻ったりビーストになったりする。そんな話ばかり聞いていたサーバルが意外そうに目を見張った。
「うん。私が前にいた地域のフレンズは、セルリアン退治で当たり前のように野生解放を使ってた」
ただ、とかばんが言葉を切り、サーバルとカラカルは彼女を見つめる。
「この地域のフレンズは元々野生解放を使えないのか、使える条件が整っていないのか……理由は分からないけど、私は野生解放が出来るフレンズを見た事がない」
かばんがそこまで話したところで、博士と助手が口を開く。
「我々も資料などで知っていただけで、実際に使えたりはしないのです」
「だからかばんから話を聞いた時は驚いたのです」
かばんは組んでいた腕を解き、不安と心配をはらんだ目でサーバルを見る。
「サーバルは野生解放してたってキュルルさんは言ってたけど、やったつもりはないって言ってたよね?」
「うん」
「だけど目が光ってて、野生解放状態になってる時があった。……カラカル、それってどんな時だった?」
急に話を振られたカラカルは少し面食らって、記憶をたどりながら答える。
「たしか、ビーストと戦ってる時と、ホテルの時だったと思う。……あとは」
目を逸らして言い渋るが、やがてぼやくように呟いた。
「あいつがここに来た時も、そうだったと思う」
よく見えなかったけど、と付け足す。ビーストの時もホテルの時もちゃんと見たというより、サーバル目がいつもと違うと感じただけだ。
「サーバル。その時どんな感じだったか覚えてる?」
カラカルの答えを聞き、かばんは再びサーバルへ訊ねる。
「うーん……何とかしなきゃーとか、やっつけなきゃって思ってたかなあ?」
サーバルが首を傾げつつもあっけらかんと返すと、かばんは口元に手を当てて思考に耽る。
「無自覚、無意識の野生解放……制御できてない……?」
ぶつぶつと漏れる考え事はこの場にいる全員に聞こえていて、サーバルとカラカルはむずつくような感覚に耳を震わせた。
「かばんちゃん?」
サーバルの声で我に返ったかばんは サーバルの野生解放について仮説を立てていた。
「多分、サーバルは野生解放を上手く使えないんだと思う。だから、自分の意思とは無関係に野生解放状態になっちゃうんじゃないかな?」
「やっぱり危ないの?」
若干不安を見せるカラカルに、かばんは諭すような口調で答える。
「頻繁に使ったり、長い時間野生解放していなければ問題はないと思う。ただ、使わずに済むならその方が良いね」
「うみゃー……急には難しいよ」
サーバルは気難しい顔で耳を垂らす。
そもそも、野生解放と言う状態になっている事すら知らなかったのだ。使わないようにと言われても、どうすればいいのか分からない。
「焦らなくてもいいよ。もし野生解放していたら、カラカルやキュルルさんに教えてもらえば良いんじゃないかな?」
周りが気付いて指摘すれば、サーバルも自分が野生解放状態になっているのが分かるようになるかもしれない。
そう言ってかばんが話を締めくくると、カラカルは当然とばかりに頷いた。
「じゃあ、その事をキュルルにも話さないと」
話をしている間もずっとキュルルの様子が気になっていたのだろう。それはサーバルも同様だった。
「キュルルちゃん、元気になってるかな」
立ち上がったカラカルとサーバルに合わせるようにかばんも動き、二人と一緒にキュルルの元へ向かう。
「我々はお茶を淹れて来てやるのです」
博士と助手は別方向へ歩き、五人は二手に分かれて部屋を後にする。
キュルルがいる部屋に到着した三人は、少々緊張した面持ちでドアの前に立っていた。
かばんが軽くドアを叩き、取っ手を掴む。
「キュルルさん、入るよ?」
一言断りを入れてから取っ手を捻ってそっとドア開けようとしたが、ドアは全く動かない。
「やっぱり開かない?」
さっきと変わらない状況かと、カラカルが声かける。すると、かばんは別段驚きもせずに振り向いた。
「このドア、実は外から開けられなくする仕掛けがあるんだ。キュルルさんは部屋の内側からそれを使ったんだよ」
キュルルがもう一度仕掛けを使わないと開けられない。そう説明したかばんは取っ手から手を離す。
「二人はここで待っててくれる? 外に回って、中の様子を見てみるよ」
あまりいい気はしないけどねと言い残し、かばんは廊下を歩いてサーバルとカラカルの視界から消える。
ほどなくして部屋の中から物音が聞こえて来たかと思うと、ドアからかちゃりと音が鳴った。
直後に部屋からかばんが現れて、開口一番に訊ねる。
「二人とも、キュルルさんは出てきてない?」
「見てないよ?」
「どうしたのよ?」
おかしな事を言うかばんに、サーバルとカラカルは揃って首を傾げる。キュルルがいる部屋から出てきたのはかばんだけだ。
やっぱりと小さく呟いて、かばんは知らないうちに起こっていた異変を告げる。
「キュルルさんがいないんだ!」
「ええ!?」
部屋に入れるように退いてくれたかばんの脇をすり抜けて、サーバルとカラカルは部屋の中に足を踏み入れる。
そして、息を呑む。ここにいたはずのキュルルの姿はなく、部屋はもぬけのからだった。
「キュルル……」
キュルルの匂いが残る部屋で、カラカルは開け放たれた窓を呆然と見つめていた。
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