第8話 Hunting Time

めいりん地区、それは高天原全体の中でも特に治安の悪い場所であり、血生臭い出来事が絶えることは無い。

それは、今日という日も例外ではないようだった。

事件現場に到着した猪討とテトラは、そのまま立ち入り禁止のホログラムを通り抜け、古びた雑居ビルの一室へと足を踏み入れた。

そこは物が散乱し、壁には多数の弾痕が空いているオフィスだった。


「これは、また……」

「派手にヤったみたいっスね」


2人は先行していた警官の元へと向かうと、状況についての説明を聞いた。


「近隣の住民から、銃声をはじめとする物音や通信障害に関する通報を受け、その発生源と思われる現場に向かったところ、意識不明の男性が4名倒れている所を発見いたしました」

「その4人は何処に?」

「現在は警察病院に移送されています」

「なぜそんな遠くまで」

「彼らは全員が漆組の構成員であり、指名手配犯でした」

「なるほど」


猪討は警官からデータを転送してもらい、タブレット端末に表示した。

4人全員が指名手配写真とは違う見た目をしていたものの、採取された生体コードはライブラリと完全に一致していた。

うち1人は性別まで変えているのだから、大したものである。

続いて猪討はカメラを起動すると、AR(拡張現実)機能を用いて事件当時の状況を再現したCGを画面に重ねた。


「こいつは仲間の銃で撃たれたのか」


腕ごと吹っ飛ばされてうずくまる男の姿を画面越しに見下ろしながら、猪討は言った。

一方、テトラも同様の手法で視界に直接映像を重ね、操作を進める。

そして、何かを見つけたようだった。


「センパイ、このデカめの人、自分の拳で殴られてるっぽいっス」


彼女はそう言いながら、大男の拳と顎の痣の画像を猪討の端末に送った。

確かに、2つの痕跡はピッタリと一致する。

他にも不自然な姿勢で倒れた者達にも視線を向ければ、この現場で何が起きたのかが見えてきた。


「身体を乗っ取られたとしか思えないっスね」

「そうだな、それにこの被害者の配置……犯人は戦いながら同時進行でハッキングを行っていたように見える」

「そんな事が出来そうなヤツ、ウチは1人しか知らないっスよ」

「俺もだ」


猪討は端末の画面をスワイプして、表示する画像を切り替える。

そこには全身黒一色のテックウェアの姿があった。





『始めろ』


視界のタイマーがスタートする。

隼斗は即座に跳び上がると、ビルの壁と隣の建物の壁を交互に蹴って6階まで一気に駆け上がる。

そして窓のロールシャッターをハッキングで強制開放すると、身を捻って室内に侵入。

呆気に取られた大男の顔を蹴り飛ばし、空中でボールを投擲する。

そして机の上に着地、即座に転がってボールが張り付いた男に間合いを詰め、至近距離から目を睨んだ。


「ワタリガラス!?どうしてココに!!」


少し離れた場所に立っていた男は、半狂乱になりながら銃を取り出し隼斗に向けた。

しかし、隼斗に睨まれた男がまるで庇うように射線を遮る。


「何してる!?どけ!」

「違う!俺じゃない!!」


彼はそのまま両腕を展開すると、銃口を仲間に向けた。


「俺じゃないんだぁああ!!!」


彼は叫びながら左右のマシンガンを乱射する。

隼斗に銃を向けていた男は腕を吹っ飛ばされ、絶叫しながら床に転がった。

一方、撃った張本人は弾切れを起こすと同時に意識を失う。

……と、このタイミングで最初に顔を踏まれた大男が身を起こした。


「クソ……てめぇ、ざけんなよ!」


彼は鼻血を拭いて立ち上がると、肩を回して近づいてくる。

対する隼斗は失神した男からボールを剝がし、大男に向かって投げた。

しかし


「はっ!んなもん食らわねぇよ!!」


相手も身体の多くを機械化しているため、反射神経は高い。

大男は素早い踏み込みで隼斗の投擲を躱し、眼前に迫った。

豪快に右手を振りかぶり、即死級のパンチを繰りだ……


カン!


軽い金属音が響く。

それは壁で跳ね返ったボールが、男の後頭部に張り付いた音だった。

隼斗は突っ立った姿勢のまま、瞳を七色に光らせる。

すると男は攻撃のモーションを急遽中断、苦しそうに全身を痙攣させた。


「なんだこれ、ありえねぇ……」


男の意思に反して身体は勝手に動き、ゆっくりと握り拳を作る。

そして、勢い良く自身の顎めがけて、強烈なアッパーカットを放った。

脳を揺らす強烈な衝撃に、彼はたちまち白目を剥いて悶絶する。


「お゛っ……あ」


そしてフラフラと数歩歩いたのち、豪快に机へと倒れ込んだ。

残りはデータを盗んだ女だけだ。

隼斗が視線を向けると、彼女は震えながら叫んだ。


「やめて!私は受け子だから、この人達とは関係ない!」


部屋の隅でちぢこまりながら、腰が抜けた様子で訴える。

隼斗はこれを無視して女に迫るが、今度は両手を揃えて差し出して来た。


「ほら、抵抗しないから……」


女の足元を見れば、机から落ちたダクトテープが転がっていた。

つまりはこれで拘束しろ、という意味なのだろう。

隼斗はテープを拾うため、座り込み俯いたままの女に近寄る……その時だった。

女の口元が微かに緩んだかと思った次の瞬間、赤熱化されたワイヤーが両手首に橋渡しされるように姿を現す。

彼女は床を蹴ると、隼斗の首を目掛けて一気に突っ込んで来た。

しかしながら、両手を伸ばして相手の首を狙う都合上、動きはどうしても単調になる。

隼斗は屈むように姿勢を下げ、女の懐に潜り込んだ。

続いて振り下ろされる追撃も軽く回り込んで避けると、敵の背面から手首のコネクタをカウンター気味に突き立てる。


「クソ野郎……!」


毒づく女の髪の毛を掴んで無理やり視線を合わせ、至近距離から目を睨んだ。

一度身体の制御を奪ってしまえば、後はどうとでも出来る。

とはいえ、隼斗に残された時間は多くない。


「一度しか言わない。持ち出したモノを全て吐き出せ。拒めば首を切り落とす」


冷たい声で、淡々と告げた。

残り時間を刻むように、ワイヤーは女の首へと徐々に近づく。

しかし、これを前にしても、女は挑戦的な目つきを止めなかった。


「お前にやる物なんて、一つもない」


腹の底から絞り出すように、彼女は告げた。

やがてワイヤーは喉元の間近まで迫る。

そして、皮膚に食い込む直前に、隼斗はコネクタを抜いて手を放した。


ゴトン!


糸が切れた操り人形のように、女の身体が転がる。


「その答えで十分だ」


隼斗は1人呟くと、大柄な男からボールを回収し、部屋の窓へと向かった。


『終わったか』

「ああ、今詳細を送る」

『……なるほど、“漆組”か』


漆組、それは高天原を拠点とする指定暴力団である。

つまり、この雑居ビルは拠点の一つ、早い話が暴力団事務所という訳だ。


「データを盗んだ女……いや、実のところガワだけだが、奴も構成員だ」

『状況は把握した。直ちにそこを離れろ』

「了解」


隼斗はそう言うと通信を切り、窓から身を投げる。

彼は一切の痕跡を残さず、周囲一帯から姿を消した。



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