第6話 Tired Man and Bad Girl Ⅱ

高天原警察本部の廊下を、ひときわ目立った二人組が並んで歩いている。

猪討雷巡査長と八重縞テトラ巡査、つい数時間前にコンビを結成した2人は、早速昨晩発生した事件の現場を回る事となった。

しかしだ、大半の職員がスーツや制服姿の警察本部で、ライダースジャケットとスカジャン姿の2人は圧倒的に注目を集めており、すれ違う刑事や他部署の警官、休憩中の職員等は皆珍しい物を見るかのような視線が多く見られた。


「センパイって人気者なんスね」

「人望は無いけどな。というか、連中が見てるのは期待のルーキーであって俺じゃないぞ」


2人はそのまま廊下を進んでいき、正面ロビーへと赴いた。

そこでは巨大なホログラムが高天原の街を形作っており、交通状況や天気など、現実世界の情報がリアルタイムでフィードバックされていた


「気温はこれ以上上がらなさそうだな……」


猪討は街の現状を横目で確認すると、ゲートの改札機に端末をかざして外に出た。

続いて、テトラも同じ要領で手首をかざしてゲートを通ろうとする。

しかし


ブブー


ブザーと回転灯がエラーを主張、テトラはそのままゲートに激突した。


「ぐえ」

「……何やってんだ」

「ウチのID、古い部署のままっスね」

「来るときはどうしたんだ」

「課長と一緒だったんスよ」


ゲートが繰り返しエラーを吐いたことで、係員に呼び出しが入った。

しかし、待ってる時間が気に食わなかったテトラは、警報を無視してゲートを跨ぐ。


「お待たせしたっス」

「いや、ダメだろ」

「いーんスよ、どうせ後で映像見ればわかるんスから」


テトラは気にせず、スタスタとエレベーターの方へ歩いて行ってしまう。


「後で怒られても知らないぞ……」


猪討はため息をつくと、彼女の後を追い、エレベーターに乗り込んだ。


「にしても、本部って広いっスね」

「迷子になるなよ」

「もしなったら迷子センターでセンパイの事呼んでもらうっス」

「真面目にやめてくれ」


エレベーターは駐車場に到着、何台ものパトカーが2人を出迎えた……が、猪討はそれらの横を素通りし、隅にこぢんまりと停められたコンパクトハッチにリモコンを向けた。

電子音と共にウィンカーが点滅し、ドアロックが解除される。

これを見たテトラは言った。


「パトカーじゃないんスか」

「俺はリンクが使えないから、普通の車が動かせない」

「……え?」


困惑するテトラをよそに、猪討は運転席に乗り込む。

テトラも続いて助手席に乗り込むが、室内は完全に時代遅れであり、インパネ周りには物理的なスイッチが残されていた。

そして彼女はさりげなく猪討の手首にも視線を向ける。

そこには一切のモールドが無く、コネクタが装着されていない事が見て取れた。

手首に埋め込むコネクタやうなじの管制システムは、随分と昔から当たり前に使用されてきたサイバーインプラントであり、5歳の定期健診で最初の導入を済ませる場合が一般的だ。

つまり、猪討は必須ワクチンレベルの超基本的な医療行為を受けていない事になる。

テトラは困惑しながらも尋ねた。


「宗教的なアレ……?」

「いや全然。俺は自分のコードから作ったはずの生体部品と、何故か適合出来ない体質なんだ」


そう言いながら、猪討はキーをインパネに差し込み回す。

するとバイオ燃料のエンジンが、低い唸りを上げて始動した。


「映画でしか見たことないやつだ……」

「良かったな、生で見られて」


2人を乗せた車は敷地より出ると、目的地へと舵を取る。

まずは昨日の事件で大勢の容疑者が確保された現場である、フォリニクス・テクニカ本社ビルだ。

そこでは周囲にバリケードが築かれ、外側では多くの報道陣でごった返している。

猪討は検問を担当する警官に端末を掲げ、車ごと内側に入っていった。

そして、先行していたパトカーに並べて車を停める。


「ここから先は、俺の傍から離れるな」

「あーっス」


2人は車から降りビルの入口へと向かうが、正面からスーツ姿の男が1人近づいてくると、猪討に向かって声を発した。


「誰かと思えば“吊るしの猪討”さんじゃないですか、お疲れ様です」

「おう」

「狛枝さんの所に選ばれたんでしたっけ?」

「不本意ながらな」

「そうですか……ハンデ持ち支援制度の一環ですかね?」

「だろうな。悪いね、俺ばっかり」


猪討はそう言って、刑事の横を通り過ぎる。

テトラもこれに続こうとしたが、その瞬間スーツ姿の刑事は言った。


「あの人の後輩シゴキ本当エグいから、気を付けた方がいいよ」


これを聞いたテトラは一瞬足を止める。

しかし、彼女はろくに目も合わせず


「そうスか」


とだけ言うと、猪討の後を追ってその場を去った。



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