第5話 Tired Man and Bad Girl Ⅰ

高天原中心付近、行政の重要拠点が連なる区域に、ヘリポートを複数備えたひと際大きい建物があった。

その正体は、この街の治安を取り仕切る警察本部である。

そして、高層フロアをまるまる使った一室には既に数十人の刑事たちが集められており、今まさに会議が始まろうとしていた。

その中にはライダースジャケットの刑事、猪討の姿もある。

……と数名が少し遅れて入室すると、刑事達に向かい合う姿勢で部屋の最前列に着席する。

うち1人がマイクを掴むと、調子を確かめ話し始めた。


「今日、諸君らに集まってもらったのは他でもない、昨日の事件を筆頭とした共和国による内政干渉や条約違反、近頃頻発する大規模犯罪、そしてそれらの現場で確認される“ワタリガラス”と呼称される正体不明の犯罪者……そういった脅威に対して、専門の対策部隊を編成するためである」


刑事部捜査一課の課長、笹熊(ささぐま)が言った。

続いて、彼の隣に腰掛ける二課の課長がマイクを持つ。


「ひいては、凶悪犯罪、知能犯罪の双方へ円滑に対応するために、人員は一課、二課より選抜し、合同で捜査にあたってもらう事となった。部隊の指揮は昨夜の事件に引き続き、一課の狛枝管理官に一任する」


課長達に並んで座っていた狛枝管理官は起立して、刑事達に礼をする。

彼女が着席したのを見て、再び笹熊課長がマイクを握った。


「過去に前例のない困難な捜査となることは想像に難しくない。しかし、諸君らであれば成し遂げられると考え、今回の部隊を編成するに至った。ここに居る者は全員が分野のスペシャリストである。各自が最高のパフォーマンスを発揮し、事件解決に尽力してくれる事を私は期待する」


そう言うと笹熊課長はマイクを置いた。

狛枝管理官がマイクのスイッチを入れる。


「たった今課長が言われたように、難しい仕事となるだろう。だが、やることは普段と変わらない。この街の治安維持に全力を尽くすのみだ。……何か質問がある者は?」


彼女の呼びかけに対して、特に刑事たちからの反応は無い。

狛枝管理官は部屋を見回すと


「では仕事をはじめよう。新しいオフィスは下のフロアとなる。各自午前中には席移動を済ませておくように、以上!」


管理官の声を受けて、刑事たちは椅子から立ち上がり退室していく。

そんな中、猪討は部屋の前方にゆっくりと歩いていくと、笹熊課長に向かって口を開いた。


「失礼を承知でお聞きします、どうして俺なんかをこのチームに?」

「ばっ……!」


猪討の態度を狛枝管理官は咎めようとしたが、笹熊課長がこれを制す。


「猪討巡査長、君のような“足で稼ぐ刑事”こそ、この手の事件には欠かせない存在だ。数値化出来ないアナログな情報は、いくらネットを探っても手に入れることは出来ない」

「“そういう”意味でも、俺より優秀な奴はごまんと居ます」

「ふむ、そうとも言えるかもしれない。だが、君にはもう一つ長けている能力がある」


そう言って笹熊課長は猪討の背後に視線を向けた。

つられて振り返ると、そこには机に腰を下ろし、ガムを膨らませた、黄色いスカジャン姿の少女が。

まるでニーソックスのように、膝の上まで機械パーツに置き換えた両脚と、はちきれんばかりに膨らんだ上着の胸元が猪討の目を引いた。


「八重縞(やえじま)テトラ巡査……警察学校での成績は非常に優秀だったが、素行不良で卒業が半年間伸びたという経緯がある」


猪討は猛烈に嫌な予感がした。

ゆっくりと隣に視線を向けたが、課長はただ笑みを浮かべるだけだ。

その瞬間、予感は確信に変わる。


(俺の仕事は問題児(ガキ)のお守りってワケか……)


気の抜けていく猪討をよそに、笹熊課長は新人に挨拶を促す。

これを受けて、彼女は机から腰を上げると向き直った。


「今日づけで捜査一課に配属になった、やえじまーっス。センパイがウチの相方って事でいんスかね?」


一回りは年下の相手からの、敬意の欠片もないファーストコンタクトに、猪討は先が思いやられた。

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