第4話 A cup of coffee
モノレールの駅から数百メートル、街の中心にほど近いオフィス街に、Dahlia(ダリア)という個人経営の小さなカフェがあった。
妹を駅に送り届けた隼斗は朝食を済ませるため、そのカフェの入口を潜り、カウンターに腰を下ろす。
「モーニングトーストをコーヒーとセットで」
隼斗がそう言うと、注文を聞き入れたカフェのマスターが頷いた。
もう最近では、人間が接客を行う飲食店も随分と珍しくなっている。
特にチェーン店は軒並み注文から提供までが完全自動化されており、店は無人まま営業されている事もざらである為、こう言った昔ながらのスタイルの店は絶滅寸前だった。
「どうぞ」
二枚重ねのトーストと、コップ一杯のホットコーヒーがテーブルに置かれる。
続いてマスターはミルクピッチャーを持ち出すと、コーヒーにゆっくりと中身を注いでいき、マドラーでかき混ぜる。
やがて、不思議な渦巻き模様が水面に浮かび上がった。
「……」
隼斗はその様子をじっと眺める。
黄金色の瞳がオートフォーカスで小刻みに動いた。
しかし、瞬きする間に模様は崩れて消えていき、数分もすればトーストを齧る合間に飲み干されてしまった。
「ご馳走様」
席を立った隼斗は、カウンターの会計端末に手首をかざして店を出る。
しかし、入れ違いになったライダースジャケットの男とぶつかってしまった。
隼斗は尋ねる。
「すみません、お怪我は?」
「平気だよ」
相手はそれだけ言うと、店の中に入っていった。
その後、隼斗は駐車場へと向かったが、自分のバイクの隣に珍しい車が停めてあった。
年季の入った丸目2ドアのコンパクトハッチバック、あまりにも時代に逆行した見た目だ。
恐らくは先ほどの男性の物だろう。
隼斗はそんな車を横目にバイクに跨り、ヘルメットを被る。
すると、突然
『昨日はご苦労だった、ワタリガラス』
非通知の設定で音声通話が繋がる。
対する隼斗は全く気にしない様子でエンジンをかけた。
『次の仕事の話がある。埠頭のコンテナ置き場に向え』
隼斗は返事もせず、スロットルを捻ってバイクを走らせる。
そして、高架のジャンクションへと合流すると、埠頭に向かって進路を取った。
ガコン……ガコン……
一切光源の無い真っ暗闇な空間に、規則的な振動が響いていた。
少し遠くからは振動とタイミングを同じくして、低い金属音が聞こえてくる。
しかし、ある時突然に
コッココ……ガチャン!
扉が開かれ、光が差し込んだ。
埠頭の港湾設備に置かれたコンテナの一つを開いた隼斗は、周囲にさりげなく気を使いながら中へと踏み込み、扉を閉める。
『次の仕事に必要な物品だ、事前によく確認しておけ』
ゆっくりと腰を下し、積まれたケースのうち一つを開く。
そこには数発のカートリッジと射出ランチャーが収まっていた。
『多目的ランチャーだ、数種類の弾を撃ち分けられる。上手く使え』
ケースからランチャーを取り出し左腕にあてがうと、武器と身体の双方からコネクタが飛び出し自動で接続され、前腕の中に格納されていく。
更には神経ポートが接続された事で、ランチャー側の情報が直接視界に投影されるようになった。
『チャフ、スモーク、催涙ガス……リクエスト通り、非致死性の弾頭を用意した』
隼斗は一通りランチャーを動かした後、満足したのか腕から吐き出した。
続いて隣のケースを開くと、中に収められていた電子機器を手に取る。
『ECMジャマーだ、敵のローカルネットワークを妨害する。古典的だが、役に立つ』
どれだけ技術が進歩しようとも“無線”という概念がある限り、この手の兵器は有効だ。
その上、通常の使用方法である電波の妨害や攪乱以外にも、身代わりや囮として応用を利かせることも出来る。
……と、ここで隼斗は自身の背後に佇む物体に目を向ける。
それは灰色の布を被ってはいたが、中身が何であるかは明らかだった。
バサッ……!
姿を現したのは、黒地に赤いラインの入ったバイク。
それもフルカウルで大型の公道レーサーだった。
『イチカワ・スザク……国産最速のモデルを320馬力までチューニングした』
本来の倍近い出力を発揮する正にモンスターマシン、転べばあっという間にすり身になるだろう。
『次の仕事もスピード勝負だ、作戦は念入りに詰めておけ』
言いたいことを言い終えたのか、通話は突如として切れる。
隼斗は広げた装備を元通りに片付けると、コンテナを後にした。
≪次回更新は10月4日を予定しています≫
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