第3話 Welcome to Takamagahara Ⅱ

『2番線に電車が参ります、白線より下がってお待ちください』


人でごった返す朝のホームにアナウンスが響いた。

次第に煌々と輝くヘッドランプが近づいて来るのが見て取れる。


「あふ……」


巻き上げられた風で髪が乱れるのも気にせず、ヒナノは気の抜けたあくびを一つすると、周りの人々に習ってモノレールに乗り込んだ。

人の波に押されて小さな身体は壁まで追いやられるが、当人は気にしていない様子でイヤホンを取り出し装着する。

ふと視線を上げれば、車内のビジョンでは昨日の事件の内容で持ち切りだった。


(あれやったの、兄上なんだよなぁ……)


実際に視聴者提供の映像の中には、ワタリガラスがドローンを従え夜空を駆けていく様子も含まれていた。

勿論ヒナノも当事者であるのだから、昨夜何が起きていたのかは全て知っているが、それにしても実感がないというか、まるで夢の中の出来事のような感覚にとらわれた。

とは言え、この手の裏稼業をやるのは今回が初めてではない。

ヒナノはプレイリストを再生すると、窓から外を眺めて自分の世界に浸り始めた。

そのまま惰性で風景を眺めていると、巨大な広告ビジョンが目に入ってくる。


“なりたい自分になる、もう悩まない”


美容整形クリニックの物だった。

確かに、今の世の中では金さえあれば何者にでもなれる。

ここ数十年で遺伝子工学やバイオテクノロジーは驚くべき進歩を遂げた。

全ての人間は身体情報を完全にコード化する事が出来る様になり、それを用いれば自分に適合した身体パーツがクリニックや通販サイト、物によっては自販機でも買えるようになった。

その時の流行りに応じて自身の身体を別パーツに置き換え、飽きたら戻す……そんな事が最早当たり前に行なわれていた。

そればかりか設備や機器を家に置けば、その日の気分で全身の肉体さえ入れ替えられるのだ。

まぁ、そこまでするのは余程の金持ちや物好きだが。


(私も成人したら、どこか変えたりするのかな)


ヒナノは未成年かつ学生であるため置き換えているパーツは少なく、生まれつき弱視であった両目や一部の関節、手首のコネクタ、そしてうなじの管制システムを除けば、ほぼ全身が生身だ。

しかし、兄である隼斗は身体の大半を機械化している。

これまで特に考えてはいなかったが、“この仕事”を続けるのであれば、何処かで身体を強化する必要性が出てくるだろう。

それに、生身の身体は病気にかかるリスクが高く、傷の治りも遅い。

後で戻せる都合上、このご時世で生身に拘るメリットは無いに等しいのだ。

だが、ヒナノは身体を置き換える事に対する抵抗感を捨てきれずにいた。


(まぁ、今すぐやるわけじゃないから、いいかな……)


ヒナノは考え事を止め、目を閉じる。

モノレールは丁度次の駅に到着する所だった。

ドアが開き、人が出入りし、ドアが閉まり、再び動き出す……その様子をヒナノは揺れだけで感じ取り、意識の大半がイヤホンに向かっていた。

そんな時、突如として左のイヤホンが外される。


「何聞いてんの?」


視線を向ければ、そこに立っていたのはヒナノと同じ制服姿の女子生徒2人組だった。

うち1人は奪ったイヤホンを耳にはめ、聴覚インプラントの音声解析機能を使って曲を特定する。


「“セキレイ”の新曲?もう出たんだ」

「えーあたしにも聞かせて」


2人は回されたヒナノのイヤホンから曲を突き止め、サブスクのサービスにアクセスすると、自身の脳内で音楽を流した。

イヤホンを返してもらったヒナノは、それを耳に戻すと音量を下げ、少し巻き戻して再生し直す。


「ヒナノも耳入れればいいのに!便利だよ?」

「お金ないんだよね~」

「バイトやろうよ、あたしやカレンと一緒に」

「それな!セリカとヒナノが居れば、4時間なんてあっという間だし!」

「あ~……うん、確かにそうだね」


ヒナノは友人2人からの提案に流され、バイトの口約束を交わしてしまう。

この時彼女の頭の中には、後で何と兄に言い訳するか……という事しか残されていなかった。

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