第2話 Welcome to Takamagahara Ⅰ
警察本部の高層フロアに位置する薄暗い執務室にて、2人の男が空中に投影された映像を見つめていた。
フォリニクス・テクニカ本社、市街地、大使館上空……次々にロケーションは移り変わっていくが、その主役は常に同じだ。
「またしても、奴が現れたという訳か」
「はい。これで今月に入って3度目です」
黒い衣装で全身を覆った正体不明の犯罪者、“ワタリガラス”。
テロや大規模犯罪の現場に出没、介入するということ以外満足な事は分かっていない。
また、その時々で警察と対立する動きが見られるものの、一方で今回のように手助けするかのような行動も少なくなく、活動の目的は未だ不明だった。
その正体は金さえ積めば何でもこなす傭兵というのが専らの噂だが、高い技術力や戦闘力などの出所について謎も多く、何らかの組織がバックアップしているのではないかと疑う者も多かった。
それ故に、メディア上ではワタリガラスに関する様々な推論で溢れかえっており、世間の注目や関心も多く寄せられていた。
「この戦いぶりには目を見張るものがあります」
「だからこそ、これ以上の勝手を許す訳にはいかん」
「おっしゃる通りです、本部長」
そう言うと、物腰柔らかなロングコートの男は映像から視線を外して席を立つ。
そして、立てかけていた刀を腰に差すと、踵を揃えて頭を下げた。
「彼は必ず、私が仕留めます。その為の準備も進めて参りました」
「勝算はあるんだな」
「勿論です。彼の事は良く知っています。何せ、長い付き合いですから」
視線を上げて微笑む。
僅かに開かれた瞼の奥からは、銅(あかがね)色の瞳が煌々と輝いていた。
「朝か……」
もう最近は、アラームが鳴る直前に目を覚ますことが日課になっていた。
ソファに横たわる青年、渡海 隼斗(わたるみ はやと)は視界にHUDを投影しメニュー画面を起動する。
6時59分、いつもの時間だった。
彼が身を起こして電気をつけると、コンクリートで四方を覆われた部屋の全貌が露わになる。
モニタ4台と繋がったPC、畳2畳程はある3Dプリンター、作業机に大量の工具、直線的フォルムなネオカフェレーサースタイルのバイク、そして厳重に鍵がかけられたクローゼット。
さながら、ガレージに作られた秘密基地のようだ。
彼はゆっくりと部屋を出てリビングに向かう。
そこでは制服姿の少女が、ドライフルーツとシリアルをかき混ぜていた。
「兄上、おはよー」
「ん、ヒナは昨日寝られた?」
「……ほどほどに?」
「それは良かった」
隼斗の妹である彼女は渡海ヒナノ、15歳の高校1年生だ。
極度の甘党で子供舌でもある彼女は、ただでさえ糖分の多い朝食にヨーグルトと蜂蜜をかけ、紅茶と一緒に頂いている。
隼斗はそんな妹の姿を尻目に朝の身支度を済ませ、その後リビングに戻ると、朝食を終えたヒナノが水色のパーカーに袖を通していた。
「今日も駅まででいい?」
「お願いしまーす」
各々自分のヘルメットを手に取り、玄関の扉を開ける。
そこには、部屋にあったはずのバイクの姿が……既に暖気を済ませて出迎えていた。
兄妹2人はバイクに跨ると、家を発った。
その後、住宅地を抜けたバイクはバイパスへと合流し、街の中心へと向かっていく。
視線を横に向ければ、等間隔で街路樹が並んだ海岸線のランニングコースが目に入った。
そして、他にひと際目を引くモノと言えば、橋で結ばれた離れ島から天を貫く、巨大な軌道エレベーターだ。
この都市、“高天原(タカマガハラ)”を特別な場所たらしめる最大の理由であり、エネルギー保障の観点などから、世界各国の利権が渦巻く混沌を招いた元凶でもある。
この街がやけに多国籍色が強いのも、もっぱら軌道エレベーターの影響だった。
「今年完成だってね」
「ん」
そんな言葉を交わしたのも束の間、バイクはトンネルへと進入し外の景色は見えなくなってしまった。
オレンジ色のホログラムが壁伝いに表示され、この先カーブがある事を示す。
隼斗は緩やかに車体を傾けカーブを抜けると、同時にトンネルも終わりを迎えた。
そこには数多の高層ビルが列を成して、まるで森のように佇んでおり、ドローンやホバークラフトと言った飛行物体が生き物のように空を行き来していた。
それから1、2分バイクを走らせると、やがてビルの間を抜けるように伸びたレールが目に入って来る。
こうしてモノレール駅に到着した隼斗は、入口近くのロータリーにバイクを寄せた。
「いってらっしゃい」
「うん。兄上、工作ばっかりやってないで、たまには家事もやってね」
「ん……」
隼斗はヒナノからヘルメットを受け取り、彼女が階段を上っていく様子を見届けると、バスが来ないうちに駅前を後にした。
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