5.デート
「ということで、映画を観て勉強するわよ!!」
「急にやる気を出しましたか、舞耶お嬢様」
恋愛を知るには恋愛の勉強から!
ということで、ウチは琉生を引き連れて映画館に来ていた。
もちろん観るのは今流行っている恋愛映画。
チケットもポップコーンもバッチリで気合を入れて観に来たわ!!
男の子に助けられた女の子が、徐々に男の子に心を開いていくラブストーリー。
途中三角関係になりつつも、女の子は男の子への恋を自覚していって。
お祭りで花火を背にキスを――。
「素敵な二人だったわ……幸せになってほしい」
「シンプルに感想ですね、それ」
「……普通に観てしまっていたわ」
いやでも、分析はここからでも出来るから。
そういうのは琉生も得意だしね。
映画館を出て、ベンチに二人で座り、ウチはフランクフルトを頬張っていた。
「ではまず、好きだと思ったシチュエーションや、男性の性格などはありましたか?」
「うーん……最後の花火は綺麗だったわね。でもあれじゃ花火が堪能できないわ」
「あれは皆が花火に夢中になっている所で自分達はこっそりキスをするという背徳感がいいのでしょう。そういうことにはお嬢様は疎いようですが」
「一言多いわ!……んでも背徳感か、よくわからないわね」
キスは別に悪いことではないし、人に見られたとしても見られて困ることをした自分が悪いし……何?そういう事じゃないの?
シチュエーションていうのはなかなか、難しいものね。
「優しい、のは大前提だとして。あとは……ちょっとからかい合っても嫌にならない関係!あれはなんかよかったわ!信頼しているからこそよね!」
「はすはすしている舞耶お嬢様でらかわいいです」
「…………なんかキモイこと言われてるってことだけは理解したわ」
琉生はこういう所よね、ほんと。
……あれ、これってからかわれているのかしら?
何を目的としてそういうキモイ発言されているのか、よくわかっていないのよね。
「はすはすって何?」
「お嬢様は知らなくてもよい言葉です」
「自分が口に出したくせに」
けれど、そうね、嫌な気持ちには別にならないし、琉生もいつも通りなのだから、これは信頼し合ってるといえる関係なのかもしれないわ。
そんなこと考えたこともなかったけれど。
「信頼関係って、大切よね」
「そうですね」
うん、信頼関係を築ける人がいいわ。
当たり前かもしれないけれど、あまり気にしたことがなかったから。
あとは、乃々華が話してくれたように、束縛の強くない人。
あと……。
「落ち着いた声もよかったわね……」
「舞耶お嬢様は落ち着いた方がタイプですか?」
「タイプ……そうね、騒がしいよりは落ち着いた声とか、緩やかな仕草とか、安心するわ」
「そうですか」
そうか、ウチは安心できる相手が好きなのかもしれない。
根底に寂しさがあるからかしら……。
これが自分に合うタイプってやつなのかもしれない。
ナンパのテンションには付き合ってられなかったのね、きっと!
「琉生、ありがとう。なんだか少し、自分のことがわかって来た気がするわ」
「こちらこそ。舞耶お嬢様のことをより深く知ることが出来て恐悦至極に存じます」
「アンタに言われるといやらしい意味に聞こえてくるから不思議ね」
喜び方の表現がなんだか過剰なのよこの変態。
普段の行いが悪いわ。
「お嬢様、デートについてはどうお思いになられましたか?」
「デート?」
「恋愛と言ったらデートでしょう」
……デート?
うぅん、確かに。
最期の花火のシーンとかお祭りとか、あれもデートだったものね。
二人で一緒にお出かけをして、一緒に楽しんで思い出作りすることよね。
「……男の人とウチが一緒に出掛けるってことよね?」
「そうですね」
「……なぜかしら、普段と変わらないように感じるわ」
というか、それを言い始めると普段から常にこの変態とデートしていることになるじゃない。
遊びに行く時だって学校に行く時だって家にいる時だってずっと一緒に付いて来ているのよ、男が。
そんな環境に慣れてしまっている自分……。
「デートって、楽しいの……?」
「……」
普段のウチは、常に琉生を振り回していることを自覚している。
けれど、デートって二人が楽しむことなのでしょう?
ウチだけが楽しくてもダメじゃない。
そもそもウチと一緒にデートに行った人がいたとして、それは楽しんでもらえるのかしら……?
「大変だわ、琉生」
「どうされましたか」
「ウチ、デートの才能ないかもしれない」
「……」
楽しむ、だけじゃなくて、楽しませる。
え、人ってどんなことしたら楽しませることが出来るの?
会話術?ないわよそんなテクニック?
「舞耶お嬢様、そこまで深く考えずとも、男は勝手に楽しんでくださいます」
「そうかしら……」
「第一、好き……であらずとも、気になっている方とお出かけしているというだけで楽しめるものなのです。それから一緒の経験を増やしていき、互いを知っていくのです」
「本当……?」
「あぁ……悩んでいる姿もお可愛らしいお嬢様」
「人が真剣に悩んでいるところに言う事?」
頬を赤らめながら頭を撫でて来る琉生に、ウチは「ケッ」と嫌味を返す。
けれど、でも……信頼のせいか、こんな風に頭を撫でられるのも、今日一緒に映画を観に行ったのも、いつも通りで嫌じゃないと思うわ。
そう考えると、琉生って……案外悪くない。
「ということで、琉生と映画を観て来たわ」
「デートじゃん」
「違うわ、いつも通りよ」
乃々華にそう報告する月曜日。
乃々華は呆れたように、ウチの隣にいる琉生を見た。
「いつも通りではありました」
「二人って本当に、ずっと一緒にいるんだね」
「世話係なんだからずっと世話してるのよ」
ほっと一息、紅茶を飲む。
今日も大学でお茶会セットを広げて琉生の淹れる紅茶を楽しむ。
そよ風が吹いて、草木が靡く。
この自然の見える所で飲める紅茶がとてもおいしいわ。
ちなみにお茶菓子に今日はおいしいマカロンを広げている。
「それで、何かわかったことはあったの?」
気になるように前のめりで聞いてくれる乃々華に、ウチはふふんと誇らしげに返した。
「優しくて信頼出来て、落ち着いてる人がいいみたい」
「……」
無言で琉生に視線を向ける乃々華、ニコリと返す琉生。
なんで二人はアイコンタクトを取っているのよ、ちょっと。
「それは……もうちょっと深堀していってもいいんじゃないかなぁ」
「どういうこと?」
「それは……ほら、近くにそんな人いないかなぁとか、周りを見てみたりさ?」
「うむ……そうね、今度は現実の男に目を向けるのもいいかもしれない」
とはいえ、その後大学の男たちに目を向けるも、ビビッと来る人がいるわけもなく。
顔はやっぱり、琉生の顔を見飽きるくらいに見ているから、どの男を見てもピンと来ないのよね。
そうなるとやっぱり中身を知るしか……。
そうして数日が過ぎていった。
そんな時、乃々華と一緒に庭園を歩いていると、「あれ、乃々華ちゃん?」と声をかけられ、ウチらは二人、足を止めた。
今日は琉生とは合流せず、乃々華と会っていたのだ。
声をかけて来た方を見れば、二人の男がこちらを見ていた。
「……武井くん?」
「乃々華、知り合い?」
「元カレのお友達。乃々華とも少し遊びに行ったことあるの」
へぇ、あの噂の元カレさんのお友達……。
その武井くんとやらはこちらへ来ると、ウチに目を向ける。
「乃々華の友達?」
「うん、そうなの」
『友達』…………なんて素敵な響きなのっ!!!!
そんな些細な事を聞いてくれた武井くんとやらの好意が、この一瞬で爆上がりした。
ありがとう、武井くんとやら!!
その些細なやり取りがとてつもなく嬉しかったこと、後で琉生に知らせないと。
「へぇ、かわいーい。なんかお上品だね」
お上品!?
「あー……、お嬢様みたいだから。お世話係さんもいるんだよ」
「へぇ……俺たちとは世界が違うなぁ」
一歩後ずさるその人に、ウチはいつもの感覚を受けた。
そう、こうやって……なぜだか距離を置かれてしまうの。
いつもそうだわ、好印象を持ちそうな人からはこうやって距離を置かれてしまうの。
野蛮な人はズカズカは来ようとするのにね。
「えと……舞耶です。よろしく」
「舞耶ちゃんか、名前もかわいいね」
「ありがとう」
あれ、なんだろう……嬉しくない。
かわいいなんて言われ慣れてるから?
ううん、なんだか違う、いつもと違う。
『お可愛らしいお嬢様』
そう、この声、求めているのはこの声なのよ。
でも……それは琉生にしか出せない声で……。
あれ、なんでまた琉生のこと思い出しているの?
「早瀬くんも、こんにちは。今日は二人なんだね」
「ちは」
「コイツほんと愛想なくて、ごめんね舞耶ちゃん」
大人しい人……みたい。
ウチのできたてほやほやのタイプに当てはめてみる……けれど、どこかピンと来ず。
なぜだろう、今すごく、琉生がこれを知ったらどう思うだろうって考えてしまうんだ。
「俺らこの後遊びに行くんだけど、二人も行く?」
「え、いいねぇ!……と思うけど、舞耶ちゃんはどう?」
「え?あー……」
琉生が……琉生に知らせて、それから……琉生も来るかしら?
「琉生にも、聞いてみないと」
「琉生?」
「舞耶の世話係の人」
「そんな厳しいの?」
「いや……付いてくるのかも?」
「うげ、世話係が?」
『うげ』?
好感度の上がっていたはずのなんちゃらくんとやらの好感度が、今ので一気に急降下した。
「行かないわ」
「舞耶?」
「ウチの世話係を知りもしないでそんな風に言う人とは遊びに行かないわ。ごめんね乃々華」
「ううん、それはいいんだけど……」
スッと視線をウチから奥へ逸らす乃々華。
ウチの後ろを見ている乃々華に、何か違和感を感じていると。
「それは嬉しいお言葉です。攫ってしまいましょうか」
「……っ」
そうやって後ろからウチの右手を引かれて、振り向かずともわかる、その声。
「……琉生」
「男の方と話されているのを見て、思わず来てしまいました」
「見てたの?」
どうやら近くで見ていたらしい琉生に、ほっと力が抜けて、その胸に背をトンと預けた。
気が抜けたわ。
「この人が……世話係の?」
「談笑中、お邪魔してしまいましたか?」
「あ、いえ」
ほら、また、距離が出来た。
とはいっても、この人もまたウチとは合わなかったみたいだけど。
「乃々華ごめんね?琉生来たし、ウチら帰るわ」
「う、うん。ご、ごめんね舞耶」
「なんで乃々華が謝るの。こちらこそごめんなさい。また機会があったら誘ってくれたら嬉しいわ」
「!うんっ!またね」
そうしてウチは、遊びを断って琉生と帰った。
別に、遊んじゃダメなわけじゃないし、琉生が怒るわけでもないし、琉生と一緒に遊びに行っても問題なんてない。
ただ、合わないと思った。
琉生を認めてくれない人とは価値観が合わないと思っただけ。
それはきっと、固定概念というやつだったのかもしれない。
でもウチはこんな変態でも琉生を信頼しているし、琉生が好き。
……好きというにはちょっと、アレかしら……。
でもまぁ、本当に、なんだかんだで好きなんだから仕方がない。
それは家族のような、幼馴染のような、けれど上下関係の壁を越えた何か。
そんなような信頼関係があるから、琉生と一緒にいる時は安心するんだと思う。
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