4.好きな人の探し方



というわけで夕食の時間の時に、琉生に合コンの話をしてみた。




「合コン……ですか?」


「えぇ、乃々華が提案してくれて……」




琉生を見れば、いつもはにこにこにやにやしている顔なのに今は眉間にシワを寄せて、とても不機嫌そうな顔を見せていた。


不機嫌な琉生をみるのは何とも珍しい為、一瞬、物珍しさに呼吸を止めていた。




「何その顔?」




え、合コンダメっぽそう?


けれど不機嫌そうな顔はするものの、怒っているわけではなさそう。


どんな気持ちでそんな顔をしているのか、ウチにはわからなくて、ウチまで眉をひそめて見返すことになった。




「自分の好みもわかっていないうちから合コンに?」




そして鋭い一言。


いつもは変態的な言葉ばかり言う癖して、こんな時には確信を突いてくるのね。




「むっ……いい人いるかもしれないじゃない」


「普段は男に言い寄られると華麗な罵声を浴びせて退散させる舞耶お嬢様に?」


「むっ」




確かに、まぁ、そうなんだけれど。


男という男をみんな却下してきたウチに、どんな人がタイプなのかもわかっていないウチに、いい人と巡り会えるかなんてもんはわかるわけもなく。


わかるわけもないという半面、出逢えばわかるんじゃないかと軽い気持ちになっているのも事実。




「まず、舞耶お嬢様はなぜそんな男漁りに行こうと思ったのか、そして自分はどんな人が合うのか、今まではなぜ断ってきたのか」


「……男漁りって」


「自分のことから知っていくのがよいのでは?」




正論すぎてむかついた。




あぁ、こうやってウチもズバズバ言いすぎて嫌われてきたのかもしれない。


でも不思議と、琉生のことはこんなことじゃ嫌いになれるはずもなく、確かに……と言い負かされてしまう。


だからって男漁りって言い方はないんじゃないの……むぅ。




「別に……、今までは良かったのよ、別に寂しくもなかったし……琉生もいたし」


「ほぅ」


「……ただ、琉生がいつまでもこのままじゃ…………。ウチが琉生の時間ばかり奪っていたら、琉生のそういう時間も奪っちゃうじゃない。だから……」




琉生の出会いの時間を奪ってしまっているのは、事実ウチだろう。


ずっと一緒にいて、友達関係や恋愛関係まで影響しない方が難しいのかもしれない。


そんなこと、今まで考えたことなんてなかったけれど。




「……つまり舞耶お嬢様はわたしから離れるおつもりで?」


「……いつまでもこうしてなんていられないでしょう?」




そうだ、結局は……琉生の時間を気にし始める自分がいたから。


ようやく、と言っていいのか。


それくらい気付くまでが遅かったと思う。


琉生の自由な時間のことまで考えて生きてきてはいなかった。




「あと興味本位」


「舞耶お嬢様らしいですね」




今日もエプロンを付けてサクサクと夕食を作っていくその姿を見ながら、はぁとため息をつく。


というかこの変態が、変態を抜けばかなり理想に近い男だから、ウチの中での男のハードル上がっちゃってんじゃないかしら?と思い始める。


乃々華も顔がタイプって言ってたくらいだし……。




家事できて勉強できて、顔もまぁ、いい。


優しいといえば優しい、余計なこと言うけど、まぁ、まぁね。


ナンパしてくる男たちよりはずっといいのよ……うん。




「それではわたしからひとつ、アドバイスを与えてみましょうか」




テーブルに料理を並べて、琉生が上からウチと目を合わせる。


ライトに髪が透けて、あぁサラサラなその髪も綺麗だな、なんて思っていると、その顔がだんだんと近付いてきて……え?


えぇ?


なんで近寄って────。




混乱して固まるウチにお構いもなく、琉生はウチの前髪をずらすと、額にちゅっとキスをした。




え?




なんで……?




「落ち着いた年上の男というのは、どうでしょう?」


「…………は?」


「お嬢様は少々突っ走るところがある為、落ち着いていてセーブしてくれる方がよろしいのではないでしょうか?とのご提案でございます」




急すぎることに、目が点になって固まってしまう。




何が起きた?


え、まって、今のはなんなんだ?


なんかどさくさに紛れて失礼なことも言われなかったか?




落ち着いた年上の?


まってそれ、今の琉生の行為と関係ある──?




「え」


「舞耶お嬢様にはたくさん考える時間が必要だとわたしは思います。それでは、定時になりましたので失礼いたしますね」




サラリと髪を振って、エプロンを脱いで行く背中に。


その、出会った時より成長して、さらに広くなった背中に。




ウチは初めて──琉生を男の人なんだと、この身をもって実感したかもしれない。




……え、まって、なんで今────額にキスしたの?














次の土曜日、作戦会議を兼ねて乃々華とパジャマパーティーをすることになった。


女子会の延長戦……お泊まり会だ。


乃々華をうちに呼んで同じベッドに乗って二人きり。




ウチはワンピースタイプのシンプルなパジャマで。


乃々華は夢女子のようなふわふわもこもこ気持ちよさそうなパジャマ。




可愛らしいふわもこな乃々華もかわいい。




「乃々華は元カレいるってことは、別れたってことだよね……?今は彼氏いるの?」




いきなりこんな話題を振ってしまうのもどうかと思ったけれど、気になってしまうものは気になってしまっていたことなので、思い切って尋ねてみた。




「今はフリーなの。ちょっと束縛強い彼氏だったからさ、乃々華には合わなくて」


「束縛?」


「友達と遊びに行く時に付いてきたり、登校も下校も付いてきて簡単に遊びに行けなかったり」


「うわぁ」




…………とは思ったけれど、あれでもまって?


琉生もやってることそう変わらなく無い?




登校も下校も、乃々華と会ってる時だっているわよアイツ。


まぁ琉生は公認なんだけど……それに来るなと言えばちゃんと従ってくれるわ。


束縛とは違うわね。




どちらかというとウチが縛ってるんじゃないかとはちょっぴり頭の隅で思ったことだけれど、奥へと押し込んだ。


琉生にそんなこと言おうもんなら、喜ばれてしまいそうだわ。




「他には?」


「男と話すの禁止って言われたり……自由な時間をみんなその人にあげないといけない感じだった。窮屈だったなぁ」


「そういう人もいるんだね……」




ふわもこな可愛らしいパジャマ姿で項垂れる乃々華も可愛い……ってあれ、思考回路がちょっと琉生みたい……気のせいかしら?


ウチは顔をフリフリして、また自分なりに考える。




「ウチなら嫌なら嫌ってすぐ言っちゃうかも」


「縛られることが窮屈だって、言ったこともあったんだけどね、怒りだしちゃって。乃々華もその人のことまだ好きだったから強くは言えなくてさぁ」


「そうなの……?」




乃々華も結構ハッキリ言うところがあるから、意外だったというか。


彼氏彼女になっても人間関係ってやっぱり難しそうだなと感じてしまう。


好きだと強くは言えなくなってしまうのか……。




「関係性とか性格によっても、うまく伝えられないこととかあるよ。特に男の人って力が強いから、強引にされたらどうしてもこっちは負けちゃうの分かりきってるから、下手にでちゃうの。それで男の人は上から目線になっていったりね」


「え、それは嫌ね……」


「難しいよね。対等でいたいんだけど、力関係ってどうしても釣り合うわけがないから、どちらの意見も聞ける人じゃないと上手くいかないと思うなぁ」




乃々華はそう言って、ごろんと布団に寝転ぶ。


ウチも一緒に寝転んだ。


友達と一緒にお布団入るのってなんだか新鮮で、楽しいなぁ。




そうか、力関係が有利な分、女の人が下手に出ると付け上がるようになる人もいるのね。


男女関係って難しいわ……。




「それで、舞耶は?どんな人がいいかわかった?」


「……うーん、それが……」




上手くは言えない、けれど、なんとなく理想はわかってきた気がする。


それは、アイツがウチの一番近くにいたからで。




「琉生がいるせいでたぶん、求めるハードルが上がってる気がしてきた」


「琉生さん?」


「あの男、さらりとなんでも出来ちゃうし。黙ってれば普通にいい人ではあるし」




そう、黙ってればね、黙ってれば。


……いやでも、話も聞いてくれるし、いやでもでも、それはウチの方が上で、上下関係があるから……。




「琉生さん?いいと思うけどなぁ」


「いや、琉生がいいって話じゃなくて、琉生のせいでハードルが……」


「じゃあ舞耶はその琉生さんに彼女出来たらどうするの?」


「……………………」




その質問には、言葉を飲んでしまった。


琉生に好きな人が、彼女が出来たら……?


ウチは…………?




離れた方がいいのか?


けれど、琉生とはこれまでずっと一緒にいたから──。




「舞耶は他の男の人と付き合いたいって思える?恋愛したいって思う?」


「………………恋愛は、してみたい」


「うん」


「相手、が……」


「琉生さんってダメなの?」




真正面から、何かをぶち壊しにかかられた気分になった。


なんだ、何が壊れそうなんだ……?


薄いなにか心の中の壁が、ドンドンと強くノックされる。




「いや、でも琉生は……雇ってるから……」


「お仕事だから?恋愛出来ないの?」


「いや、まぁ……考えたことないのよ、そういうことを」


「当たり前のように隣にいたから?」


「……」




あぁ、そうかもしれない。


琉生が隣にいること、ウチに仕えていることが、ウチにとって当たり前だったから……。




それ以外の未来が、見つけられないんだ。


想像出来ないんだ、想像したくないんだ、琉生のいない未来。


でも琉生の時間を奪っているのが自分なんじゃないかって、考えもする。




いつからだろう、琉生が隣にいるのが当たり前になったのは。


いつからだろう、琉生がいない日に寂しいと思い始めたのは。


いつからだろう、琉生がウチに仕えていることが、彼自身から幸せを奪ってるんじゃないかと考え始めたのは。




「琉生、この前額にキスしてきたの」


「うん…………え?」


「急によ、急に。アドバイスくれるとか言って……年上がいいんじゃないかとかほざき始めて」


「え?え??」


「そりゃあ年上の方が落ち着いてるかもしれないけど、なんか……そう勧められたらイラッともきて。確かにウチは落ち着きないかもしれないけど、でも」


「まってまってまって、キス?したんだよね?」


「されたわよ。だから意味わかんないって言ってんの。あの後も何事も無かったように過ごしてるし……」


「舞耶はそれ……愛情表現だとは思わないの……?」


「……え?」




何……?


愛……え?




「……え、いやだって、サラッとしてきて」


「うん」


「いつもの変態の延長じゃないの?」


「なんでそうなる?」




たしかに今までキスなんてされたこと無かったけど……。




「合コンの話した時に嫌な顔されたし……ご機嫌取りかなんかじゃないの?」


「嫌な顔されたの?」


「自分の好みもわかっていないうちから?とか、なぜそんな男漁りに?とか、自分のことから知っていけとか考える時間が必要だとか」


「正論だね」


「ね」




だからちょっとイラついたということも添えて話しておいた。


でもこれでは愚痴大会になってしまうじゃないか。




「舞耶、ますますなんで琉生さんが論外だったのかがわからなくなってきた。いいじゃん琉生さん、落ち着いた大人の男の人だよ?」


「だから、考えたことも無くて……」


「今からでも考えてみたら?そしたらもしかしたら自分の好きなタイプもわかるかもしれないよ?」




琉生のことを考えて、好きなタイプがわかるかも……?




「それって、どういうこと?」


「何かと比べないと、何がいいって見つけにくいものだよ。だから好きなものを知ることで、その付近の情報をもっと受け取っていくもんなの」


「うん」


「だから琉生さんや、今まで接してきた男の人と、それから理想とかドラマとかアニメとかでも、自分の好きがどこにあるのか探してみようよ」


「……!うんうんっ!」




なんだかそれなら、わかってきそうな気がする!




「乃々華、ありがとう!」




すごいや乃々華は!


そうだ、好きから広げていけばいい、知ってる範囲から視野を広げていって、好きも嫌いも知っていけばいいんだっ!


恋愛だって、自分がよくわかっていないんじゃ楽しめるわけないもんね。




「必死にアピってるのに気付かなかったのは舞耶のほうだったのね……」


「え?」


「ううん、なんでもないよっ」




乃々華からのアドバイスのおかげで、なんとなく方向性はわかってきた気がする。




この日、ウチらはふたり、手を繋いで眠りについた。


人と一緒に眠ったのはいつぶりだろうか?


心地よい眠気に誘われて、ころりと意識は落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る