3.タイプとは



新しくできた友達・乃々華とはその場で連絡先を交換し、後日また大学でティータイムに誘うことになった。


乃々華は可愛らしい顔しているけれど、結構ハッキリとものを言う子で。


本当に友達くらいでいいのか?って何度も聞いてくれたけれど、どれだけ友達を欲しているのかというウチの訴えに快く応えてくれた。


天使ちゃんだ。




「二人とも、あの時助けてくれて本当にありがとう。とてもいいコンビだと思ったよ」




乃々華にそういわれると、なんだか誇らしい気持ちになれた。


相手が琉生ってところがちょっと……ちょっと引っ掛かるけれど。


コンビかぁ……考えたこともなかったわね。




「う、うぅ……舞耶お嬢様がお友達とお話をされておられる……尊い」


「黙れ変態」




琉生はハンカチを目に当てて泣きながらそう言う。


いや、なんでそこで泣くのよ、惨めになるからやめてくれないかしら。




「これはホームビデオに撮って保存しておきましょう」


「友達の一人や二人で大ごとみたいにしないでくれる!?次のハードル上がるじゃない!!」




そんないつものやり取りにふふふっと笑ってくれる乃々華、とても可愛らしい、天使だわ。




「二人は仲がいいんだねぇ」


「そんなことないのよ。琉生が変態なだけなの」


「役に立つ世話係でしょう?」


「変態公認ストーカーの間違いでしょう」




ケッと嘲笑えば、その変態はポッと頬を赤らめる。やめい。


それを見て乃々華はまたふわりと笑ってくれる。かわいい。




「琉生さん……でいいかな?二人はいつも一緒にいるの?」


「それはもう、朝から晩まで隅から隅までお世話させていただいております」


「授業中はいないわよ。だから琉生は昼間暇で近くの図書館にこもってるわ」


「本を読むわたしを見て一緒に本を読み始める舞耶お嬢様を眺めるその快感」


「やめろ変態、てかそんなとこ見てたの!?気持ち悪っ」




確かに本を読むようになったのは琉生が読んでいたのを見て影響されたものだけれど……言い方がいちいちキモい。




「いいなぁ、そんなに仲良しさんだったんだね」


「世話係なんてそんないいもんじゃないわよ。でもパパが離婚の前に決めたの。……あ」




あれ、離婚の話ってまだするべきじゃないのかしら?


うちは円満離婚で、ほぼ仕事上の都合のようなもので、二人には会えるしウチも納得しているのだけれど……。




「離婚を……?」


「ごめんなさい、そんなに深い話じゃないのだけれど!ウチも納得してるし、仲が悪いわけじゃないのよ」


「そうなの……?」


「ただ、なかなかお仕事で会えなくなったママが……」




うん、そう、ママが。


なかなか会えなくて、申し訳なく感じていったらしくて。




「自由にって」




それにウチも納得したわ。


ママからしたら、うちが枷になっていたのかもしれないし、申し訳ないってのも本当だったのかもしれない。


もしかしたらパパに自由になってほしかったのかも、何を悩んだのかも子供だったウチにはわからない。




「……舞耶のパパさんが琉生さんを付けたの、なんだかわかる気がする」


「え?」


「きっと、舞耶が寂しくないように、付けてくれたんじゃないかなって」




寂……しい?


ウチが?




「考えたことも、なかった」




乃々華はふわりとウチの手をとり、にぎにぎ、優しく握る。


少し沈んでいた気持ちが、ふわり、上がった。




「舞耶って案外、我慢強いんじゃないかな」


「ウチが?まさか」


「さっき、寂しそうな顔で話してたよ」




……そういえば、パパとママのことを人にこうやって話したことはなかったかもしれない。


琉生は離婚のことを知ってたから話すこともなかったし……友達はこの通り、乃々華が初めてだし……。




ウチは子供の頃から結構威張り散らしていて、それはもう好き放題してると思っていた。


それで満たされていると思っていた。




「寂しそうって言われてみると……そういうことは考えないようにしていた気がするわ」




自分がなぜそんなに威張り散らしていたのか、なんて、そんなこと考えたことがなかったもの。


考えないように、していたのかしら。


子供の頃から、二人には迷惑かけないようにって、思っていたわ。


だから家にいるメイドや執事たちをこき使っていたの。




「乃々華って結構、確信ついてくるのね」


「ふふっそうかなぁ。これ結構人にいやがられるんだよねぇ」


「そんなっ乃々華を嫌がる人がいるの!?」


「10人いたら一人くらい嫌われるものだと思ってるし、いいんだけどねぇ。たまにキツイことも言われるかなぁ」


「……」




10人中10人に恐らく嫌われてきたであろう自分、現実を知って虚しさに襲われる。


いや……今は乃々華がいるから9人かしら。


でも、こんなほのぼのした乃々華ですら嫌われることがあるのか……世の中よくわからないな。




「乃々華って、なんというか、視野が広いのね。人のことをそうやって見たことはなかったわ」


「ふふっありがとう」


「ウチは感情的で、自分ばっかり考えちゃうからなぁ」


「そんな舞耶お嬢様は今日も麗しいのでいつも通り罵っていてください」


「お黙り変態」




でも、そうね。


乃々華の言う通り、パパはウチが寂しくないようにって世話係を付けてくれたのかもしれない。




そう思うと琉生の役割は十分に果たされていると思えたんだ。




けれど、そうね。


琉生にも琉生の人生があるとも思うのよ。




琉生の時間はウチが買っているようなもので、でもそれって琉生が誰か大切な人と会う時間を奪っていることにならないかしら?


仕事だから?


とはいっても琉生は仕事がオフの日でもウチにご飯をつくりに来たりもしているし……。








「ねぇ、アンタ彼女とかいないの?」


「ぶっ…………急にどうされたのですか」




そうよ、つまりはそういうことよ。


定時前、夕食の支度を終えた琉生にそう尋ねる。




大切な人って言ったら定番は恋人の有無でしょう?


友達はウチが時間を奪ってしまったかもしれないけれど。


せめて恋人、くらい……恋人も友達以上にハードルが高いかもしれないけれど、この男しれっとつくっていそうだわ。




「わたしの心は舞耶お嬢様ただひとりですよ」


「戯言を聞きたいわけじゃないのよ!」


「えぇ……」





ウチも友達ひとりできたのだから、そろそろ彼氏という存在にも焦点を当て始めてもいい頃なんじゃないかしら?


とはいっても礼儀のなっていない頭の悪そうな男に口説かれた所でホイホイとついてはいきたくないのだけれど。




「舞耶お嬢様はどのような男がお好みで?」


「……好み?」


「タイプ、というやつです」




たいぷ……。


考えたこともなかったわ。




「煩い奴は嫌ね。偉そうな奴も。口ごたえばかりだと会話にならないわ」


「消去法で考える感じですか?ドラマなどで考えたことなどありませんか?推しとか」


「推し?」




ないわね。


ドラマだとその二人の関係がいいのであって、自分に当てはめることなんて出来ないわ。




彼氏……かぁ。


まずウチが人に受け入れてもらえる所から始まらないと、何も進まないわね。




琉生が帰った後、ウチは少女漫画原作のドラマを見始める。


逆ハーものというやつだ。


いい男、いい男……顔だけよくてもねぇ……。




ウチはようやく悟った。


自分の好みを見つけるのが下手なのね、ウチ。








ということで、乃々華にも聞いてみることにした。




「え、乃々華のタイプ?」




講義の後、キャンパス内にあるカフェに乃々華を誘ったウチは、さっそくその話を持ち出した。


ちなみに女子会だと言って琉生には待機命令を出しているので、この場には今日はいない。




「乃々華、琉生さん結構タイプだよ?」


「……は?」


「あ、顔がね?」




ちゅどーん、と隕石が降ってくるような衝撃が、ウチの中を駆け巡った。


なんだ今の、衝撃は……確かにアイツも男だとこの前考えていたばっかりじゃないか。


にしても、まさか、乃々華の……。




「たいぷ……だと……」


「発言はそれなりに問題あるけれど、お世話係なんでしょう?将来困らなそう……」


「将来!?」




そんな先まで見据えて考えているの!?




「あ!もちろんね、舞耶から琉生さんを取ってやろうとか、もう惚れてるとかじゃないからね?舞耶の知ってる人の中でってお話」


「……他には?」


「うーん……そうだなぁ。乃々華はお話ちゃんと聞いてくれる人がいいと思うよ」


「あ、それはなんかわかる気がする」


「でしょう?聞いてる風に見せてこっちの意見流す人とかもいるから、その辺り、こっちの意見も自分の意見も交えて考えてくれる人がいいなぁ。結婚とかってなると特に重要になってくると思うの」


「結婚!?」




乃々華が……乃々華が大人に見える……。


いや、ウチら二人とも成人してるし、オトナっちゃオトナなんだけど……。


そうか、付き合った後は結婚……結婚、か、考えたこともなかった……。




「もちろん趣味が合うかとか、こっちの好きなもの否定してこないかとか、他にも考えることあるし……結婚だって自分が結婚願望あるかとか、子供が欲しいかとかでも……。色々考えるときりがないねぇ」


「子供……」




考えたこともないことばっかりで、頭がショートしそうだった。


そりゃあ、流れでは解っている、そういうことがあるってこと。


でもいざそれを自分に当てはめて考えたことはなくて。




「……乃々華が大人だ」


「やだなぁ、みんな考えるようなことばっかりだよ?」




世間の人みんなこんなこと考えながら大人になっていったというのか。


パパとママにもそんな頃があったってことよね……。




「琉生さんにも聞いたの?」


「あー……聞いたけど結局聞いてないかな……」


「ふふっなにそれ」




タイプとか聞きそびれたけど、アレ誤魔化されたとかそういうのなのかなぁ。


頭を落ち着けたいウチは、一口温かいレモンティーに口付けて、一呼吸置く。




「舞耶、好きな人見つけたいなら合コンでも開く?」


「ぶっ!!」




なに、言って……!?


乃々華の衝撃発言に、胸がバクバクバクバク、忙しなく高鳴るのを感じた。


え、でもちょっと気になる。




「合コンって……ドラマみたいなやつ?」


「うん、まぁそうかな。3人ずつ向い合せてみたいな」


「行ったことあるの……?」




というか、乃々華って彼氏とかいるのか……?


というか、こんなかわいい子、男が放っておくわけなくない……?




「合コンは行ったことないけど……」


「え、じゃあ男友達とか……?」


「というか、元カレの友達とか集めたら、できそ――」


「元カレ!?」




な、なんと……。


乃々華、彼氏が以前いた、ようだ……。


え…………大人だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る