2.おともだち



告白されているのを見ていて気付いたけれど。


この男、男だったわ。




何を言っているのかわからないかもしれないけれど、これまで変態というカテゴリで見ていたから、全然男という感じがなかったのよ、琉生。


それもそうね、元々ウチの犬として飼っているつもりだったのだから、男としてだなんて考えてもいなかったのよ。




だからと言って今更、この男とトモダチゴッコをするつもりにもなれない。


それなら。




「そうだ、琉生がまず友達を作りなさい。そしてウチに紹介するの」


「類は友を呼ぶといいますが」


「チッ、変態ホイホイか」




駄目だ、変態しか集まってこない気しかしてこなくなったわ。


それに年の差がある分、友達にはなりにくかったりもするかもしれない。


ううん、この作戦は使えなそうね……。




「舞耶お嬢様、わたしはお嬢様にはよき友人と出会ってほしいのです。偽りの姿で友情を育んだとしても、お嬢様が苦しくなってきてしまうのでは……けれど苦しむお姿もさぞ麗し――」


「黙れ変態。たまにいいこと言うと思ったらそれか」


「ありがとうございます!!!!」


「褒めてねぇんだわ」




大きなため息を吐くも、こいつには喜ばれてしまう。


誰かこのウチの憂いを静かに受け取ってくれる優しい人はいないのだろうか……ハードルが高すぎるのだろうか。






確かに世話係としては琉生はとても優秀よ?


言うこと聞くのはもちろんのこと、ウチが座ればお茶会セットも勝手に作ってくれるし、勉強のわからないところは琉生がしっかり教えてくれるし、定時には帰っていく。


ママからのピンチも助けてくれるし、別に友達が居なくても琉生がいるならいいじゃない、と思ってしまうわ。




……いや、それでも友達は欲しいけれど。


可愛い女の子の友達と女子会したり宅飲みしたり憧れよね。








「親友が出来たんだって?」




後日、ニッコニコのパパとのお食事会で、そんな穏やかでは無いことを言われた。




「…………はい?」


「あれ、違ったの?」


「……まさかママから聞いたの!?」




なんということ!!


そんな嘘ついてる相手なんてママしか話してないわっ!!


というか嘘つける相手も他にいないわっ!!!


ていうか親友ってどういうこと!!??




「こんな態度の大きい娘に良くしてくれてるなんて、そりゃあいい子なんだろうなぁ……」


「そ、そんなことっ」


「ママも来月その親友さんに会うんだろう?パパともそのうち」


「親友だなんてそんな!まだまだ先の話しよっ」




ヤバい、存在もしない親友像がなぜか作られていっている!!!




琉生!!!助けなさい!!!


チラッと琉生を見ると、コクリと頷き、店員へ何か合図をする。




すると、バッと暗転し、お店が暗闇に飲まれた。




なになになに何したの琉生!?




「おや?なんだろうね」


「な、なにかしらね……」




すると、店の端にあったピアノがその曲を奏で始めた。




『Happy birthday to you』




そこでウチはハッと気付いた。


そう、これはパパの誕生日のお食事会でもある。




ケーキを持った店員がこちらへ近付いて来ると、ウチらの目の前にそのケーキを置いた。




『Happy birthday dear……?』


「……パパっ」


「…………これ、舞耶が?」


「お、おめでとうっ……!!!」




『Happy birthday to you〜♪』




ピアノはディ〇ニーの終盤のような柔らかさを帯びて、素敵な余韻を残し、拍手されて幕を閉じた。




ロウソクを消すパパは涙を浮かべていた。


ごめんねパパ、そしてありがとう。


このありがとうは本物よ。


パパがいたからママに怒られても癒されてたし、パパが琉生を連れて来てくれたから今琉生はウチに付いてるの。




でもね、さすが琉生だわ、褒めてあげる。


困ったときにはやっぱり琉生が助けてくれるんだわ。




ウチは琉生に親指をグッと立てた。


琉生もニヤッといい笑顔を返してきたわ。






「パパ、本当にお誕生日おめでとう。今の舞耶がいるのもパパのおかげよ」


「舞耶、琉生へのワガママもほどほどにね?遊びすぎないように、それと……」


「大丈夫よ!琉生がいてくれるんだもの!」




というか、遊びすぎるような相手がいないというか……うん、ね。


いちいち虚しくなってくるわね……。


友達探そう……。




「もう少し角が丸まれば、舞耶もきっと素敵な人ともっと出会えると思うんだけどなぁ」


「いやだわパパ、これでも丸くなったわよ(たぶん)」


「子供の頃と比べたら確かにそうかもなぁ」




琉生が何か言いたそうな顔でじっと見つめてきていたけれど、ウチは無視する。


パパとのお別れ、またいつ会えるかはわからないけれど、パパのお祝いができてよかったと思うわ。




「琉生、今日は助かったわ」


「いえ。お喜びいただけて良かったです」


「そろそろ定時ね」




とは言っても、琉生は同じマンションに住んでいるから、用があったらすぐに駆け込めるのだけれど。


別れる時はいつも、ほんの少し、ほんの少しだけよ?


寂しく感じるの。




「また明日頑張りなさい」


「はい、舞耶お嬢様。また明日」




ウチが部屋へと入るのを見送ってから、琉生は自分の部屋へと帰っていった。






さて、問題は友達作りよ。


人は腐るほどいるのに、その中からウチとまともに話せる人がいないというのが問題だわ。


パパはよき友、いい子ちゃんをご所望で。


ママは親友を……きっと長く関係が続くような友達をご所望なんだわ。




なんて考えていても、友達なんてすぐにできるもんじゃないと、この20年で学んできたウチ。


いっそ諦めて当日だけレンタル彼女でも雇おうかしら……友達してくれって言ってなってくれるかしら?難しい?


いや、それだとそのうちボロが出そうだわ。


なんとか固定の友達を……そう思って日付を超えるまで友達作りの方法をネットで調べた。









けれどそんな、友達のつくり方なんてありふれ過ぎていていい案なんて見つからなかったわ。


アプリを使ってネットでコミュニケーションを……ハードルが高すぎる、何を話せというの。


積極的に……それをしても逃げられてきた人生。


相手に優しく……まず相手が話してくれないと成立しないのよね!!!


趣味を……ウチの趣味って何?琉生に命令すること?




「ダメだわ、琉生、趣味って何」


「舞耶お嬢様の楽しめるものでよろしいのでは?」


「楽しめるもの……」




とはいってもウチは趣味なんてものは考えてこなかった。




ぽかぽか陽気の外で琉生と空き時間に大学内を散策する。


ここはテレビ撮影がよく行われるくらいに庭園が綺麗なので、よく琉生と一緒に来てはお茶会をしている。




芸術系?才能ないわ。


体育系?運動音痴のウチに何ができるというの。


家庭科全般は琉生に任せてしまっているし……。


あえて言うなら小説が好きかしら……。




話題になりそうなもんがないわね。


読書のお供に紅茶を飲むのが好きだけれど、それは趣味とは言えないでしょう?




こんなに学生がいる中で、話しかけて来るのはなぜかチャラい男ばかり。


持ち物が派手だからダメなのかしら?




はぁ、と大きな溜め息をついた時、微かに声が聞こえて来た。




「――っけてっ――――いやっ」


「――――てんじゃ――来い――」




「……琉生」




それはどうやら、校舎裏から聴こえてくるようで。




「行くわよ、琉生」




何か揉め事――それも、男女の声がしたのなら、ウチは放っておけないわ。


これまで出会ったことのない事態だとしても、もし邪魔であったとしても。




『――いやっ』




その声が、人を拒否する言葉であったから。


琉生には控えてて貰ってウチがまず出た。




「何をしているの?」




そこには、女の子の腕を引っ張っている男が、驚いたようにこちらを見ていた。




「なんだお前らっ」


「その子、嫌がっているんじゃない?」


「あぁん!!?」


「吠える犬は弱いのよ、知っているかしら?早くその汚い手を外して去りなさいよこの猿が」




いけない、言い過ぎちゃったかしら?


なんて心配していると、その手を振り払うように女の子を投げ捨てた男がこちらに向かってくる。




「琉生おねがい」


「かしこまりました」




琉生がその男の腕を捕らえて背中に回り込んで動きを止めているうちに、ウチは地面に倒れ込んでいる女の子の元へ行く。




「あなた、大丈夫?」


「え、あの……すみません、ありがとうございます」




ボブヘアの髪の隙間から覗く潤んだ瞳、掴まれていた腕をさするするりとした手、全体的にこじんまりとしたちいさな体。


…………え、何この子かわわ。




「なにがあったの……?」


「……その、えと、急に絡まれて、引きずり込まれて……なにがなにやら」


「野蛮ね」




とは言ったものの、ウチも言葉遣いの荒さは人のこと言えないわ。


落ち着けるようにその子の背中をさする。




「舞耶お嬢様、この男連れていきます」


「おねがいね、琉生」




ウチはここで琉生を待ちつつ、この女の子を落ち着けることにした。


この子は酷く震えていて、かなり怖い思いをしたのだということがよくわかる。




「あの、お嬢様……なんですか?」


「ウチ?あぁ、琉生が呼んでるからね」




あまりにも一人を満喫しすぎていて忘れていたわ。




「アイツはウチの世話係件公認ストーカー」


「こうにん…………え?」


「まぁ世話係なんだけど……たまに頭おかしいのよ」




たまに……たまにか?いつもか?と考えつつ首を傾げていると、ふふっと笑う声が聞こえてくる。


……ウチの前で人が笑ってくれたのなんて、何年ぶりだろうか……。(琉生と家族は除く)




「ふふっ……仲良しなのね」


「琉生とウチが?まさか」


「かっこよかったです、お二人とも」




そう言って笑ってもらえると、何だか誇らしい気分になってくる。


自分がなにか人の役に立てたという、喜ばしい気持ちだわ。


助けられてよかった。




女の子が姿勢を正してこちらを向き直る。




「あの、なにかお礼をしたいのですが」


「え、いいのよそんな」


「いえ、高いものは難しいかもしれないけれど、何か……あ、わた、わたし、乃々華ののかと申します!お嬢様なのに何をお礼してよいのやらわからず……」


「いや、そういわれて……も…………はっ!」




あるじゃない、ひとつ。


どうしても、喉から手が出るほど欲しいもの。




「…………ともだち」


「……はい?」


「友達になって……!」




この子、こんな口の悪いウチにお礼だなんて考えてくれる子なんだから、きっととってもいい子だわっ!!!




「……そんな、ことで?いいんです?」


「ウチ今どうしてもお友達がほしいの」


「……ぷっ」




真剣な眼差しを向けて、彼女に訴えるウチ。


ふふふっと上品に笑う女の子……乃々華は、ウチに手を差し出して。




「よろしくお願いします、えと、舞耶お嬢様?」




びゅんっと思わず両手でその手を握りしめるウチ、そしてこくこく、頷く。




「舞耶でいいわ!えと、乃々華」


「じゃあ、舞耶。よろしくね」






なんと、大学に入って三年。


初めてのお友達が出来ました。


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