片恋フレーバー

RIM

1.嘘



ウチには四つ上の世話係がついている。




中学生だったウチは世話係というものがよく分かっておらず、まぁ言うこと聞くように調教してやろうという気持ちで、当時高校生だったその男を跪かせ、ニヤリと笑って言い放ったのだ。




「アンタ今日からあたしの犬ね」




中二病だったんだと思う。


ウチ、中二病だったんだと思う。




「わ、わんっ」




そいつはそんな返事を返して、なぜかキラキラとした瞳を向けて来た。


それが、何かに失敗したのだと気付くのに時間はかからなかった。















大学に入り、二十歳になり、すっかり大人になったつもりでいたウチは、生意気加減なんて変える気にもならない。


今日も清楚系なヒラヒラワンピースを身にまとって、そして世話係を引き連れて……っといっても、アイツは勝手にウチに付いてきているのだけれど。




公認ストーカーなのでアレは仕方がない。


今日もお気に入りのお店のタピオカミルクティーを飲みながら大学からの帰路についていた。


タピオカでウチのテンションは爆上がりだ。




「あ、おねーちゃん、いいもん飲んでるねぇ」


「キモ」


「……え?今なんつった?」




秒もしないで思わずそう返していた。


ナンパか何かわからないけれど、不躾にそう声をかけてくる男に一言言い返して、そのままスルーを決め込もうとした。




けれど男はウチの手を引いて止める。うわキモ。




「おねーちゃんそりゃねーんじゃねーの?かわいいから声かけてやったのに」


「頼んでな――」




酷く嫌がってるこの顔が見えないのか!とイラついていると、ふと影がさす。


サッと近付いた気配に、ふぅと自然とため息が出る。


もう警戒する必要がなくなったからだ。




手刀で男の手をウチから離させた世話係――琉生るいは、キチリとした黒縁眼鏡を上げながらナンパ男を見下ろす。


きっちりとスーツを着込んだこの男が、ウチの公認ストーカー。




「うちのお嬢様に手を出さないでいただけますか」


「なんだよこの男!いてぇな!」


「アンタの方がイタいことしてるんだって気付きなさいよ」




ウチはタピオカをズゴゴゴゴっと飲みながら、琉生を呼ぶ。


うん、今日もここのタピオカはうまいわ。




「いいわ。琉生、帰るわよ」


「はい、舞耶まやお嬢様」




呆然としているナンパ男を放って歩き出すウチに付いてくるのは、ウチの世話係。


兼、公認ストーカーだ。




言い間違えてなんていない、こいつは公認ストーカーだ。




ウチが目立ちたくない時はこうやって近くで待機してもらっている。


世話係としてはかなり優秀だけれど、発言が時々危うい。




「舞耶お嬢様、琉生は今日もお嬢様のあの蔑む目に痺れました」


「アンタもキモいんだけど」


「ありがとうございます」


「………………はーぁ」




大きなため息を吐いたところで、この男にはなぜか栄養にしかならないようだ。





タワーマンションに帰れば、すぐにお茶の用意と夕食の用意が琉生によってされる。


琉生の淹れる紅茶は絶品なのよ。


タワマン上階からの夜景は綺麗だけれど、エレベーターの時間が地味に長いし、この変態世話係の琉生と二人きりでエレベーターに乗っているのも最初は気まずかった。


けれど、最近はいい愚痴の吐き出し所として活用している。




なんだかんだで人間関係ってもんは大事なのよ、うん、わかってんのよこれでも、でもね。








『アンタまさかまだ友達いないだなんてほざかないわよね?』


「さ、さすがにいるわよママっ!」




ウチはひとつ、大問題を抱えていた。




電話を取り、ついついベッドの上で正座してしまう相手、ウチのママ。


大問題とはこの通り、人間関係の問題だ。




いや、もはや人間関係を築く相手すらいない状態なのだから、これが人間関係の問題といえるのかもわからない。




ママはバリキャリってやつで、ウチが高校卒業とともにパパと離婚してしまった。


縛られていると自由に動けないのだと。


それでもママは時々気にかけて、こうして電話をくれるんだけれども。




『じゃあ今度その友達、連れてきなさい。来月休み取れそうなのよ』




ヒュッと喉が鳴り、肩が緊張で強張る。




マズイ、友達いないなんて言えないわ。


大学三年間も通っていて友達が一人もできないなんて言えないわっ……!!


ウチはベッドの上で正座したまま体を震わせる。




「あ、相手の都合もあるし……」


『このワガママ娘が世話になるのに挨拶しないだなんて無礼なことできないわ』


「それは……」




まずい、自分がワガママであることなんてしっかり自覚している。


それに今嘘つきにまでなった、ヤバい、来月までに友達作らなきゃ。




その時、コンコンと鳴るノック音に、ウチはすぐさま顔を上げる。




「琉生!!琉生が夕飯作ったみたいだからまたねママっ!!」


『え、ちょっと待――』




早々に電話を切り上げると同時に入ってきた琉生は、「お夕食のお時間です」とウチを呼んだ。


こういう時に役立ってくれるのは悪くない、褒めてあげるわ。




「もうちょっと早く来なさいよね!ピンチだったんだから」


「はうっ……申し訳ございませんありがとうございます」


「キモ」




胸をぐっと抑えてお辞儀する男に、思わず本音が漏れる。


今日はクリームシチューの日らしく、とろりとしたいい香りが鼻をくすぐった。











「さて琉生、この事態どうすればいいかしら?」




きりっとした表情で眼鏡をくいっと上げる琉生は、まっすぐにウチの目を見て言う。




「ご友人をつくられるべきかと」


「それができないっつってんでしょうが。なぜかしら?」


「舞耶お嬢様が強かであるために近付きづらいのではないからでしょうか」




うん、つまり威張ってるから逃げられてるってことよね?


わかってるわ、わかってるのよそれは。


でもやめられないじゃない、性格ってそんな簡単に変えられるものじゃないでしょう?




「何かきっかけさえあれば……」


「入学、研修、進学、サークルなど、ことごとくチャンスを逃されていますからね」


「あん?喧嘩売ってんの?」


「いえ、今日も麗しゅうございますありがとうございます」


「だからキモ。……大体、アンタがいつもウチに引っ付いてる所為っていうのもあるんだからね」




とはいえパパが決めた世話係なんだから、琉生に非はないけれど。




「そろそろ友達の一人や二人必要よね」




そうウチは、彼氏を作る時のノリのように、小学生のような夢を掲げていた。


友達……ほしいな……。






この年になって友達の作り方もわからないなんて、確かに人間として人に不信感を与えてしまうものだわ。


ウチが変わらなきゃいけない、わかってる。


このムッスリとした顔をにこやかに変えて、言われることに反論や『キモ』『ウザ』などの反射で出てくる言葉を封じて、おしとやかに可愛らしく――って出来てたら二十歳まで苦労なんてしてねぇのよ!!!




それを相談できる友達もいない……なぜなら友達がいないから。


考えてると悲しくなってきたわ。


友達のいない世界でよく生きて来れたわね……。




「琉生、ちょっとアンタもっと離れて活動してくれない?」


「放置プレイをお望みで?」


「キモすぎる。違う。普通世話係なんて一般ピーポーに付いてないのよ。絶対それだわ」


「それでは舞耶お嬢様を守れません」


「いや、アンタ世話係だっつってんでしょう?ボディーガードじゃねぇのよ」




この平和ボケした日本で、昼間普通に外歩いてただけじゃ別に襲われなんてしないでしょうが。


何から守られてるっていうんだウチは。


ナンパか?ナンパから守られているのか?




「……そういえばアンタはどうなのよ友達。いるわけ?」


「舞耶お嬢様の世話係を担当する前まではおりました」


「……」




え、まって?


ウチまさか琉生から友達取り上げちゃった?




衝撃的な告白に顔が真っ青になる。


え、ウチ琉生まで一緒に孤立させちゃってた?




「心配してくださってるお顔も麗しゅうございます」


「憐れんでんのよ」




いや、悪いと思っているけれど、ウチそんなこと知らなかったもの。




中学の頃、そう、パパとママが離婚する前。


急にパパが世話係が必要だろって連れてきて……あの時琉生は高校生だったはずよね。




「舞耶お嬢様に惚れ込んで話しているうちにだんだんと疎遠になっていきまして」


「それは自業自得」




キ・モ。










その二日後、男に呼び出された。


女の子は寄ってこないのに、男はこうして下心丸出しで近付いてくる……解せぬ。




「なぁ、俺たち付き合わね?」


「却下。なんでそれでイケると思ったわけ?」




俺たちっていうのがなんかこう、キモ。


話した記憶だって覚えてないのに俺たちって何。


なんでちょっと親し気な感じ出して雰囲気で押し通そうとしてるわけ?キモ。




「なっ!!お前、せっかく俺が付き合ってやろうとして――」


「上から目線ウザ」


「人のこと言えねぇからな!?」




ふむ……あぁそれは確かに。


友達作りのためにそのアドバイスは受け止めておくわ。




「彼女って存在が欲しいだけっていう自己満に付き合わせてくるのやめてくれる?」


「テメェなんてもういらねぇから!!」


「言い負かされて逃げてるようなアンタの彼女になる人が可哀想ね。まぁなりたいって人がいるかもわからないけど」




目の端に涙を浮かべた男はウチから速やかに逃げていった。


……こういうところがいけないのかしら?


いやでも、あれと友達になれといわれたって仲良くできる気がしないわ。


なんでいちいち見下さないと話せないのよ…………人のこと言えないか。






…………そういえば、何も別に、友達って女の子じゃなくてもよくない??




ウチはついに、ハッとそのことに気付いた。


そう考えると別に、同い年である必要もないじゃない……!






大学を出てすぐのところ、琉生が女の子と向かい合って何かを話しているところに遭遇した。


アイツもまぁ、呼び出されているところを見たのも一度や二度ではなくて。




そして顔を赤らめた女の子はかわいく上目遣いで。




「あ、あの、ずっと前からここで……女の人を待っていますよね?彼女さんですか?」


「いえ、彼女はいません」


「え!じゃ、あ、あの、今度一緒に――」


「悪いのですが、わたしはお嬢様一筋ですので」


「……え?」


「あ、しかしお嬢様は現在、友達を求められておりますのでそれならば――」


「よくないんだけど!!???何言ってんのアンタバカなの!!?」




ウチだって横から話に入っていく気なんてなかった。


こんな可愛らしい子の告白だかデートのお誘いだかアドレス交換だかわからないけれど、そんなこと邪魔する気なんてなかった。




けどウチの友達にしようとするのは違う!!


それは絶対に違う!!!




「お嬢様、お帰りなさいませ」


「アンタ自分に気もってそうな女を人の友達にしようとしないでくれる!!?」


「……この通り少々怒りっぽいところもありますが、根は優しく」


「続けるな!?」




ギャーギャーと言い合っているうちに、ポツリとそこに立っていた女の子が。




「あ、いや、もう、結構です」


「え」


「え」


「あの、お邪魔してすみませんでした」




頭を丁寧に下げてそそくさと彼女は逃げていった。


……女の子に、逃げられた……。




「お嬢様」


「言うな」


「お友達作りというものは難しいものですね」


「虚しくなるから黙れ」




友達作りというものは、非常に難しいということだけが判明した。

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