第10話 嘘

リビングに行くと、サクラとマイが何やら話をしていた。

「あ、ユウジさん。おばさんが冷蔵庫に飲み物を入れてくれていますよ。何か飲んだらどうですか?」

2人の前には湯気が立ちのぼるマグカップが置かれている。冷蔵庫を開けると大きな牛乳ビンが入っていた。ユウジもマグカップを用意し、電子レンジで牛乳を温めた。

「サクラちゃんとマイちゃんは何を話してたの?」

マイが答えた。

「サクラさんが昔住んでたっていう島の話を聞いてたんです。」

サマースクール初日、サクラも島の出身だと言っていた。マグカップを電子レンジから取り出し、リビングのソファに腰掛ける。

「それで、サクラさん。どうして島から引っ越したんですか?」

サクラがホットミルクを一口飲んで、一息つくと話を続けた。

「親の仕事の関係でね。いつだったかな。6歳くらいの時に引っ越したんだ。」

「それだったら、ユウジさんと同じですね。」

自分と同じころに島から本島に引っ越したサクラに何だか親近感を感じた。ユウジは引っ越した時のことを思い出した。初めての土地、初めての学校。少しだけ心細かったけど、みんな優しくて生活にはすぐに慣れた。高校に進学するまでは島の子たちとも手紙のやりとりをしていた。

「ユウジさんはなんで引っ越したんですか?」

そういえば何でだろう。ある日、母親から夏休み明けに引っ越すからねと言われたような気がする。ユウジは引っ越した理由をどうしても思い出せなかった。どうにか思い出そうとしてマグカップを見つめていると、ある光景が目に浮かんだ。年配の女性と両親が当時住んでいた家の玄関で話している。両親は動揺していた。ユウジはこの記憶が自分のものである自信がなかった。ふと我に返る。

「どうしてだったかな?あんまり覚えてないや。」

ふーんとマイはこの話に興味を無くしたようだった。しばらくすると全員がリビングに集まった。それぞれが改めて自分たちのことについて話し始めた。

「マイちゃん、チヒロちゃんて顔はそっくりなのに性格は正反対だよね。」

「それ、よく言われます。」

「小学生の頃は本当によく間違われたよね。」

マイとチヒロが交互に話す。マイが続ける。

「電話で話してると親でも間違えるんですよね。」

交互に話す2人を見ていると少し混乱する。話題はユウジたちが通う学校の話になった。サクラが話し始めた。

「うちの高校さ、校則が厳しくていやになっちゃう。」

「高校ってそんなもんじゃないのか?私服で通うってだけで十分自由だと思うけどな。」

サクラの高校は私服で登校するそうだ。制服が決まっているユウジとタケルからしたら少し羨ましい。

「だってさ、どんな服でも言い訳じゃないんだよ。いっそ制服の方が楽だよ。それにセーラー服とかブレザーとか憧れるな。」

マイとチヒロも頷く。

「いいなぁ、私はセーラー服がいいな。」

「チヒロはセーラー服なんだよね。私はブレザーを着てみたいけど。」

一方、ユウジ、タケル、ヒロシの3人はあまり共感できなかったようだった。

「なぁ、ユウジ。ユウジのところは男もブレザーなのか?」

「僕のところは男女ともブレザーだよ。中学まで学ランだったから何だか慣れなかったな。」

ヒロシがユウジとタケルの方を向いた。

「高校生ってバイトできるんですよね?何かおすすめのバイトってないですか?」

「ヒロシ、バイトしたいのか?俺の高校はバイト禁止なんだよな。ユウジのとこは?」

ユウジの通っている高校はバイトをしている学生が多い。大抵は高校近くのスーパーや飲食店でバイトしてる。

「僕はしてないけど、飲食店は賄いがあったりするからやっている子は多いよ。」

ヒロシは目をキラキラさせている。サクラが笑いながらヒロシを見て言った。

「ヒロシくん、気が早いよ。」

時間が経つのはあっという間だった。気がつくと夜の22時を回っていた。タケルがあくびをする。

「もうこんな時間か、俺、そろそろ寝るわ。」

タケルのあくびにつられて他のみんなもあくびをした。おやすみと挨拶をかわしてそれぞれの部屋に入った。明日には祭りの前夜祭がある。おばさんからお祭りの準備を手伝って欲しいと頼まれていた。


サクラは部屋に戻った後、チヒロとマイが寝たのを確認すると、部屋を出て階段を降りる。1階の廊下とリビングを隔てる壁の柱を手で触れる。ヒヤリとした感触が伝わってきた。

「また嘘ついちゃった。ごめんね。」

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