第3話 魚釣り

漁港に着くとそこにはたくさんの漁船が並んでいた。小さな船から大きな船まで様々で、おじさんの船はその中でも一際大きな船だ。おじさんの用意してくれたライフジャケットを着て準備をしていると、こちらに1人の男性が手を振りながら近づいてきた。

「おーい。ノリちゃん!」

そう呼ばれたおじさんは手を止めて腰を上げた。

「お、シゲさん。」

このシゲさんはおじさんの漁師仲間。よく日に焼けていて、身体はがっちりしている。

「あぁ、今年のサマースクールの子供たちかい。こんにちは。」

「そうだ、こいつのこと覚えてるか?ユウジだよ。大きくなったろ。」

「見たことがあると思ったらユウジくんかい。久しぶりだね。」

そう言ってシゲさんは僕の頭をガシガシと撫でた。シゲさんのことはよく覚えていた。お酒を飲むとよくしゃべるシゲさん、お喋りすぎて奥さんやおばさんからよく怒られていた。

「そうだ、ノリちゃん。子供たちを連れていくんだったら釣り竿でも貸そうか?今日はよく釣れるらしいぞ。」

「本当かい?さすがシゲさん、助かるよ。」

タケルとヒロシは目を輝かせている。

「うわ!タケルさん、タケルさん、釣りですよ!釣り!」

「やったなヒロシ!やってみたかったんだ!」

「はは!喜んでもらえて何よりだ。ノリちゃん、今持ってくるからな。」

そう言うとシゲさんは釣り竿をとりに戻って行った。


しばらくすると手に釣り竿を持ってシゲさんが戻って来た。何やらバケツも持っている。

「いやぁぁぁぁ。」

突然、チヒロが悲鳴をあげた。

「チヒロ、何怖がってるのよ。ただの虫じゃない。」

チヒロは釣りの餌に悲鳴をあげたようだった。マイの方は平気なのか、餌をつかんでチヒロを追い回していた。

「やめてあげなよ、マイちゃん。」

サクラも笑っていた。準備も終わり、船に乗り込むとおじさんは操縦席に座った。エンジンがかかると船は大きく揺れながら出港した。漁場にはすぐに着いた。周りにもいくつか漁船が見える。おじさんは漁の網を引き上げ始めた。

「さぁ、みんな見てろ。」

網を巻き取るとたくさんの魚が船に上がってきた。大小様々な魚が跳ねている。網にかかった魚をみんなで掴み取り、船の保冷庫に入れていった。釣り餌を嫌がっていたチヒロも楽しそうにしていた。作業が終わったところでおじさんが釣り竿を持ってきた。

「さぁみんな、今度は自分たちで魚を獲るぞ。」

おじさんの指導のもと、それぞれ釣り糸を海に垂らしていく。真っ先にかかったのはヒロシの竿だった。

「お、お、おじさん。どうすればいいの?」

「糸を巻くんだ。ほれ、逃げちゃうぞ。」

ヒロシは海に引き込まれそうになりながら必死に踏ん張っている。すると、海面に魚の影が見えた。引き上げるとそこには立派な魚がかかっていた。

「やったー釣れた釣れた。」

ヒロシはとても嬉しそうだ。

「負けねぇぞ。」

そういうタケルの釣竿にも何かかかったようだ。

「お。キタキタキタ。」

勢いよく釣り糸を巻くとそこには小さな魚がいた。

サクラがその魚を指差しながら言った。

「タケルくん、可愛らしい魚を釣ったわね。」

照れ臭そうにタケルは魚を外し、もう一度海に投げ込んだ。シゲさんの言うとおり、よく釣れた。時間も忘れて釣りをしているとあっという間に昼になった。僕らが釣った魚のいくつかをおじさんがその場で捌いてくれた。新鮮な魚はとても美味かった。


漁港に戻るとシゲさんとおばさんが待っていた。

「どうだった?たくさん釣れただろ。」

「おう!子どもたちもとても楽しそうにしていたぞ。」

シゲさんにお礼を言うと、シゲさんは恥ずかしそうに頭を掻き、仕事に戻っていった。おじさんも仕事が残っているようでおばさんと先に帰っているように言われた。僕らが釣った魚を船から降ろしているとおばさんが声をかけてきた。

「ユウジ、夕飯までしばらく時間があるからね。みんなに島を案内してあげなさい。お祭りのある広場にでも行くといいわ。」

「わかった。みんなにも言っておくね。」

おばさんに車で近くまで送ってもらい、僕たちは広場へと続く階段を登って行った。島で一番長い階段を登っていくと神社があり、その前が広場になっているのだ。多々正おおかみ神社、大人たちが集まって島のことを決めたり、子どもたちが学校終わりに集まって遊ぶ島民の溜まり場になっている。階段を登り切ると汗を拭いながらタケルが言った。

「おい、見てみろよ!すっげー!」

その声にみんなも振り向くと、そこにはさっきまでいた漁港と宿泊先の小学校が見えた。見慣れた光景、そのはずだったが新しい仲間と見る景色はまた違って見えた。ただひとり、サクラだけはどこか悲しそうな目をしていた。

「サクラさん、どうしたんですか?」

チヒロもそれに気がついたようで声をかける。

「いや、なんでもないよ。なんだか昔住んでた島のことを思い出しちゃってさ。」

ここよりも小さい島だとは言っていたが、同じような風景があったのだろうか。今度聞いてみようか。そんなことを考えていると、広場の方から声が聞こえた。

3日後に開かれる祭りの準備をしている声だった。広場の中心にはが組まれていた。やぐらの下には数人の男たちがいて、大きな太鼓を持ち上げていた。

「すっげなぁ、今からワクワクしてくるな。」

タケルは今から待ちきれないようだった。広場を抜けて神社に行くと神主らしき人が掃除をしていた。するとこちらに気がつき声をかけて来た。

「こんにちは。あら、見ない顔だね。」

「こんにちは、僕ら下の小学校にサマースクールで来たんです。」

ヒロシがそう言うとみんなも挨拶をした。

「そうかい。そうかい。ん、そこの君はもしかしてユウジくんかい?」

「そうです。えっと、神主さんは・・」

見覚えがなく困惑していると、神主さんはこう続けた。

「ははは。無理もないよ。私は君が小学生の頃か、一度この島を出ているからね。この島は良いところだよ。出てみてわかることもあるもんだね。」

しばらく話した後、島の時報が鳴った。

「そろそろ帰らないと。」

「もうそんな時間か、じゃあみなさん、またお祭りでね。お面を忘れたらいけないよ。」

神主さんはそう言うと優しく笑って僕らを見送ってくれた。僕らは広場の階段を降りて小学校に向かって歩き出した。


「どうしてあの子が・・・どうして・・・」

広場に立ちすくむ年配の女性。彼女は声を震わせながらそう言った。

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