秋に紛れる悪魔の囁き

EP.2-1 最期の夏休み

深夜。それは、ほとんどのけもの達が寝静まる時間。起きている獣がいるとすれば、コウモリなどの夜に活発になる種族である。

夜中のコンビニをのぞいてみれば、レジに立っているのは大体フクロウかモモンガなどの夜行性の獣である。

しかしながら、夜行性の種族ではないにも関わらず、深夜に夜更かしして活動している獣もいる。

そのうちの1匹が、クロッパだ。

頭に傘のような飾りを持ち、手足が細いクロッパ。もはや何の種族か分からない彼は、ベッドの上でスマホで動画配信を見ていた。

「こういうのがいるからネットって面白いんだよねー」

スマホを見ながらブツブツ言っている彼の姿は、家の中でなければただの不審者ふしんしゃである。

クロッパは、スマホの画面に写っている配信に釘付けになっていた。


【自殺配信】


これが、この配信の名前である。

名前からして不穏ふおんでしかないこの配信には、若いゴリラの女性と、首吊りでよく見られるロープが一緒に写っている。彼女はカメラの前とロープを何度も行き来している。

配信に写るものも不穏しかないが、果たしてコメントらんの方はどうだろうか。


『やっば!』

『超おもろw』

『生きろww』

『死んでも首をってるし、フリでも俺等を吊ってるし、それが本当の吊り配信ってか?』

『だれがうまいことを言えと』


……とまあ、コメント欄も不穏のかたまりだった。


配信サイトの管理者がなぜこのような配信を野放しにしているかはさだかでなないが、クロッパはそんな民度みんどかまいなしの世界にどっぷりかっていた。


すると突然、配信内の彼女がロープに頭を通した。

「おお!? ここまでやる!?」

クロッパが思わず叫ぶ。その瞬間、部屋の扉が開かれ、1匹の獣が入ってくる。

「クロッパ、うるさいぞ」

そこにいたのは、大きなたてがみを持つ水色のライオンだった。

「ちょっ、父さん……。今良いところだから待って──」

「スマホを置け!!」

「ひぃ!!」

クロッパは父親の怒号にたまらずスマホを手離した。スマホがベッドの上に落ちる。

父親は大きな手でクロッパのスマホを取り上げた。そして画面を見ると、小さく眉をひそめた。

「……クロッパ。これの何が良いんだ? 説明してみろ」

「それ、フリでやってるんだよ。本当に死のうとしてやってない。だからおもしろいんだよ」

クロッパの回答になってない返答を聞いた父親は、クロッパのスマホを操作し始めた。

「な、何やってるの父さん?」

何故なぜこれがフリだと分かった?」

父親がクロッパの質問を無視して聞いた。

「だって、その配信2ヶ月前からずっとやってるんだよ。もう17回も。つまり、その獣は死ぬつもりはない。コメント欄の反応を楽しんでる配信者なんだよ」

人生に行き詰まっている獣が聞くと激怒しそうな発言をクロッパは言ってのけた。

すると、父親がスマホの操作をやめ、静かに目を閉じた。

「ん? 父さん?」

クロッパが父親の様子を見て不思議に思っていると、父親はクロッパのスマホをベッドに放り投げた。

「良かったな。その配信は今回で最後だ」

父親はそう言うと、クロッパの部屋から出て行った。

「……最後? もう見るなってこと? やーだね」

クロッパが小声で呟き、スマホを拾いあげると、


画面の向こうの彼女の獣生じゅうせいは終了していた。


「……は?」

クロッパが画面の前から動かなくなった。

配信の画面も、全く動いていない。

異質な点としては、さっきまで動いていたはずの彼女が、ロープに頭を通したままぶら下がっていることだ。

何もかもが止まってしまった配信とは対照的に、コメント欄はほとばしる蒸気のように吹き荒れていた。

『マジでやりやがった!』

『は? 嘘だろ?』

『え、どういうこと? ヤラセ? AI動画?』

『住所特定して警察だ!』

『まだ通報はするな! 録画して置いとけ!』


やがてクロッパは我に返り、スマホの電源を落とした。

「はぁ……。気分最悪になったよ」

クロッパはベッドに横になり、布団を被る。

「夏休み、もう1日伸びないかなぁ……」


9月1日深夜3時15分。クロッパの夏休み最後の日は、ここで終わった。

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