EP.10 つかの間の休息

 現実の世界と、夢の世界。


 今のボクは、意識して2個の世界を行き来してるけど、


 実は、もう1個、別の世界があるような気がするんだ……。


 ボクが今いるここ。真っ白とも、真っ黒とも言えないような場所。


 ネイルが夢の世界のことを教えてくれるよりももっと前から、何度か見た世界。


 最近になって、ここも何かしらの世界なんじゃないかって、やっと思うようになった。


 でも、ここがどういった場所なのかは、まだ分からない。



 目を開けてみると、そこはベッドの上だった。

「あれ、ここは……」

 ボクは起き上がり、辺りを見回す。……ここは、病院?

「あら、目が覚めたのね」

 突然の声に振り向くと、そこにはイズマさんがいた。

「えっ、イズマさん?」

 ボクは予想外の人物がいたことに驚いた。それと同時に、色々と面倒臭くなりそうな予感がした。夢のことも、ネイルのことも、イズマさんは色々と見てしまってるんだ。

 ……さて、何から聞かれるんだろう。


「詳しいことは、あのネイルって子から聞いたわ。ティールも大変ね……」

 そっか、ネイルが。……どこまで教えたんだろ。まぁ、話が早くて良いや。

「それより、イズマさんはもう大丈夫なんですか?」

「私なら平気よ、ティールのお陰で助かったんだもの」

 イズマさんは優しく微笑む。

「……良かった」

「それにしても、驚いたわ。まさかティールがネイルと合体して、全く違う姿になっちゃうなんてね」

「あ、あはは。まあ、ボクにも何が何だかよく分からないんですけどね」

 ボクは苦笑いしながら言った。


「それにしても、私のせいで大変なことになっていたのね」

「え、イズマさんのせい?」

「ほら、ダイナーのことよ。私、ダイナーが寝込んでいたこととか、悪夢のこととか、全然知らなかったんだもの……」

 ああ、そういうことか……。

 確かに、ダイナーが寝込む引き金になったのはイズマさんとの試合だ。圧倒的な存在を前に、夢を諦めかけた。

 でも、それでイズマさんを責めることなんてできやしない。それに、

「大丈夫ですよ。ダイナーはもうすっかり立ち直ってますから」

 ボクは笑顔で言う。

 実際、ダイナーは本当に元気になっていた。

 それに、イズマさんも無事なんだし、ウォーカーも退治したし、結果オーライだと思う。

「そうね。あの子のあの気合には私も頭が上がらないわ」

 イズマさんも笑みを浮かべる。


「あ、そういえばイズマさん。ウォーカーと戦ってたときのイズマさん、かっこよかったです。プロサッカー選手って、あんなこともできるんですね」

 ボクは話題を変えようと、イズマさんを褒める。すると、イズマさんは少し照れくさそうに笑った。

「ふふっ、あれはサッカーじゃないわ、テコンドーよ。蹴り技が主体の格闘技なの。小さい頃から習ってるの」

「へ、へぇ……。そういうのがあるんですね」

 全然知らなかった。テコンドー……、名前すら聞いたことないや。

「それに、変身した後のティールもなかなか良かったわよ」

「え、あ……。あれ実は、ネイルが身体を動かしてたから、ボクは何も……」

 ネイルがやったことを、ボクは見ていただけ。ちょっとボクも動いたところはあったけど、それだけだ。

「でも、ティールとネイル、2匹がいてできるティーネイルよ」

「……? ティーネイル?」

 また初めて聞く言葉だ。

 ……でも、なんとなく意味が分かってしまう。

「うん。ティールとネイルでティーネイル。悪くないと思うんだけど」

 やっぱりね、イズマさんがつけた名前か。

 そうだなぁ……。確かに、あの姿に名前くらいあっても良いかもしれない。


 ティーネイルかぁ……。


 うん。悪くない。



「ティール、もう大丈夫なの!?」

「ティール! ……ってうわ!? イズマ!?」

 しばらくすると、ダイナーとクロッパ、そしてボクのお母さんが入ってきた。

 ダイナーは、ボクの近くにイズマさんがいることに驚いている。

「ああ、えーっと。うん。ボクは大丈夫だよ」

「近くにいたからね。病院に送るついでに様子を見てたのよ」

 イズマさんがダイナーに説明する。

「ああ、なるほど。そういうことか」

 ダイナーはこれだけで納得してくれたようだ。ほんと単純だなぁ。


「ティール。身体は大丈夫なの?」

 お母さんが近くまで来て、ボクに声をかけてくる。

「うん。大丈夫だよ」

 ボクは笑顔で答える。

「良かった……。もう、これ以上心配させないで……」

「ごめんなさい、お母さん」

 ボクが謝ると、お母さんはボクを抱き締めてきた。

「ちょ、ちょっとお母さん?」

「……もう勝手にいなくなったりしないで」

 お母さんが涙目になっている。

 ……こんなお母さんを見るのは初めてだ。お母さんは昔からボクのとこをよく心配してくれてるけど、ここまで大袈裟じゃなかったはずだよ?

「うん、分かったけど、お母さん大丈夫? 震えてるよ」

「え!?」

 お母さんはさっとボクから離れた。どうやら自分で気付いていなかったらしいけど、本当にどうしたんだろう。そんなに心配かけちゃったかな……?


「親バカ? ……あいてっ!」

 口を滑らせたクロッパがダイナーに蹴られてる。うん、今のはボクも怒っちゃうな。

「クロッパさぁ、いい加減言葉に気をつけろって」

「痛いなぁダイナー……、本当のことだから仕方ないじゃん……」

「いやだから──」

「まあまあ、皆無事だったのですから、良いじゃないですか」

 イズマさんがすかさず仲裁に入った。……流石だなぁ。


 その後、スタジアムの爆発があった後、ダイナー達がどうしてたのかを聞いた。

 ダイナーは大急ぎでクロッパとボクを迎えに観客席に飛び込んだらしい。でも、2匹ともいなくてしばらく探し回ってたらしい。

 うん、ごめんね、ボクはあの後1匹で勝手に夢の世界に行っちゃったんだ。

 クロッパがいなかったのは、冷静に1匹で避難してたからだそうだ。

 爆発の後、どうやらボクはイズマさんに救助されてここにいるらしい。

 で、お母さんはクロッパから電話で聞いて駆けつけてくれたらしい。


 ……あれ? ちょっと時系列がおかしい気がする。

 たしかボクは、イズマさんよりも先に夢から覚めたはずだ。

 でも、現実世界で目が覚めたときには、イズマさんはボクよりも先に現実世界に帰ってきていた。……どういうことだろう?

 少し疑問が残ってしまったけど、もしかしたらネイルが何か知ってるかもしれない。今日眠ったら聞いてみることにしよう。


 ボクはイズマさん達と別れ、病院を出た。

 外に出ると、もう夕方になっていた。ボクは夕焼け空を見上げる。

 結局、ボクはネイルや夢世界のことをほとんど何も知らないままだ。

 でも、ネイルは夢の中でボクを助けてくれる存在だということだけは分かる。

 ボクはネイルを信じてる。

 そしていつか、今度はボクがネイルの力になってあげよう。




 ティールの母親は、ティールが寝静まったことを確認すると、自分の部屋に戻った。机の上に置いてあるスマホを手に取り、電源を入れた。

「え!?」

 母親は声をあげた。スマホの画面には、たった1件の通知が来ていた。

 しかしそれは、母親の心を揺さぶるのに十分すぎた。

 母親はすかさず通知の内容を確認する。

 4年前の投稿を最後に更新が止まっていた、ヘッダーとアイコンが真っ黒のアカウント。

 そこに新たな一文が追加されていた。


【悪夢が目覚める】


 母親は再びティールの部屋を覗きこむ。

 変わらず眠りについているティールを見る表情は、自分の息子の将来を心配する母親の顔だった。

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ティーネイル Dream in Future カービン @curbine

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