EP.7 悪夢を狩るもの

……ん、ここはどこだろう……。

ボクは真っ暗な空間にいた。周りを見渡しても誰もいない。ボクは一人、その場に座り込んでいた。

夢の世界? でも、こんなに真っ暗なところってあったっけ?

ボクは立ち上がってみる。……ここには地面があるのだろうか? どこかに立っている感覚はあるけど、身体の重みを感じない。ジャンプをするとどこまでも飛んで行くし、好きなタイミングで着地ができる。

……本当にどこなんだろう。それに、さっきまでボク何してたっけ。

「……ね……、……て」

何かの声が聞こえる。なんとなく聞き覚えのある声だ。誰だっけ……。

「ほら……し…かり……、起きて……」

だんだんとハッキリしてきた。これは、ボクを呼ぶ声だ。ボクはこの声を知っている。

「起きて!!」


ボクは目を覚ますと、目の前にイズマさんがいた。ボクの肩をつかんで、揺さぶるように声をかけていた。

「……イズマさん?」

「ああ、良かった。……まったく、しきりに災難に巻き込まれるわね、私達」

そう言うと、イズマさんは立ち上がった。

ボクも立ち上がり、辺りを見渡すと、まだスタジアムの中にいるようだ。

……はずなんだけど、どこか様子が変だ。ボクたちがいた観客席はボロボロになっていて、壁が崩れている場所もある。

そして何より、さっきまでいたはずの観客がいない。みんな避難したのかな?

「……何、あれ?」

イズマさんが空を見上げて呟いた。

そこには、紫とオレンジが互い違いに入り混じったような空と、うっすらと青く光る雲が点在していた。

……ボクは、この景色に見覚えがある。

ネイルと滑空していた時によく見た光景。

「夢の世界だ」

「え?」

イズマさんが不思議そうにこっちを見る。

まぁ、そうだよね。だって、夢の世界のことを知ってる動物なんてボクくらいだ。

でも、どうして夢の世界に、現実世界のものと同じものがあるんだろう?

「何か知っているの?」

「うーん、寝てる時に来る世界だってことくらいだけ知ってる」

「それって、明晰夢ってこと?」

「……めいせきむ?」

そんなことを話していた時だった。

バシュンッ!

突然、何かの音が聞こえてきた。音の方へ顔を向けると、紫色の霧のようなものがイズマさんの方へ飛んで来ていた。

「危ない!」

ボクは咄嗟にイズマさんを突き飛ばそうと飛びかかっていた。

しかし、イズマさんも身の危険を感じ取ったみたいで、後ろ斜めに飛び退いていた。

ボクの突き飛ばしは見事に空振り、紫の霧はボクに直撃し、その場で爆発した。

爆発をモロに受けてしまったボクは大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。

「いったい!!」

なんとか体勢を立て直そうとするも、上手くいかない。体が地面に打ち付けられて、痛みを感じる。

……痛い? あれ? ここは夢の世界のはず。

ネイルの話だと、夢の世界にいる現実世界の住人は、痛みを感じることがないはずだ。それなのに、なんで?

「あっ! 大丈夫!?」

イズマさんが駆け寄ってくる。しかし、またあの紫の霧がイズマさんに襲いかかる。

「後ろ!!」

ボクは叫ぶと、イズマさんは素早く反応してしゃがみ込みながら身を翻す。

イズマさんに当たらなかったあの霧は、そのまま地面に当たって爆発する。

爆心地から紫色の煙が立ち込める。その煙が徐々に晴れていくと、そこには1匹の生物が立っていた。

そこに立っている生物は、まるで黒い影のような姿をしていて、手足が細長く、背が高い。

鹿のような角を持っていながら、その角には緑色の模様が走っている。

現実世界にはおおよそ居なさそうな外見。夢の世界の住人なのか?

「おや、避けられてしまいましたか……。流石ですね」

謎の生き物は落ち着いた口調で喋り出した。

「貴方は一体誰ですか?」

「私はウォーカー。この世界に存在する悪夢を狩る者です」

ウォーカーと名乗った鹿は右手を胸に当てて返事をした。

悪夢を狩るだって? 一体どういう意味だ……?

「ウォーカー、まさか今までの一連の爆破事件は、貴方の仕業ですか?」

イズマさんが訊ねる。

「ええ、そうですよ。先程も申し上げましたが、私は悪夢を狩る者。特に私のお気に入りはこの火薬を含んだ霧なのでね、爆破による排除を起こしてみました」

……なるほど、あの爆破事件はウォーカーが、悪夢の世界の住人が起こしてたのか。

でも、悪夢を狩る者ってなんだ? 悪夢の世界の住人が悪夢を狩るって、なんだかおかしな話だ。

「ふざけたことを……。何故こんな事をしたのです!?」

イズマさんが声をあげた。

怒ってる。テレビで見たときも、スタジアムで見たときも、イズマさんは落ち着いた笑顔を崩さなかった。だけど、今は違う。初めて見る怒りの表情だ。

イズマさんの問いに対して、ウォーカーは赤い目を細めて答えた。

「話が分からないのですか? 私は悪夢を狩る者です。そう、貴方のことですよ」

ウォーカーはイズマさんを指差して言った。

「……私?」

イズマさんは眉間にシワを寄せて聞き返す。

イズマさんが悪夢だって? 何を言ってるんだ? だって、イズマさんはこの世界の住人のはずだ。悪夢どころか、夢の世界の住人ですらないはず。

「私をなぜ悪夢だと言うのです?」

イズマさんも心当たりがないようだ。そりゃそうだ。夢の世界を少し知ってるボクでさえも分からないんだから。

「はぁ……、貴方は自分が何のしたことが分かっていないのですか? まあ、いいでしょう。哀れな貴方に教えて差し上げますよ」

ウォーカーが溜め息混じりに答える。



「ダイナーという少年の夢を潰しかけた」

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