EP.6 今は無理だけど

 ボクがベッドから起き上がると、横にお母さんが立っていた。

「あら、ティール。なかなか起きてこないから、起こしに来ようと思ってたのよ」

 時計を見ると、朝の9時。あらら……、だいぶ遅くなっちゃったみたい。

「ああ、ごめんお母さん。もしかして、もうご飯できてる?」

「ええ、待ってるわよ」

 ボクはリビングに向かうお母さんについていった。食卓には、ベーコンとチーズを食パンで挟んで焼いたものと、豆腐とワカメのスープがあった。


 朝食を食べ終わるころ、不意にお母さんが聞いてきた。

「ねぇ、また変な夢でも見たんじゃない?」

 ボクは言葉に詰まってしまった。まさかまた夢のことを聞いてくるなんてね。でも、心配してくれてるのは嬉しいな。

「あまり夢のことで悩まないでね。苦しくなったら、絶対に、お母さんに相談して。お母さんもたまに聞くから」

「うん、ありがとう」

 ……あっ、そういえばダイナーはどうなったんだろう!? ボクはスマホを取り出し、いつもの友達メンバーのチャットを見に行った。

『ダイナー: よう……、俺しばらく寝てたみたいだ……』

『クロッパ: ダイナー、目が覚めたんだ! キミずっと寝てたんだよ! 今日は8月15日、試合の日だよ!』

『ダイナー: マジかよ!? 今行ってくる!!』

 ダイナー、目が覚めたんだ。よかった……。

 やっぱり、夢世界と現実世界は繋がってるんだ。

『クロッパ: ティール? 起きてる?』

『クロッパ: 待って、まさかティールも起きなくなったの!?』

 おっと、心配かけてるみたい……。確かに起きるの遅くなっちゃったからなぁ。

『ティール: ごめん、今起きた』

『クロッパ: あ、よかった~。ダイナー起きたよ』

 ボクが返信すると、1分もたたずに返事が来た。流石クロッパ、リプ返しは速い。

『クロッパ: ボクはもう先にスタジアムに着いてるよ。ティールも来なよ』

『ティール: え、もう試合始まってるの?』

『クロッパ: そうだよ。午前ブロックだから9時スタート。すぐ来ないと終わっちゃうよ』

 ボクは急いで身支度を整えた。ダイナーの様子も気になる

「いってきます!」

 ボクは勢いよく玄関を飛び出した。


 ー◆◆◆ー


「……」

 スタジアムへ向かうティールを、ティールの母親は見ていた。

 母親はふとスマホを手に取り、SNSを開いた。そこに写るのは、4年前の投稿を最後に更新が止まっている、ヘッダーとアイコンが真っ黒のアカウント。画面を眺める母親の表情は、どこか悲しそうな雰囲気だった。

 やがて母親はスマホを閉じると、部屋に戻っていった。


 ー◇◇◇ー


「あっ、ティール! こっちこっち!」

 スタジアムについたボクは、聞き慣れた友人の声のもとへ向かっていた。観客席は相変わらず人が多いなぁ。

「クロッパ! ごめん、寝坊しちゃった」

「ティールが寝坊って珍しくない? ゲームでもやってたの?」

「そういう訳じゃないけど……。そうだ、ダイナーは?」

「ああ、あそこだよ」

 クロッパが差すほうを見ると、グラウンドに立っているダイナーの姿があった。

 ……でも、なんであんなに後ろに下がってるんだろう? いつもは得点を決めるために前に出てるはずなのに……。

「ねぇクロッパ、今の得点は?」

「え? まだどっちも得点決めてないよ。……あっ、そういえば、同点だとダイナー予選敗退じゃないか……」

「えっ、そうなの!?」

「うん。相手のチーム、失点が少ないんだ。一昨日クロバースと試合して負けたんだけど、ダイナーのときより点を入れられてないんだ」

 そんな、ダイナーが負けちゃうのか……。

 ……この地点でまだ同点なら、ダイナーが本気だせば勝てる試合じゃないか。


 ダイナー、ダイナー……。


「ダイナー!!」


 ボクは席から立ち上がり叫んでいた。ボクの声はダイナーに届いたようで、ダイナーが驚いた様子でこっちを見る。

 チャンスは今しかない。ボクはダイナーに思いをぶつけた。

「進み続けるんだ! 夢はまだ終わってないっ!!」


 すると、ダイナーの目つきが変わった。その目はいつものダイナーが見せている、自信満々な目だ。

 そしてダイナーは前を向き、走り出した。その様子を見たチームメイトが、それに応えるように立ち回りを変える。

 さっきとは打って変わって積極的なプレイ。綺麗なパス回しで相手のゴールへと詰め寄る。

 そして、ゴール前でダイナーがシュートを放つ。ボールはキーパーの手をすり抜けてゴールネットの中に入った!

 会場から歓声が上がる。ダイナーやチームメイトがお互いハイタッチを交わしていた。


 ふと、ダイナーがボクの向いて親指を立てた。それを見たボクも親指を立てる。

「……ティール、ダイナーと何かあったの?」

 このやり取りを見ていたクロッパが聞いてきた。

「え? ……別になんともないけど、どうしたの?」

「だって、さっきダイナーに叫んだときの顔、今までにないくらい真剣な顔だったよ。びっくりしたよ」

「あはは……、ごめん。だけどもう安心だね」

「いや、まだ分からないよ。相手も黙ってないはずだし、今度はゴールを守らないといけない。サッカーは時間いっぱいまで気が抜けないんだ」


 その後、ダイナーの活躍で、4-0でダイナーのチームが勝った。試合終了の笛が鳴った直後、ダイナーたちはお互いに喜びあっていた。ボクもなんだか嬉しくて、気がついたら涙目になっていた。

 クロッパはというと、

「余計な心配だったみたい……w」

 って笑いながら言ってた。


 こうして、晴れて決勝トーナメントに進出することになったダイナー。初戦と準決勝を余裕で勝ち進み、決勝はあのクロバースが相手。クロバースのキャプテン、イズマさんのケガは治ったようで、決勝トーナメントには参加していた。もしかしたら、ダイナーのチームが勝つんじゃないかって期待してたけど、やっぱり大差を付けられて負けてしまった。


 でも、

「よっしゃあああ!!!」

 その瞬間、ダイナーは会場に響き渡るような雄叫びを上げて、ガッツポーズをとっていた。

 そう、クロバース相手に、1点だけ決めていたんだ。ほんと、流石だと思うよ。これなら、いつか本当にクロバースに勝てるんじゃないかな?

 試合が終わった後、ダイナーはイズマさんと話していたようだ。

「今回は負けちまったけどよぉ、俺は諦めないぜ……。いつかお前を追い抜いて、世界一のキッカーになるんだっ!」

 ダイナーはイズマさんを真っ直ぐ見つめてこう言ってた。

「ええ、期待してるわよ」

 イズマさんは少し笑みを浮かべて答え、控え室に戻っていった。


「いやー、全国への道は厳しいねー」

 クロッパが隣でスマホを見ながら言った。

「ちょっと見てみたけどさ、クロバースも全国大会じゃ決勝トーナメントにすら行けてないみたいだよ」

「そうなんだ……。でも、ダイナーならもう諦めないと思うよ」

「そうだねー」

 クロッパと会話をしていると、閉会式と授賞式が始まった。

 優勝したクロバースにトロフィーが渡される。受け取るのはもちろんイズマさん。

 トロフィーがイズマの手に触れた、その時だった。


 ドッガアァァーン!!


 スタジアムが爆発した。突然の出来事に、会場にいる全員がパニックに陥る。

「キャアー!!」

「うわあぁぁぁ!!」

「おい! 早く前行けよ!」

「誰か助けてくれええええええ!!」

「誰だ今押したやつは!?」

 悲鳴を上げる観客たち。ボクも怖くて何も言えなかった。


 そんな中、爆発が起きた方を見ると、そこには黒い煙が上がっているのが見える。

 あれは、まさか……。

 ボクは嫌な予感がして、急いでダイナーを探しに行った。

 しかし、上から降ってきた何かがボクの頭にぶつかり、意識を失ってしまった。


 ー◆◆◆ー

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