EP.4 仕組まれた悲劇

「うぎゃあ!」

 1匹の生物が木に投げ飛ばされた。それを見た周りの生物たちも、散り散りに逃げていく。

「……ふぅ、何とか追い払ったね」

 そう言って息を吐くのは、長い耳を持つ紫色の犬だ。二本足で立っていて、しっぽは自分の体よりも長い。

(大丈夫か、ティール)

 誰かが紫色のイヌに話しかけた。姿は見えない。

「疲れたよ、あまりこんなことしたくないのに」

(しょーがねーだろ、ティールがこんなところに飛ばされてんだから)

「それはそうだけれど……」

 ティールと呼ばれた犬は辺りを見渡す。あたりは薄暗く、周りにはゆっくりと動くドス黒い木が並んでいた。

(……薄気味悪いところだろ?)

「うーん、そうでもないかも」

(あ、マジで? おかしいなぁ、ここを初めて見た現実世界の住人は口を揃えて、怖い、とか、帰りたい、とか言うんだけどなぁ)

「そうなんだ……、ん!?」

 突然ティールが振り向いた。

(ん? どうしたんだ、ティール)

「今のって、まさか……」

(おいおい。急に走るなよー)

 ティールはその声を無視して走り出す。そして、その先の光景を見たティールは立ち止まり、目を見開いた。

(あ、ありゃ現実世界の住人だな。しかも悪夢にやられてら、かわいそうに)

「ダイナー?」

(えっ?)

 ティールの視線の先にいるのは、二足歩行をする紫色のワニ。頭に赤紫色のたてがみが生えている。

(あー……、ダイナーって、ティールの友達だったっけ)

「でもなんでここに? それとも、似ているだけの別の何か?」

(最近、ダイナーに何かあったか? 例えば、夢を追いかけてたら大きな壁にぶつかったとか……)

「……うん、まさにそれなんだけど。なんで知ってるの?」

(当たってるのかよ! となると、落ち込んでたダイナーを悪夢の連中が目を付けてあんな感じにしたんだろうな)

「それじゃあ、早く助けないと」

(おっ、やる気満々じゃん)

 ティールは木陰から飛び出し、ダイナーの前に立った。

「ダイナー! 分かる? ボクだよ!!」

 すると突然ダイナーが突進し、ティールの体に蹴りを入れた。

「うわっ!?」

 ティールは吹っ飛ばされ地面に落ちた。

(いってーなぁ、どんな馬鹿力だよ)

「ダイナーはサッカーやってるから、きっと足の力は強いんだ」

(そーゆーことか)

 ティールはゆっくり立ち上がった。

「ダイナー、聞こえる? ボクだよティール。何があったの? 返事して」

 ティールは必死にダイナーに声をかけるが、ダイナーは返事をせず、ただティールを見ていた。

(多分、何言っても無駄だな)

「そんな……」

(まぁいいさ。オイラに任せな)

 そう言うと、ダイナーが襲いかかってきた。しかし、ティールは簡単に避け、カウンターキックをお見舞いする。そして続けてパンチを繰り出すが、それは避けられてしまった。

(へぇ、なかなかやるじゃん)

「ダイナー、目を覚まして……」

 その瞬間、ティールの視界が白くなり始めた。ティールの中で話しかけていた存在である黒猫が体内から追い出された。

「え、あれ!? もう起きる時間!?」

 遠くなる視界の中で、ダイナーの影と黒猫の姿がうっすらと見えた。


 ー◇◇◇ー


 そしてティールは、ベッドの上でかばっと起き上がった。

 今のティールのは夢の中にいたときとは違い、ほぼ黄色一色の姿だった。

「……ダイナー?」

 ティールはすぐさま家を飛び出した。


 ダイナーの家の前で、ティールは少し息を切らして立っていた。そして家のインターホンを鳴らしたが、何も返事はなかった。

(どうしちゃったの、ダイナー!?)

 すると、ティールの背後からオレンジ色の光が差し込んできた。ふと後ろを見ると、太陽がたった今登り始めたところだった。

(……早く来すぎちゃたかな)

 ティールはダイナーの家に背を向けた。

「おはよう、ティールくん!」

「うわっ!?」

 ティールは驚き、声の主の方を見た。そこには笑顔で立っている、緑色のリスがいた。

「びっくりしたぁ……。なんだ、スピアさんですか……」

「ごめんね、驚かせちゃったかな? ところで、こんな朝早くに何をしていたんだい?」

「あー……、ちょっとランニングを」

 ティールは若干困りながら嘘をついた。

「おお! それはとても良いことじゃないか!」

「あ、ありがとうございます……」

「そうだ! この前のクロバースの試合は見たかね? 流石は例年の優勝チーム。新人チームとは違って格が違うなぁ!」

「ええっと……そろそろ家に帰らないといけないので、この辺で」

 ティールは苦笑いをしながら言った。

「ああ、そうか。また今度!」

「はい、失礼します……」

 ティールはその場から逃げるように走り去った。


「ふぅ……」

 ティールは自宅に戻り、玄関の扉を開ける。すると、すぐにキッチンから声がした。

「あら、ティール? 外にいたの?」

「あっ、うん。早く起きちゃって……」

「そうなの。まだ早いけど、ご飯食べる?」

「あ、じゃあいただきます」

「わかった。じゃあ待っててね」

 そう言うと、エプロン姿の母親は料理を作り始める。

 ティールはイスに座り、ぼんやりとした表情を浮かべていた。

(ダイナー……、あれは夢の中のことなんだろうけど、なんだか現実のことのような気がして落ち着かないなぁ……)

 しばらく待っていると、母親が朝食を持ってやってきた。半熟の目玉焼きとしょうゆを乗せた炊き立てのご飯だった。

「はい、できたわよ」

「あ、ありがとう」

 ティールはゆっくりと食べ始めた。

「ティール、最近元気ないんじゃない? 何かあったの?」

 ふと母親が聞いた。返事に困ったティールだが、やがて口を開いた。

「最近変な夢を見るんだ。そのせいかも」

「……どんな夢?」

「なんか、悪夢みたいなやつ。でも内容はよく覚えてなくて」

「そう……」

 母親は心配そうな顔をしていた。

 ティールは残りのご飯を食べ終え、食器を流し台に置いた。

 そして自分の部屋に戻ると、スマホを手に取った。すると、一つだけ着信が来ていた。

『クロッパ:起きちゃった。おはよう』

 メッセージを送ってきたのは、友達のクロッパだった。

『ティール:おはよう。ボクは大丈夫だよ』

 ティールは返信を送った。すると、すぐさま既読マークがついた。

『クロッパ:ティールおはよー』

 ティールは少し間を開けて返事を打った。

『ティール:ダイナーから既読が来てないね、どうしたんだろう?』

『クロッパ:まだ6時半だよ。寝てるんじゃない?』


 ティールはふと窓の外を見た。太陽が徐々に顔を出しているが、雲もちらほら見えていた。

(ダイナー、大丈夫だよね?)

 ティールは不安げな気持ちを抱きながら、ベッドの上で横になり、スマホでSNSを見始めた。


 しばらく時がたち、ティールが持っていたスマホから通知の音が鳴った。

『クロッパ:ダイナー起きてる? もう10時だよー』


 ティールは再び外に飛び出していた。高く昇っているはずの太陽は、雲によって覆い隠されていた。

 やがてダイナーの家が近づいてくると、その前にもう一匹の影があった。

「あ、クロッパ!」

 ティールが呼ぶと、その影はこちらを振り向いた。

「あ、ティールも来たんだ」

「やっぱり反応ないの?」

「……インターホンならまだ鳴らしてないよ」

 クロッパがそう言うと、インターホンを鳴らした。

 しばらくすると、ダイナーの母親が顔を出した。そして申し訳なさそうに話し始めた。

「あら、キミたちは……。ごめんなさい、ダイナーなら昨日から寝込んじゃって……」

「えっ!?」

「……」

 クロッパは驚きの声を上げ、ティールは黙ったままうつむいていた。

「もしかして、熱でも出たんですか?」

「熱はないみたいだけど、ちょっと、うなされているみたいで……」

「そうですか……、お大事にしてください」

 クロッパはそう言うと、ダイナーの母親は家に入っていった。

「ダイナー大丈夫かな? まだサッカーの試合が残ってるのに……」

 ティールが心配そうに言った。

「幸い、次の試合は3日後だ。それまでに元気になってくれるといいけど、もし治らなかったらダイナーなしで試合かな……」

「……」

 二匹はしばらく黙って立ち尽くしていた。すると、クロッパが口を開いた。

「ねえ、これからコンビニ行かない? ダイナーが好きなお菓子あったでしょ。ほら、ウエハースとサッカーのアニメキャラのシールが入ったやつ」

「バルブリッジのこと?」

「そうそれ! 何個か買って持って来ようよ」

「……悪くはないけど、こういうときって菓子折りじゃない?」

「ティールお金あるの?」

「ない」

「じゃ決まりだね。行こっ」

 そして二匹は静かに歩き出した。


 コンビニの中はクーラーが効いていて、暑さから逃れるように入ってくる客も数匹いた。

「ダイナー、早く良くなるといいな」

「そうだなぁ……、あ、あった」

 ティールはそう言うと棚からバルブリッジのキャラクターが全面に描かれたパッケージを取り出した。

「ダイナーが持ってるやつとダブってないといいけどね」

「あ、それ考えてなかったなぁ。ほかに何か買っとく?」

「うーん……お金が」

「ボクも出すからさ」


 ドサッ!

 ティールがパッケージを眺めていると、上から何かが落ちて来た。それは、夢の中で見た黒猫だった。

「伏せろ!!」

「え?」



 ドガアアアァン!!



 突然、店内が爆発した。

「うわぁ!!」

 店内は一瞬にして熱気と灰に覆われ、最悪な状況になった。爆発音は外にも届き、辺りは騒然となる。


 ティールはその場で四つん這いになり、倒れてきた棚を背中で支えていた。そして、クロッパはティールの体の下で呆気にとられていた。

「……だ、大丈夫?」

 ティールが聞くと、クロッパは静かにうなずいた。そして棚を背中から慎重に降ろし、立ち上がった。

「あっ、煙吸っちゃうから立っちゃダメだよ。地面の近くは煙が少ないんだ」

 クロッパが忠告すると、ティールは素直に言うことを聞き地面に伏せた。

「ねぇ、そこにいるのは誰? 助けてくれる?」

 どこからか澄んだきれいな声が聞こえた。

「えっ?」

 ティールは驚きつつも声のする方へ進んだ。すると、そこには見覚えのあるトカゲが瓦礫の下敷きになっていた。

「イズマさん!? どうしてここに……」

 ティールがそう言うと、イズマと呼ばれたトカゲは困ったように微笑んだ。

「私だってサッカーがなかったらただの一般獣よ。それより、この瓦礫どうにかできない?」

「……ボクにはどうにもできそうにないです」

「そう、やっぱり救助隊を待つしかないわね」

 イズマはため息をつくと、瓦礫の下に埋まっている自身のスマホを片手で器用に取り出した。

「いて……。この前の【テッパン】の爆破事件と同じ犯人かしら?」

「でしょうね、一体なぜ……」

 すると、煙の中から先程の黒猫が現れた。

「ったく、派手にやりすぎだろ……」

「ネイル! 無事だったんだ」

 ティールが嬉しそうに言った。

「このくらいじゃくたばらないって。それよりティール、とそこのイズマ。ここから動くなよ」

 そう言うと、ネイルは店の外へ飛び出していった。

「えっ、ちょっと! どこいくの!?」

「……今の子、知り合い?」

「あ、はい。ちょっと変わった子で……」


 数分後、爆発を聞きつけた救助隊員たちがやって来た。

 救助隊員たちは手際よく店の中に入り、生存者を探し始めた。やがて、ティールとクロッパの姿を見つけると、出口へと誘導した。イズマはというと、下半身を潰している瓦礫をどかすために手間取っていた。ティールとクロッパが外に出ると、そこには多くのやじ馬たちが押しかけていた。

「ねえねえ、何があったの?」

「またコンビニで爆発だって」

「マジで? なんか最近やばくね?」

「テロかな?」

 そんな声が聞こえる中、ティールたちは救助隊と話していた。

「ケガはないかい? 体調は?」

「大丈夫です」

「それは良かった。申し訳ないけど、状況を聞きたいからしばらくここで待ってくれるかな?」

「はい」


 そして一時間ほど経ち、イズマが姿を現した。救助隊の人たちの肩に手をかけ、なんとか前に進んでいる。

 すると、人ごみの中から数匹の獣が飛び出してきた。

「キャプテン!!」

 先頭にいた一匹のネコが叫んだ。その声に反応してか、他の獣たちも一斉に駆け寄ってきた。

「みんな! 来てくれてありがとう」

「よかった……本当に心配してたんですよ」

「ごめんね。もう大丈夫だから」

 イズマが笑顔で言うと、後ろから救急隊が担架を持ってやってきた。

「今から病院に搬送します。あとはお任せください」

 そしてイズマは救急車に乗り込んだ。一行はその後ろ姿を見送っていた。

「キャプテン、明日の試合大丈夫かな……?」

「キャプテンなら大丈夫よ。きっと」

 その獣たちは口々に言っていた。


 それから、ティールは店内の様子を救助隊や警察に正直に話していた。やがてティールの母親やクロッパの両親も現れた。

 そして一時間ほどで解放され、各自自宅へと帰っていた。

「ティール、大丈夫?煤まみれじゃない……」

 ティールの母親が心配そうに尋ねた。

「うん、大丈夫だよ」

「今日はもう家でゆっくり休んでてね……」

「わかった」

 ティールは家に帰ると、すぐに風呂に入り、そのままベッドに横になった。


 ー◆◆◆ー


 ティールは夢の中で、高くそびえる丘の上に立っていた。すると、そこにネイルが飛び寄ってきた。

「よう、ティール」

「ネイル、何か知ってるんでしょ? あの爆発のこと」

「……まぁな。でも、それよりも先にやることがあるんだろ?」

 ネイルのその問いに対し、ティールは静かにうなずいた。

「それなら決まりだ。時間はそんなにない。行くぜ!」

 ネイルはそう言うとティールの体内に入り、ティールは紫色の姿になった。

 そしてティールは丘から飛び降り、悪夢の世界へ向かって行った。

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