EP.3 悪夢の始まり
ついに待ちに待ったエルートカップが開催された。
年に一度のサッカーの大会であり、優勝すると全国大会への出場権を得ることができる。
会場であるスタジアムには、多くの観客が足を運んでいた。
「いやー、初めて来たけど、凄い数の観客だね」
黄色い犬のティールが辺りを見渡しながら言った。隣にいる友達のクロッパも頷いた。
「地元の獣たちも来てるけど、チームのファンとか家族とか、あとは単なるサッカー好きも来てそうだよね」
「クロッパはこういうとこ来るの初めて?」
「うん、サッカーどころかスポーツに興味なんて全然ないね。でもダイナーが出るなら応援しに行かないとね」
クロッパはクラスメートのためだけに来ていた。
『それでは、選手達の登場です!』
やけにハイテンションなナレーターの声のあと、選手たちが登場する。全部で12チーム、144匹もいる中、ティールは見覚えのある姿を見つけた。赤いたてがみを持つワニ、ダイナーだ。ここからは遠いけど、普段見慣れているクラスメートの姿を捉えるのは簡単だった。
「あ、あれがダイナーじゃない?」
「え、本当? どこどこ?」
クロッパは身を前に出して、ダイナーを探した。
「ほら、右らへんの一番前」
「えーっと、あ、いた!」
どうやら見つけたようだ。ダイナーのチームがエルートカップに出場するのは初めてだが、優勝すると強く意気込んでいた。
開会式が終わり、早速試合が始まる。両チームがコートの中央に並ぶ。
「あれ!? いきなり前回の優勝チームが相手なの?」
クロッパが驚いて言った。よく見てみると、前にテレビで見たクロバースだった。キャプテンはイズマ。テレビで見たとおり、細見で背の高いトカゲだった。自信ありげな表情をしているダイナーを、イズマは落ち着いた顔で見据えていた。
審判の合図で試合が始まり、それぞれのポジションに向かって行った。
前半は両チームとも譲らず、0-0で終わった。
「いやー、ダイナーのチームは凄いね。優勝候補のチームと互角なんて。これなら本当に優勝できるかもしれないね」
クロッパが感慨深そうに言った。ティールも頷いた。
「あ、ティール。お腹空いてない? ちょうど近くに売店あるから、何か買ってこようか?」
確かに、お腹空いてきたかもしれない。
「うん、軽くサンドイッチとかでよろしく。なかったらおにぎりで」
「オッケー、ティールは座ってのんびりしてるといいよ」
クロッパはそう言ってスタジアムから一回出た。
ティールは特にすることもないので、サッカーコートの白い線を目でなぞる謎の遊びをしていた。
「──るよな」
不意に、誰かの声が聞こえた。ティールは顔は向けずに、声だけ聞くことにした。
「ああ、明らかに。クロバースの力はこんなものじゃない」
「新人チームだからか? まぁ、後半は本気出すんじゃね?」
「さぁな。ここで負けても、次で勝てばトーナメントには行けるし、花を持たせるためにわざと負けるかもな」
「いや、流石にないだろ。無敗の記録をわざわざ崩してまでやることじゃない」
「それもそうか。ところでさ、昨日お前に送ったエロ画像見たか?」
……ここで聞くのをやめた。
後半かぁ、どうなるんだろう。
『ゴォール! 後半開始早々、クロバースが決めたぁー!』
一瞬のことだった。ダイナーのチームが持っていたボールはあっさり奪われ、そのままゴールを決められていた。
ティールとクロッパはあまりの展開についていけず唖然としていたが、会場からは歓声があがっていた。
「そんな、あんなに簡単にゴールされるなんて……」
クロッパは明らかに動揺していた。その後もゴールを2点決められ、0-3で後半戦の半分が終わった。
『クロバースは前半では手加減をしていた』
さっきの休憩で聞こえた声が、再びボクに語りかけてきたような気がした。黒くて冷たい何かが。
……いや、何を考えてるんだ、ボク。
気を取り直してコートを見ると、ダイナーのチームの様子が変わっていた。前にいるはずの選手が後ろに下がっている。
「あれ、みんな後ろに下がってない?」
「うん、多分守りに徹してるんだ」
そう話していると、ダイナーがイズマの持っているボールを奪おうと走っていた。ダイナーがボールに足を伸ばすが、イズマはボールを宙に浮かし、華麗な動きで避けた。
「させるか!」
ダイナーは伸ばした足で地面を踏み、片方の足をボールに向けて高く上げた。するとイズマは上半身を地面につけて足を上に伸ばし、ボールを高く持ち上げた。その異様な光景にボクは目を疑った。
「ほえー、体柔らかいね、イズマさん」
会場からも歓声があがる。
『でたー! キャプテンのイズマが披露する【魅せるサッカー】だ! 繊細なボールさばき、実況の私も目が釘付けです!』
イズマはボールをパスして、元の姿勢に戻った。その後ダイナーとイズマがほんの数秒だけ顔を合わせていたが、こちらからダイナーの顔は見えなかった。
結局、ダイナーのチームは1点も取れず、0-5で試合が終わった。
ティールたちは真っ先にダイナーの元へと向かった。
「ダイナー!」
ダイナーはゆっくりと振り向いた。そこにはいつもの元気な姿はなかった。
クロッパが話しかけ始める。
「凄かったじゃないか、いや、後半はあれだったけど、前半は同点で凌いでたじゃん! チームメイトも真剣だったしよくやってたと思うよ。あ、そうそう。クロバースに0-5で負けるのってよくあることなんだってさ。だから相手が強すぎたんだよ。だから──」
「悪い、今は一匹にしてくれ……」
ダイナーは一言で会話を打ち切った。クロッパはばつが悪そうに後ろに下がった。
「ダイナー」
ティールが話しかけた。ダイナーはこっちを見ていた。
「お疲れさま」
一言だけ言った。ダイナーは黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「ありがと、ティール」
その日の夜。ティールはベッドの上で無断転載されている大会の様子をサイトで見ていた。確かに、クロバースの動きは前半と後半で明らかに違っていた。やっぱり、手加減してたんだな。それにしても、後半のクロバースは強かった。優勝するためには、このチームを倒さないといけないのか。そう考えると、ダイナーの夢は相当ハードルが高いものなのかもしれない。
……そろそろ寝ようか。ティールは布団に潜り、目を閉じた。
ー◆◆◆ー
「は? どこだよここ……」
ダイナーは禍々しい森の中に立っていた。あたりは薄暗く、上を見ると大量の紫色の雲が空を這っていた。周りに立っている木はドス黒く、異様に細長い。さらによく見ると、動いている。
後ろからカサカサと音がした。ダイナーは振り向いたが、それらしいものはなかった。
カサカサ。
また音がした。
今度は横から。
カサカサ。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカワカサカサカサカサ力サカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサガサカサカサカサカサカサカサカサカリカサカサカサカサカサカサ刀サカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
「グワッ…」
あまりのうるささにダイナーは耳をふさいでいた。
『これでわかったでしょ?』
耳元で誰かが話しかけてきた。しかし、振り向いても誰もいない。
『キミの夢はもう達成不可能なんだ。潔く諦めたほうが良いよ』
「いや、誰だよお前……」
ダイナーは姿の見えない声に話しかけた。
『ボクは、現実を教えてあげてるだけだよ。叶わない夢があるってことをね』
「ふざけんなよ、俺はまだまだやるぜ」
『無理無理、どうやったってあのチームには勝てないよ』
「……なんで知ってるんだよ。てかどこにいるんだよ。さっさと出てこい!」
『そんなに出てきてほしい? しょーがないなぁ』
突然、周りの木が一斉にダイナーに手を伸ばしてきた。
「え、ちょ」
ダイナーは地面に押さえつけられ、黒色の樹液が体を包んでいく。
『この木はキミがさっき戦った相手だよ。勝てるかい?』
ダイナーは必死にもがくが、体が全然動かない。それどころか声もでない。次第に樹液がダイナーを完全に包み、ダイナーは消えてしまった。
『まぁ、しばらくは悪夢の世界をゆっくり謳歌してなよ』
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