EP.2 世界の異変
「また会うことがあったら、よろしくな」
ティールはこの言葉が頭から離れないまま、ベッドから起き上がった。
ティールは黄色い犬のような動物で、耳は肩のあたりまで垂れていて、胴体よりも長いしっぽを持っている。
「……夢、だよね?」
小さくつぶやいたティールはベッドから降り、台所へ向かった。
「ティールおはよう、昨日はどうしたの?」
台所につくとティールの母親が話しかけてきた。ちょうど朝食を作っているようだ。その母親は灰色の犬で、身は細く、しっぽは腰から太もものあたりまでの長さ。
「昨日?」
「ほら、寝るのだいぶ早かったじゃない。疲れてたの?」
ティールは昨日のことを思い出していた。昨日は黒猫を助けようとしたらその黒猫が消えて、さらにその黒猫が自分の夢の中に現れてきた。
「…うん、疲れてたみたい」
「そう、あまり無理しないでね。ご飯できたわよ」
母親は二人分の朝食を机の上に置き、それぞれ配った。崩した卵とツナマヨを乗せて焼いたトースト、にんじんと大根のスープ、ミカンジュースだった。
「今日は予定ないの?」
母親が聞いてきた。
「うん、次は明後日かな」
「明後日はダイナー君のサッカーの試合の日だね。見に行くんだね」
「まぁね。友達だし」
ティールはトーストをかじり始めた。母親も食事につく。
両者とも食べ終わるころ、
「そういえば、昨日のニュース見た?」
再び母親が聞いてきた。
「昨日? 何のニュース?」
「ほら、すぐそこの【テッパン】が爆破されたってニュース」
「うっ、そういえばあったね…」
ティールはイヤそうな顔をした。というのも、昨日ティールが早く寝た理由は黒猫の件もあるが、もう一つは例の爆破のニュースのこともあったのだ。
「まだ犯人捕まっていないみたいだし、ティールも気をつけてね」
「うん、まぁ、今日は家にいるけど」
朝食を終えたティールは自分の部屋に帰り、机の上に置いてあったスマートフォンを手に取った。
「……あれ、クロッパ?」
スマホの画面をつけて最初に見たものは、ティールのもう一人の友人であるクロッパからの着信だった。そこにはこう書いてあった。
<ティール、突然ゴメン。今日も集まれる? ダイナーも誘ってる>
「ごめんお母さん、友達が来てほしいって言ってるから今日も行ってくる」
「あらそう、昼から?」
「うん、いつもの時間」
「わかった。気をつけて行ってきてね」
そしてその日の昼、ティールが公園に向かうと、ダイナーとクロッパがそこで待っていた。
「おう、ティール。これでそろったな」
ダイナーが言った。ダイナーは赤いたてがみを持ったワニのような動物、クロッパは頭に傘のような飾りを持った動物である。
「クロッパ、今日はどうしたの?」
ティールがクロッパに聞いた。
「今日はね、とっても面白いもの見つけたから見せたかったんだ」
「面白いもの?」
「ティールとダイナー、【テッパン】が爆破されたってニュース見た?」
「ん、まぁ、見たけど…」
ティールは複雑な心境だった。【テッパン】のことはあまり考えたくなかったのだが、こんなところでまでこの話題を聞くことになるとは思わなかった。
「【テッパン】の件でSNSがちょっと盛り上がっwww、ててねw」
クロッパが笑いながら言った。
「まーたネットか。ほんとすぐ見つけてくるよなクロッパ」
ダイナーが呆れ気味に言った。
「まぁ聞いてよ。残念なことに、【テッパン】の店長さんが亡くなったんだけど…」
「タットさんだっけ?」
「トットさんね。はいここで、この方のSNSを見てみましょーうw」
クロッパはそう言うと、ティールたちにスマホの画面を見せてきた。そこには、
<うちのバイト先が爆破wwwwしかも店長死んだのwwwwww
あはっwマジでウケるwwざまぁwwww>
こう書いてあった。
「うっわ、これ炎上したろ」
「うん、ただいま絶賛炎上中。いまではSNSの人気者。
いろんな人からコメントが殺到してるよ。例えばこれとか…」
<うわ、こいつこんなことよく平気で言えるな>
<死者がでてるのにこんなこと言うとか獣としてあり得ない>
<何がそんなに面白いんですか?>
<こいつが犯人なんじゃねぇの?>
クロッパ<おめでとう、炎上したね☆>
「クロッパもコメントしてんのかよ」
「うん、その場のノリでついうっかり」
「ついうっかり火に油を注ぐなよ…」
「で、さっきコメントにもあったけど、この獣が犯人じゃないかって言われ始めてるんだ」
「まぁ、そうなるわな」
「でもこの獣、昨日は仕事休んでバカンスに行ってたんだよね。ほらこれ」
<今日は仕事休み。リゾート地でバカンスバカンスバカザンス~wwwww>
(+観光スポットで自撮りしてる写真)
「顔まで晒してんのかこいつ…w」
「将来かーなり生きづらいよーきっと」
「そういえば、なんで【テッパン】って爆発したんだろう?」
ティールがふと尋ねてた。
「え? 爆弾か何か置いてたんじゃねぇの?」
ダイナーが答えた。
「でも不審なものはなかったんでしょ?」
「そうだっけ? 俺そこまで詳しく聞いてないからさぁ」
「言われてみれば、そこらの情報は全然報道されてないね」
クロッパが言った。
「それじゃあさ、【テッパン】の近くまで行ってみようぜ!」
突然ダイナーが言い出した。
「ええー、警察とかで門前払いされるのがオチだよ」
クロッパが冷静に返していた。
「とにかく行くだけ行ってみようぜ! おら、行くぞ!」
ダイナーはそう言って一匹で走って行ってしまった。
「…えーと、どうする?」
ティールが聞いた。
「…うん、呼んだのは僕だし、行こっか」
ティールとクロッパは歩いて【テッパン】に向かって行った。
【テッパン】は昨日の爆発のせいで壁ガラスはすべて割れ、店内が丸見えだった。瓦礫やガラス片などは落ちておらず、代わりに白い線がところどころひかれていた。店内には数匹の捜査員とみられる動物が歩き回っていた。皆そろって青い制服を着ていた。
そこにティールたちが現れた。クロッパは歩きスマホをしていた。
「テレビでしか見たことなかったけど、大変なことになってるね…」
ティールが【テッパン】の惨状を見て言った。
「…あれ、ダイナーは?」
ティールが辺りを見渡したが、肝心のダイナーの姿が見たらなかった。ふとティールは、捜査員の一匹であるサイと目が合った。ほかの捜査員より一際大きくて、鼻の上に太い角が1本生えていた。サイがこちらに歩いてきた。
「お前らも野次馬か?」
サイが話しかけてきた。
「え!? あ、いやー、そうじゃなくて、えっと、あのー……」
サイに全然気づいてなかったクロッパはかなり驚いている。
「あの、ここに緑色のワニの子供が来ませんでしたか?」
ティールが助け船を出すように質問した。
「ああ、さっき来てたぞ。無理矢理店に入ろうとしてたから追い出したところだ」
「はぁ、ダイナー……」
ティールが呆れたようにため息をついた。
「……にしても、すごいことになってますね。初めて見ますよ、こんなの」
ティールがさりげなく聞いた。
「まぁ、な。私も長年捜査官やってるが、こんなことは初めてだ」
「どうして爆発したんですか?」
「それが分からないからこうやって捜査してるんだ」
クロッパがスマホを店に向けて、写真を撮ろうとしていた。
サイの捜査官がそれに気づいて、スマホのレンズを手で覆った。
「撮影は遠慮願おうか」
「あ、いや、ネットでも写真撮ってる人いたから…」
「知ってる。だが許可したら野次馬が湧く。スマホはしまいな」
クロッパは渋々スマホをおろした。
「SNSで炎上してる人いましたね。もう話聞きに行ったんですか?」
ティールがそれとなく聞いた。
「炎上以前に関係者、店員だからな、当然だ。さぁもういいだろ。家に帰りな」
サイの捜査官はそう言って、店に戻っていった。
「……はぁ、ドキドキした」
クロッパは軽くため息をついて言った。
「うん、ボクもだよ」
「……あ、ダイナーどこ行ったんだろう?」
「あ、聞くの忘れてた」
ティールは店の方を見た。サイの捜査官はもう店に入っていた。
「すみませーん! ワニの子供どこ行ったか知りませんかー!?」
ティールが叫んだ。そこにいた捜査員たちが一斉に振り向いた。
「ちょ、ティール……」
クロッパは唖然としている。
「あっちの方に走って行ったよ」
一匹の捜査員が公園の方を指して答えた。
ティールはおじぎをして、公園の方に走り出した。
「……ティールが一番怖いよ」
クロッパも後を追いかけた。
ティールとクロッパが公園に着くと、ダイナーがアスレチック系の遊具で遊んでいた。ダイナーがこちらに気づいたらしく、遊具から飛び降りて走ってきた。
「おかえり、やっぱ追い出されたろ?」
ダイナーが聞いた。
「いきなり店に入ろうとするほど僕たちはバカじゃないよ」
「…まさかこっそり見てた?」
「いや、警察の人に聞いた」
クロッパはそう言って、どこからか【ココ・コーラ】を取り出して飲み始めた。
「あ、俺にもくれよ」
ダイナーが欲しがった。
「やーだ、自分で買って来なよ」
「いいじゃねーか、どうせ何本も持ってんだろ?」
「持ってないもーん」
「はぁ。……それで、何か分かったのかよ? 警察に話聞いたんだろ?」
「うん、警察の人も何も分かんないってことが分かった」
「ふーーん……」
ダイナーは近くのベンチに落ちるように腰かけた。
「なーんか気になるなぁ、なんかヤバいものでも隠してそうな感じだよなぁ」
「やばいもの?」
クロッパが聞いた。
「だーってさ、警察って捜査のプロだろ? 何も分からないはずねーじゃん? 分からないって嘘ついて隠してるに違いねーよ」
「警察も万能ではないと思うけどなぁ……」
しばらく沈黙が続いた。ダイナーは深く考えているようだ。
ふとティールが口を開いた。
「ダイナー、明後日はサッカーの試合でしょ? 今はそっちに集中しなよ」
ダイナーははっとした様子でティールの方を見上げた。
「あっ、そうだった! こんなことしてる場合じゃねぇ!」
ダイナーはベンチから立ち上がった。
「考えたってどうにもならないんだ! 今はサッカーに集中だ!」
その日の夜、家に帰ってきていたティールは部屋のテレビでニュースを見ていた。
「年に一度のサッカーの祭典、エルートカップの予選まであと2日! 今回私たちは強豪チームである【クロバース】のキャプテン、アズマさんにインタビューを
行いたいと思います」
テレビ画面にはマイクを持ったアナウンサーと、キャプテンらしき細身で背の高い紫色のトカゲが映っていた。
「アズマさん、【クロバース】と言えば、毎年予選では優勝し、本戦ではトップ4に入るほどの強豪チームですよね?」
「まぁ、そうですね」
アズマの声は落ち着ている様子だった。
「特にアズマさんは、チームの中で最もゴールを決めているストライカーであると」
「確かにそうですが、私だけでは【クロバース】の力は引き出せません」
「というのは?」
「私自身、守備が苦手なので、チームメイトのカワズやルーマに任せているんです」
「なるほど、サッカーはゴールに目を奪われがちですが、守備にも注目する点がありそうですね」
ティールはあくびを一つした。時計を見ると、22時を過ぎたところだった。
「ところで、今年から予選に新たなチームが加わることをご存じですか?」
「はい、【ファングスレイヤー】ですね」
ふとティールが顔を上げた。
「新人チームですが、注目する選手はいますか?」
「そうですね、緑色のワニの子ですね」
「キャプテンのダイナーですね」
「あの子は特にセンスが良いです。あまり油断はできないチームです」
「アズマさんも注目するチームだということですね。エルートカップは今年も盛り上がりそうです」
そしてニュース番組は、別のニュースを流し始めた。
しばらくして、時計の針が23時を過ぎるころ、ティールはテレビを消し、ベッドで眠りについた。
ー◆◆◆ー
ティールが目を覚ますと、そこは森の中だった。木から生えている葉は青と紫で、地面は少しぬかるんでいて、不気味な雰囲気だった。
「あーー、また夢の中かな?」
すると、そこに一匹の生物がこちらに飛んできた。黄色の丸い物体に短い手足が4本生えていて、目もそこについていた。頭にトンボのような4枚の羽根が付いていて、それで空を飛んでいた。
その生物はかなり焦った様子でティールの方に飛びついてきた。
「おねがい! かくまってー!」
「え?」
ティールが前を見ると、数匹の黒い生き物がこちらに走ってきていた。
太い手足には黄色の線の模様が入っていて、顔は顎がしゃくれている。そして頭にはモヒカンのような大きな飾りがついていた。手にはこん棒のようなものを
持っていた。素材はよく分からない。
「おい、そこのわんこちゃん! ちょっと殴らせろぉ!」
その黒い生き物は叫びながら走ってきていた。
ティールは黄色い生き物を抱いて一目散に逃げ出した。
「な、何なのあいつら!?」
「悪夢の連中よ!」
「あ、悪夢!?」
ティールが聞いた。今思えば、昨日の黒猫のネイル以外に夢の世界の住人に会ったことはなかった。
「本当は遠い悪夢の世界にいるんだけど、最近こっちの世界に頻繁に来るようになったの! そのせいで綺麗だったここも酷く荒らされて…」
「そ、そうなんだ……、あっ!」
不幸なことに、ティールが逃げる方向にも同じ黒い生き物が立ちふさがっていた。
「グルッフッフw、追い詰めたぜわんこちゃんよぉ」
黒い生き物が不気味に笑いながら言った。
「あー、どうしよこれ……。無理にでも夢から起きて脱出しようかな?」
「ちょっと! それだと私が残されるじゃないっ!」
「そっか、うーーん……」
ティールは周りを見渡した。黒い生き物が6匹、すっかり囲まれていて、逃げられるような道はなかった。
「お前、現実世界の住人だな。ここはもう悪夢の世界になったんだよ」
黒い生き物の一匹が話しかけてきた。
「なんでこんなことしてるの?」
ティールが黄色い生き物を抱えながら聞いた。
「土地が欲しいからだよ!」
「そうだ! お前ら土地余ってんだろ? ちょっとくらいくれたっていいだろ!」
「こっちはもう足りなくなってんだ!」
黒い生き物たちが口々に言い始めた。
「だからって、私たちが住む世界を奪わなくたっていいじゃない!」
黄色い生き物が叫んだ。ただし、そんなに大きな声は出なかった。
突然ティールは後ろから殴られ、地面にたたきつけられた。
「平和ボケしてて戦い方が分からないやつから奪うのが手っ取り早いんだよ!」
「そこのわんこちゃんもどうせ現実じゃのんきに暮らしてるんだろ?」
「どれだけ口が達者でもひ弱じゃ何もできないんだよ!」
黒い生き物は容赦なくティールや黄色い生き物を蹴ったり殴ったりしていく。ティールは痛みに耐えながら必死に耐えていた。
「うう、私が正しいはずなのに、どうしてこんな奴らに負けるんだ……」
黄色い生き物がつぶやいた。
突然、ティールの体が輝きだした。
「うおぁっ!? 眩し!」
「なんだぁ!?」
黒い生き物が驚き、後ろに飛び退いた。
ティールからの光が止み、ティールが自分の姿が変わっていることに気づいた。所々に水色の模様があり、胸に赤い宝石が埋まっていた。身体やしっぽも一回り大きくなっていた。
「こ、これって昨日の!」
(わりー遅くなった。まさかピンポイントでここに飛ばされてるとはな……)
どこからか声が聞こえた。
「ネイル! またボクの体乗っ取ったの!?」
(乗っ取るなんてしないさ、ちょっと借りてるだけー☆)
「昨日も思ったけど、ちょっとどころじゃないでしょー!」
ティールが大声で抗議した。
その様子を黒い生き物たちはぽかんと見ていた。
「なんだこいつ、なんか色が変わったぞ!?」
「しかもなんか一人で喋ってるし、きもっ」
黒い生き物が騒ぎ出した。
「ひ、一人で?」
(あー、オイラの声、ティールにしか聞こえてないから)
「……それ早く言ってよ」
一匹の黒い生き物がティールに殴りかかってきた。
ティールの体は素早く生き物のそばに近づき、振りかざしてきた腕をつかんで投げ飛ばした。
「こいつ、さっきまでと動きが全然違うぞ……」
黒い生き物がざわつき始めた。
「な、何今の?」
ティールも状況がよく分かっていない様子だった。
(オイラが代わりに戦ってんだよ)
「ボクの体で?」
(今はオイラの体だ。ちょっと付き合ってくれよ)
「え、ちょっと待っ──」
ティールの体が動き出した。一瞬で黒い生き物の前に移動し、頭を上から掴みしゃくれた顎を地面にたたきつけた。後ろから二匹の黒い生き物が襲い掛かってくる。ティールは素早く身を反対に向け、振り下ろされた武器を片手で一つずつ受け止めた。そのまま前に、二匹の間を通るように進み、ついでに足元をすくいあげ転ばせた。
黄色い生き物はその様子を離れた場所で見ていた。
「……すごい」
「こいつ、なかなかやるな……。おい! フォーメーションだ!」
黒い生き物が叫ぶと、ティールの周りをぐるりと取り囲んだ。
「6方向同時攻撃だぜぇ。もう逃げ道はないぜぇ」
黒い生き物たちがじりじりと距離を詰めてくる。
「どうするの、これ?」
ティールが小声でつぶやいた。
(なーに、まかせとけって)
ネイルと呼ばれている声が笑いながら返事した。
「かかれぇ!」
生き物たちが同時にティールに飛びかかり。武器を振り下ろした。
次の瞬間、そこにティールはいなかった。生き物たちは何が起きたか分からずに辺りを見渡していた。
ふと、一匹の生き物が空を見上げた。
「なっ、上だ!」
ティールは猛スピードで上空から落ちてきていた。ティールの表情は落下の恐怖で引きつっていて、うっすら涙も見える。
(逃げ道はない? 上がガラ空きじゃん)
ネイルが言ったその直後、ティールは地面に激突した。まるで雷が落ちたかのような衝撃が広がり、大きな音が森全体に響き渡った。
(もう終わり? つまんね)
ネイルは退屈そうに言った。ティールは心底疲れた様子でその場に座り込んでいた。黒い生き物は全員地面に倒れていた。
「ボクまで殺す気?」
ティールは声を絞り出して言った。
(だいじょーぶ。現実世界から来たお前は夢の中じゃ死なねーよ)
「そういう問題じゃなくて、うわっ!?」
ティールは突然しっぽを引っ張られた。後ろを見ると、黒い生き物の一匹がしっぽをつかんでいた。
「このやろう、ふざけやがって。このしっぽぶった切ってやる……」
その生き物は怒りに満ちた声で唸った。
(あーあ、やっぱしっぽジャマなんだよなー。いっそ切ってくれよ)
ネイルがめんどくさそうに言った。
「俺たちをコケにした罰だ、くらいやが──、ぐわっ!?」
ティールはしっぽを思いきり高く持ち上げた。生き物はしっぽをつかんだまま離すことができず、そのまま持ち上げられてしまった。
(お、今のはオイラじゃないぞ。やるじゃんティール)
「だってしっぽ切られたくないし」
ネイルが感心した様子で言い、ティールが返事した。
「ああああああああ!! わかった! わかったから! 降ろしてくれ!」
生き物がしっぽにしがみついて言った。ティールはゆっくりとしっぽを降ろし、生き物は地面に着地した。
「くそっ、何なんだお前!」
生き物はそう言うと一目散に逃げだした。
(……やさしいな、ティール。オイラなら構わず地面に打ち付けてたな)
「そこまでする必要ないでしょ」
黄色い生き物がティールのそばに飛んできた。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、うん。一応」
「良かった。強かったんだね、キミ」
「あっ、えっとー、それは……」
ティールは返事に困っていた。ネイルの力を借りて戦っていたいたからだ。
(ちょっとネイル、出てきてよ!)
ティールは心の中でネイルに話しかけた。
(ん、なんで?)
(だってこの子が助かったのってネイルのおかげでしょ)
(あー……、いーじゃん。ティールの手柄にしときな)
(えー? それでいいの?)
ティールは少し納得がいかないようだ。
「ありがとう、それじゃ、私急いでるから!」
黄色い生き物はそう言うと、どこかに飛んで行ってしまった。
ティールはそれを黙って見送った。
(最近、さっきみたいな連中が夢の世界を荒らして周ってるんだ)
ネイルが話しかけた。
(うん、そうらしいね)
(放っておくと、夢の世界がめちゃくちゃにされてしまう)
(うん、そうだね)
(だから、オイラたちでやつらをやっつけるんだ。頑張ろうぜ!)
(うん、……えっ、なんて?)
ティールは驚いて聞き返した。
(いや、だから、ティールとオイラで夢の世界を守るんだよ!)
(ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてボクまで巻き込むのさ!?)
(どうしても仲間がいるんだよ、オイラだけじゃとても無理だ)
(ほかの獣じゃダメなの?)
(色々見て周ったが、ティールが一番適任だ。素質も体力もある)
ネイルは説得を試みるが、ティールはどうも乗り気ではないようだ。
(……悪いけど、夢の世界がどうなってもボクには関係ない)
(いや、関係あるぞ。やつらに夢を荒らされたら、見る夢は全部悪夢だ)
(それでも良い、どうせ夢だし)
(ティールは良くても、友達が困るだろ? ダイナーとクロッパだっけ?)
(……)
(まぁ、毎日戦うことはないさ。オイラがたまに会いに行くぐらい。
これでいいだろ? な?)
(うーん……、本当にそれだけ?)
(おう、そうする)
次の瞬間、ティールの体から黒猫のような生き物が出てきた。濃い紫色でしっぽは短く、所々に水色の模様がある。胸には赤い宝石のようなものが埋まっている。ティールの体は元の黄色の姿に戻った。
突然、ティールは前回と同じ吸い込まれるような感覚に襲われた。
「そろそろ起きる時間だな」
その黒猫が話しかけた。
「そうみたいだね」
「また今度会おうな」
「もう戦うのはこりごりだけどね」
ティールの意識がだんだんと薄れていく。
今日も変わらず、朝が来る。
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