四 : 思いと思い(5)-信長、入城
十重二十重と囲んでいた門徒勢を一掃した天王寺砦の面々は、正門前に整列して救援に赴いた味方の到着を今か今かと待っていた。その列の一番前には守将の明智光秀と佐久間信栄が
天王寺砦に籠城する明智・佐久間の両勢、若江城に結集した織田勢、合わせて六千の兵で二倍以上の本願寺勢を追い払った。これは
やがて――永楽通宝の旗印を掲げた一団が近付いてきた。金塗りの唐傘も見える。その先頭でゆるゆると進んでくるのは、紺糸
「上様……」
その姿を目にした光秀は感嘆の吐息を漏らすと、不覚にも涙で視界がぼやけた。敵中で孤立して救援が来るか分からない中、今日明日にも砦が落ちるかも知れないという恐怖を抱えながら戦ってきたのは、正直に言って非常に辛かった。その辛苦が報われたと思うと、涙腺が緩んでも仕方なかった。
光秀は掌で目を拭うと、下馬して信長を出迎えた。信栄もそれに倣う。頭を下げる光秀と信栄の姿に、信長も馬から下りて二人の元に歩み寄る。
「十兵衛、甚九郎……よく、持ち堪えてくれた」
「ははっ……!!」
普段は面と向かって家臣を褒めない信長から思いがけない労いの言葉を掛けられ、光秀と信栄はさらに頭を深く下げる。信長の甲冑は返り血や砂埃で汚れており、総大将自ら激戦の中にあった事を如実に物語っていた。
ふと、信長の左脛の外側に傷が付いているのを光秀が見つけた。その傷は刀や槍の切り傷ではなく、鉄砲が掠めたような痕だった。
「上さ――」
光秀が声を上げようとした瞬間、信長が手でその口を塞いだ。そして、いつもと変わらない口調で信長が告げた。
「十兵衛、後で二人きりで話がしたい。部屋を用意せよ」
「はっ……」
畏まる光秀を
「上様を
「……畏まりました」
総大将の健康状態は言わずもがな最高機密である。敵に洩れるのは勿論、味方にも伝われば士気に関わる。弥平次もその点を心得ており、誰かに漏らす心配は無い。
弥平次が秘かに離れると、光秀は周囲の者に告げた。
「さぁ、
今日の一戦は紛れもなく織田方の勝利だ。勝鬨を上げて、敵味方だけでなく戦の行方を見守っていた世間にも織田方の勝利を力強く示さなければならない。
光秀は腰に差していた采配を握り、目一杯空気を吸い込んだ。
「えい! えい!」
「おう!!」
光秀の発した掛け声に、将兵達がそれに応じて一斉に声を上げる。将兵達の中には拳を突き上げたり、刀や槍を上げたりして、各々が思い思いに喜びを表していた。
気付けば、佐久間勢も明智勢と同じように勝鬨を上げていた。明智・佐久間の両勢が上げる勝鬨の中、勝利の余韻を感じながら本軍の将兵達は砦の中へ続々と入っていった。
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