三 : 孤立無援(2)-信長、動く

 五月四日。京に滞在していた信長の元に驚天動地の一報が飛び込んできた。

『御味方、大敗。総大将・原田直政、討死』

 その報せを最初に耳にした信長はにわかに信じられなかった。本願寺方の流言ではないかと疑ったが、続々と異口同音に同様の報せが届いた為に真実と認めざるを得なかった。

(一体、大坂表で何が起こったのだ……?)

 断片的な情報しか入っておらず、戦に至った経緯や状況がまだ不明瞭だった。そもそも、本願寺は守りを固めるばかりで攻めて来る事は無いだろうという認識の信長には、小競り合いで多少の損害を出しても事態が大きく動くとは考えていなかった。

 訳が分からず混乱する信長の元に、追い打ちをかけるような報せが届いた。

『天王寺砦に本願寺勢が来襲。その数、一万を優に超えるものかと。至急援軍を』

 天王寺砦を守る光秀から送られてきた早馬の口から伝えられたのは、信長の予想を遥かに超える深刻なものだった。

 現在、天王寺砦には明智・佐久間の両勢合わせて三千程度の兵が入っているが、一万を超える本願寺勢が相手ではどれだけの間持ち堪えられるか。戦巧者の光秀であっても厳しいと言わざるを得ない。

「馬曳け! 各地に早馬を送り、急ぎ皆を呼び集めよ!」

 居ても立っても居られないとばかりに立ち上がった信長は、大股で歩きながら矢継ぎ早に指示を出す。

 直政が討たれたのは痛手だが、それ以上に光秀を失うのは何が何でも阻止しなければならない。光秀は織田家にとって欠かす事が出来ない重要な家臣で、今光秀を失うこととなれば天下布武の達成に大きな支障をきたすこととなる。それだけは避けなければならない。

 周囲の者が慌ただしく動く中、信長は用意された馬に跨ると時が惜しいとばかりに他の者が揃うのを待たず、単騎で駆け出した。その顔は、近年無いくらいに焦りに満ちていた。

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