番外編 偉人は死して幽霊となり、現代でインフルエンサーとなる

第11話 偉人は死して幽霊となり、現代でインフルエンサーとなる

「ありがとうございました」


 今、見送った客が今日のランチタイムの最後の一組だった。

 テーブルの片付けを藍子さんが手早く終わらせ、俺もカウンターの内側でカップ類の洗い物をする。それがひと段落したところで、程よい達成感と疲労感を感じながら店内を見れば、客がいなくなった店内でいつもの特等席でスズがやっと訪れた静けさを堪能するように大きな伸びをしていた。きっとこれから次の客が来るまで昼寝でもするつもりなのだろう。

 そこにキッチンへと食器類を運んでいった藍子さんが戻ってきて、カウンター席にそっと座った。


「今日も忙しかったわね。お疲れ様、浩輔くん」

「藍子さんもお疲れ様です。本当に繁盛するのは嬉しい限りですけど、なかなか慣れませんね」

「そうね。浩輔くんが店を継ぐ前は日中のお客さんは両手で数えれるくらいの日が多かったからねえ」


 藍子さんは遠い目をしながら、当時を懐かしんでいるようだった。そこへ修司さんもフロアへと顔を出し、カウンターに持っていたタブレットを置き、カウンター席に腰掛けた。


「修司さん、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様。それで何を話していたんだい?」

「ランチタイムが忙しくなったって、嬉しい悲鳴をあげていたところですよ」

「そうなんだ」

「とりあえず、お二人ともコーヒーでいいですか?」

「お願いするわ」

「ああ、頼むよ」


 藍子さんはホッと一つ息を吐いて、ぼんやりと視線を漂わせ、修司さんはタブレットに視線を落とした。


「そういえば、浩輔くん。明乃はいつくらいから働けるの?」

「十月の頭から働けると聞いています。なので、だいたい半月後くらいですかね」

「そうなのね」


 藍子さんの表情はどこか嬉しそうで、それだけで藍子さんと明乃さんの関係の良さが伺える。


「十月からはランチタイムも楽になるかしら」

「そうなるといいんですけどね。でも、本当になんでランチタイムが急に忙しくなった理由は未だによく分からないんですよね」


 コーヒーを淹れながら言った俺の言葉に、藍子さんも頷いていた。


「えっ? 二人は知らなかったの?」


 修司さんの本気で驚いたような声に、思わず俺と藍子さんの視線は修司さんへと向けられる。


「その反応……本当に知らなかったんだ」

「あんた、知ってるならさっさと理由言いなさいよ」


 藍子さんの不機嫌そうな圧に修司さんは慌ててタブレットを操作し始める。


「NOB.っていうインフルエンサー、二人は聞いたことない?」

「私は名前だけなら」

「俺はそういうのに興味ないので全く」


 修司さんは驚きと呆れの混じったため息をついた。


「NOB.ってのは、人気のインスタグラマーでユーチューバーなんだよ。インスタで取り上げた店や商品は話題になるし、ユーチューブに投稿した動画は再生数は百万超えるのは当たり前なんだ」

「それで……そんな有名人とこの店がどう関係するんですか?」


 修司さんはタブレットの画面をこちらに向けてくる。そこにはインスタグラムに投稿された写真が表示されていた。それはまさしくこの店の、今まさにスズが眠りこけている席で撮られた写真で、雰囲気のあるかっこいい男性とオシャレな若い女性が写っていた。

 そんな印象に残る目立つ容姿の客を忘れるわけがないので、たしかにこの店に来たことのある人だと思い当たる。

 その写真と共にコメントが添えられていた。


『今日は『いさか屋』という喫茶店でランチ。前から知っている店だったが、店長が代替わりしたそうで、久しぶりに来てみた。聞いてみれば新しい店長はイタリアンレストランで働いていたそうで、若いけれど腕はたしか。雰囲気も良く隠れ家的な店でオススメ。』


 そう好意的に書かれていた。人気のあるインフルエンサーに褒められたことは単純に嬉しかった。それと同時にたったこれだけで人が集まるということが怖くもあった。思い返してみれば、訪れる客は若い女性客が多く、本当にそういう影響があったのかもしれない。


「それにしても、こんな有名人がなんでこの店に来たんですかね? 気まぐれなんですかね?」

「いや、違うよ」

「どういうことですか?」


 思わず手を止め、修司さんを凝視してしまう。


「いやあ、軽いノリでNOB.さんに店長が代わったからランチにおいでよ、って誘ったら、本当に来ちゃったんだよ」

「修司さんはNOB.さんと、どういう関係なんですか?」

「昔からの顔馴染みでもあるけど、最近はネットを介してよく絡んでる人ってところかな」

「本当、修司さんって、謎ですよね……」


 呆れながらコーヒーを淹れる作業に戻り、二人に淹れたばかりのコーヒーを手渡した。藍子さんはさっそくコーヒーに口をつけ、一息ついてから修司さんにあらためて向き直る。


「あんたと絡みがあるって、NOB.って何者なの? 普通の人間じゃあなさそうよね」


 藍子さんの棘のある言い方に苦笑してしまう。しかし、修司さんは顔色一つ変えることなく、


「まあ、実際、普通の人間じゃないからね」


 そうあっさりと答えるものだから藍子さんも俺も面食らってしまう。


「だって、NOB.さんは、織田信長だしね――」


 驚きのあまりリアクションが取れなかったが、どこかで不思議とすんなりと納得してしまった。

 修司さんから借りたタブレットで見たNOB.さんのインスタグラムはまるで意識高い系のOLのようなものだった。

 よく一緒に写っているのは織田信長の妹のおいちの方で、それ以外の一緒に行動している残り二人はスタッフとなっているが美系の男性はもり蘭丸らんまるで、大柄な黒人は弥助やすけなのだろうと、なけなしの歴史の知識を思い返して、少しずつ頭の中で繋がっていく。

 オシャレなランチやディナーの写真以外に、昼下がりのカフェでくつろいだり、有名スポットに出掛けてみたり、お市の方と二人でマッサージを受けたり、ネイルをしたりとまさしく人生を謳歌していた。


「この人、現代に馴染み過ぎじゃあ……本当に元は戦国時代の人間で幽霊なんですか?」

「きっとある種の化け物なんだよ」


 修司さんの言葉が妙にに落ちた。それ以外に説明のしようがないと思えたのだ。

 タブレットを修司さんに返し、今は仕事に戻ることにした。手を動かしながら、織田信長がどんな動画を投稿しているのか興味が出てきて、機会があれば見てみようと思った。

 それと同時に、妖怪が喫茶店で働き、幽霊が好きに闊歩かっぽしている世界は、まさしく混沌だと再実感した――。

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