第3話 脳内転送 その2
不思議な私の能力が、この医師にも通用するようで、胸が躍る。
(臓器提供がしたいの。それを書いたカードを持っているから。望みを叶えてほしいの)
「ドナーカードのことかな? それは見させてもらったよ。使えそうな内臓は、全て提供可で、眼球と聴覚器官も提供してくれるんだね」
しっかりと、意思が通じた。
私には、テレパシーの能力がある。前の彼、園田マキトと付き合っている時に、この能力に気付いた。
毎週マキトと通っていたホテルのベッドの中で、おでこを重ねて、頭の中で、会話していた。私の(好き?)という問いかけに、マキトはいつも、(好きだよ)と返してくれた。
そんなことが出来ることを面白がった二人は、少しずつ、おでこを離して、どこまでテレパシーが通じるか、試していたっけ。訓練したせいなのか、記録はどんどん伸びて、最後には、おでこを離しても、横に並んで歩くだけで、意思疎通がはかれるまで進化したっけ。
おでこを合わることで意思を伝えられるのは、マキトに対してだけなのかと思っていたけど、そうではなかったみたいである。チャレンジしてみて良かった。
医師が顔を上げて、ハンカチで、額の汗を拭いた。
「ほとんどの臓器は、刃物で刺されて傷ついているけど、心臓とか、腎臓とか、いくつかの臓器は、ご希望通り、活用させてもらうね。あ、それと……、眼球も」
人の役に立てるということを知って、電気が走ったように、全身が痺れる。願いが叶いそうで、胸のつかえも取れ、安らかな気持ちになる。
これで、心残りなく死ねる……。天国に行ったら、また、マキトに会えるのかな……。
マキトは、バイクで事故って死んだ。
警察が二年前に公表したのは、〝スピードの出し過ぎによるバイクの単独事故〟というものだったけど、私は、今でも、それは違うと確信している。
ジャーナリストだった私は、その真相を追っていて、殺された。志半ばで、その点は、無念だけど、しょうがない。犯人を逃げ得させるのは悔しいけど、マキトは、この世にいないし、私も死ぬんだから、もう、あきらめよう。
私の力不足が、いけなかったんだ……。
「……ということで、臓器提供者への特典が適用されますよ」
白髪の医師が眼鏡の眉間を持ち上げ、にんまりと笑っていた。
はい?
どういうこと?
臓器提供者への特典?
私は、医師の言っていることが理解できず、一瞬、思考が止まった。
医師はそれに気付いていないのか、私の額に、電線の繋がった小さな吸盤を貼り付け始めた。
「心配なさらずとも、大丈夫ですよ」
な、何をしてるの!?
吸盤は一つや二つではない。
「これまでに、脳内転送で失敗したことは無いですから」
いくつもの吸盤を貼り付けると、医師は、私の頭を抱えるように、持ち上げた。
そして、ワイヤだらけのヘッドギアを被せてくる。
「人間で慣れてしまっているから、いきなり全裸になったら、恥ずかしいでしょう? だから、服を着せているんですよ。羞恥心が取れたら、脱いでもらって結構です」
は? 何を言ってるの?
言っている意味が理解できないでいると、医師は派手な服を着た黒猫を抱き上げ、私の目の前に掲げた。
「にゃあ」
愛嬌のある八割れ顔をした黒猫の鳴き声は、キーが高くてかわいい。
「よしよし、にゃんちゃん。かわいいでちゅねぇ」
医師は、目尻を垂らして、猫に頬ずりをした。猫に対する愛情で溢れているようにしか見えなかったけど、やがて、冷めたように目が据わる。
「この猫ちゃんが、これからのあなたになるんですよ」
医師が僅かに微笑んだ。神に背き、悪魔に心を売った博士のようで、その笑みは暗く淀んでいて、好感が持てるものではない。
そういえば、数年前、延命措置に関する画期的な法律が成立したということが、メディアを大いに賑わせていた。うろ覚えでしかないけど、確か、意識を別の生命体に移して生きながらえることが、合法的に認められたとか……。
そうか、この医師って、あの時、各局の特集番組に出演して、その意義や安全性について、熱弁を振るっていた人だ。
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