第9話 飼い猫になりたい その4
モダンなマッドブラック色をしたドアは、青木君には似合わないような高級感が漂っている。
息を整え、はるか上に見えるインターホンを目がけてジャンプする。
「はーい。どなたですか?」
一発で、上手くボタンが押せた。
インターホンのスピーカーから聴こえたのは、青木君の声で間違いない。
「にゃあん。にゃおん、おん」(須藤沙羅です)
通じるわけないか……。
「シャアー。シャアー。シャアー」
カリカリと鉄扉を掻いて、(出てきて、私に気付いて)と念じる。
すると、部屋の奥から、こちらに向かってくる足音が聴こえた。
よし、これで飼い猫になれる。
私は、清楚な雰囲気を出すために、三つ指をつくような格好をして、かしこまって待った。
「誰? 誰かいるの?」
チェーンロックをつけたままドアがあいて、青木君が顔を出した。
辺りを見まわして、最後に足元の私に気付く。
「あれ? 猫?」
愛おしく見つめる私と確かに目が合ったけど、興味なさそうに、速攻で、ドアを閉められた。
「ギャアー! ジャアー! シャアー!」(コラ、気付けよ、アオキ!)
まくし立てるように、ドアの塗装が剥げるほど、激しく搔きむしる。
ガチャ。
「なんだよ、まったく。なんなんだよ」
青木君がしゃがんで、目線の高さを合わせてきた。
俳優とアイドルを足して二で割ったような、相変わらずのイケメン顔が、鼻先に近づいてくる。
「どっから来たんだ?」
「にゃあ」(私よ)
青木君は、じぃーっと、私を観察する。
そして、ようやく事態を察したようで、おもむろに口を開く。
「迷子にでもなったのか? ……ジャマイカ」
ちょっと! どこまで勘が鈍いのよ、青木君!
昔から、ちっとも変わらないわね!
……で、聞き流すところだったけど、私の名前、ジャマイカじゃないから!
勝手に命名しないでくれるぅっ!
抗議の目で睨んでいると、青木君は、頓狂な顔をして、私の背中に手を伸ばしてきて、ポケットの中のものを抜き取った。
「あれ? 何、コレ?」
そうだった。
それがあったわ。忘れてた。
それを見せれば、説明が早い。
「キミは、あたりめが好きなんだね、ジャマイカ」
そっちじゃないって、アオキ!
「……って、そんなことはいいか。それより、なんで、キミがスマホを持ってるんだ?」
青木君は、あたりめの袋とスマートフォンを持ち替え、私の目の前に、スマートフォンの画面を向ける。
興味津々なのか、勢いよく青木君の鼻息がかかる。
「ひょっとして、暗証番号とか、打てたりするの?」
スマートフォンには、ロックを解除する画面が表示されている。
私は、肉球で数字をタップする。
「えっ、えっ、マ、マジ? マジで!? 嘘でしょ!?」
私は、暗証番号を打ち終えると、続けてメーラーを開いた。
「ちょ、ちょっと、マジか!? スゲーな、ジャマイカ!」
今や、青木君の中では、私は、ジャマイカ。
何度かタップミスをしたけど、なんとか、さっき送ったメールを開くことに成功する。
『今から行ってもいい?』という、メッセージ画面。
「にゃあ、にゃにゃあー」(はい、コレを見て)
私が見上げると、ぽかんと口を開けていた青木君と目が合った。
青木君は、私を凝視したまま、スマートフォンをゆっくりと顔の前まで持ち上げる。
メール文を見た青木君の顔色が、みるみる変わった。まるで、幽霊を見てしまったかのように、血色が無くなっていく。
「キ、キミは、ひょっとして……」
「にゃあん。にゃおん、なん」(須藤沙羅よ)
「ま、まさか……そんな……」
青木君が、青ざめていた。
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