client.4‐2
「
男は額の汗を腕で拭いながらそう叫ぶ。ここにはあとりと八景坂しかいない。玲奈って……? と少女は眉根を寄せる。
「ああ、俺の偽名ね」
八景坂は悪戯っぽく彼女に微笑んだ。男の問いを無視して、語りを続ける。
「君を狙っていた悪い虫。メールが来て、おうちが荒らされただろう? 紹介するね。彼は最近噂になっている連続誘拐殺人犯だよ」
「……!」
「君を誘拐しようと目論んでいたみたいだけど、何でか失敗しちゃったみたいだからね。俺が声をかけてリベンジさせてあげたんだ」
あとりは荒らされた自宅を思い出した。あの日、偶然いつもより遅い時間に帰宅したお陰で空き巣犯に会わなかった。あれは空き巣ではなく、
「俺は本当は君だけ連れてこようと思ってたんだけど、京介が邪魔しそうだったからね。手伝わせて別々に連れてくることにしたんだ」
八景坂の思惑通りに男が運んで来た京介は、床に伏したまま動かない。あとりからは、彼が意識を失っているのか死んでいるのかは分からなかった。
男はようやく嵌められていた事に気付き、わなわなと震える。
「最初から、俺を利用するつもりで……!」
「ごめんね、もう君に用はないんだ」
八景坂は立ち上がり、京介の脇を抜けて男に近付く。危機を感じ慌てた男はポケットをまさぐって、探偵を襲った時に使用したテーザー銃を取り出し、彼に突き付けた。
「残念。その銃、一発しか装填してなかったったんだ」
多分その一発を京介に使ったんでしょう? と嘲笑う頃には、八景坂は男の目の前に立っていた。素早く銃を奪い取り、銃口を男の腹に押し当てて引き金を引く。
誘拐犯の男は一度だけ大きく震えたと思うと、
「よし、これでしばらくお休みだね。びっくりした? 最近のテーザー銃って、こういうスタンガンみたいな使い方も出来るんだよ」
床に崩れ落ちた男から、返事はなかった。
「これでお薬は最後だったんだけど……まあいいや」
八景坂は空の注射器を適当に放り、足元の京介に近づいて屈む。無造作にその首筋に手を当て、おや、と感想を漏らした。
「まだ殺してないんだ。……ああ、せっかくだから君に見せてあげよう。さっきの話の証拠をさ」
ポケットから折り畳みナイフを取り出し、刃を黒手袋に滑り込ませる。
「ほら……あった」
「――っ!」
切り裂かれた手袋の中身が露わになり、あとりは息を呑む。その両手の甲には、無理やり表皮を引き剥がしたような大きな傷痕が残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます