client.2‐14
「ええと、経緯をまとめると?」
あとりはメモを読み返して考える。京介は少し思い出すように黒手袋を顎に当て、順を追って語り出した。
「まず学生三人組が企画を温泉宿に持ち掛ける所からだな。特に人気宿でもなく集客に困っていた女将は承諾し、事前にお互い協力の下、宿にカメラを配置した」
ふむふむ、と彼女はメモを
「同じ頃、学生はターゲットとなる一般人を確保する為に、商店街で福引と称して集客し、俺達と被害者カップルの参加が決定。宿泊客が到着する前に、女将の手により玄関の壺は故障中の家族湯に隠された」
「あ、そっか。もうこの時点で壺は玄関に無かったんですね。他の従業員も知ってたわけだ」
そうだ、と京介は頷いた。
「企画初日に宿泊客に紛れ、学生三人組と老夫婦が宿で合流。企画は
ここは皆さんの供述通り、とあとりはメモを見返した。
「時間は流れ、深夜酒を飲んで交際相手と口論になった男は温泉に入る。交際相手はその頃部屋で被害者のスマホを見てしまい、問い詰める為に二階へ。被害者は入浴で酔いが回り、家族湯で喫煙していた」
彼女にふと疑問符が浮かぶ。
「被害者は温泉に入ってたんですか?」
「……深夜入っている時に偶然会った」
ちゃっかり温泉楽しんでたんじゃないですかもー! と京介は肩を叩かれたが、入浴の動機をあまり思い出したくなかった彼はそのまま話を続けることにした。
「……被害者の元へ交際相手が来て揉めているうちに壺が棚から落下、後頭部に直撃。交際相手は現場から立ち去る。明け方、壺を回収し客の前で謎解きを披露しようとしていた学生が死体を発見した――といったところか」
「おお!」
全ての謎が明るみになり、あとりは感嘆した。
しかし――周囲の誰も、二人の推理を聞いてなどいなかった。
「こんな企画に巻き込みやがって、迷惑にも程があるだろ!」
「まさか人が死ぬなんて」
「これ、誰がどんな罪に問われるんだ……?」
「儂らは関係ないからな!」
「宿の宣伝になると思って引き受けてみれば……散々じゃない!」
「とんでもないことになったぞ」
「落ち着いて下さい!」
「すみません……すみません……」
「信じてたのに……」
「……企画はボツだな」
「誰か! 押さえてろ!」
「警察沙汰になるし! もうどうしてくれるのよ!」
「おい、今回のギャラはどうなるんだ!」
「女将さん、顔はやめとけ!」
「誰だ、最初にあそこで煙草吸おうって言ったやつ!」
「お前だろ!」
「いってえ! 何すんだお前!」
「あんなところに壺なんか置くから!」
「あなた、血圧が上がるわ、落ち着いて」
広間は、混沌としていた。怒号と困惑の声が飛び交い、或いは泣き、従業員も宿泊客も入り乱れて掴みかかる乱闘に発展しようとしていた。
あとりはもみくちゃにされる前に、京介に首根っこを掴まれて蚊帳の外へ引っ張り出された。止めに入ろうとも思わないほどの騒乱ぶりを、少し離れて呆然と眺める。誰も彼も、二人のことなど目に入っていないようだった。
真相は確かに明らかになった。
「嘘って疲れますね……秋月さん」
「少しは俺の気持ちが分かったか」
京介もまた、目の前の光景に目を向けたまま疲れた顔で溜息を吐いた。彼の胸の内は、砂場に飛び込んだかのようにたくさんの嘘でざらざらしていた。今すぐにでも帰りたかった。
「え……と、通報者はどなたでしょうか……?」
食事処の入口を振り向くと、通報に駆け付けたらしい警察官が立っていた。遠慮がちに発せられた声は、乱闘の騒音に掻き消されていく。
「あ、多分女将さんです。ほら、あそこ」
結い上げた髪をボロボロに振り乱して掃除夫の胸倉を掴み殴りかかろうとし、他の従業員に羽交い絞めにされている女性を、あとりは指差した。
二人が警察の聴取から解放されたのは、日もかなり高く昇った昼頃だった。あの後警察官は事情徴収と現場保全のために大量の応援を呼び、宿の周りは赤いパトランプで埋め尽くされた。皮肉にも女将の悲願の満員御礼であったことだろう。
駐車場の白砂にたくさんの
「探偵さん達も終わったんですか」
「あ、カウントダウンブラザーズ」
玄関前に立っていた京介とあとりに、一木が声を掛けた。宿泊客には任意という名の半強制事情聴取が行われ、終わった者から順次解放されていた。彼の後ろには二島と三田もついてきている。
ほぼ今回の事の発端は彼らの企画だったのだが、ここまで聴取が早く終わったところを見れば、大きな罪には問われないと判断されたのだろう。それにしても本当に迷惑な奴らだ、と京介は一木を軽く睨み、忠告する。
「……こうなった以上、今回の企画はお蔵入りだ。映像は一片たりとも上げるなよ」
「そうなりそうっすね」
一木はまさかこんなことになるとはな、と仲間の二人を振り向いて言う。どこまで反省しているのかは分からなかった。
「探偵さん達もバスですか?」
二島は撮影機材を抱え直して聞いた。いや、と京介は短く否定する。宿の最後の厚意として宿泊客のマイクロバスでの送迎を提案されたのだが、賑やかなのを嫌った彼が断ってタクシーを呼んでいるところだった。
「タクシー待ちですよー、もう会うことないでしょうけど、さよなら!」
厄介払いするようにあとりは言い放つ。朝からたくさん頭を使い、何より空腹で腹が立っていた。そう邪険にしないでくださいよ、と一木は笑い、そうだ、と提案する。
「それにしても、さすが探偵って感じでしたよね! 鮮やかな謎解きシーンとかドラマっぽくて……もし良かったら、今後僕らの動画に出ませ――」
「あ?」
彼の言葉は、京介の低い声に遮られた。珍しく、探偵の瞳は冷たい怒りに燃えていた。その静かな剣幕に、あとりは隣で思わず身を
そこへ黒塗りのタクシーが滑り込んできて、二人はさっさと乗り込んだ。カウントダウンブラザーズと古い温泉宿を置き去りにして、黒い車体は新緑の山道を駆け下り、あっという間に木々に紛れて見えなくなった。
運転手に行き先を告げた京介は腕を組み、事務所に着くまではもう何があっても起きないつもりで寝に入る。連日の寝不足もあってか、ものの数秒で眠りの世界に誘われた。
「ビスケットはっけーん」
あとりは鞄の底から非常食を見つけ、封を開けて無邪気に頬張る。隣の探偵にも勧めようと振り向いたが、久方ぶりの深い眠りについた彼は揺すっても起きなかった。
かくして、
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