入学①

我らがシュンタクシス王国では100年に1度、女神トレミー様のご神託により華の乙女が選ばれます。

華の乙女は候補者たちから3年をかけて選ばれ、その御手に6輪の花を咲かせることが何よりの証となります。

そして、選ばれた華の乙女はその後の一生を神殿の中で、我らが祖国を支えながら、この国の象徴の一つとして生きるのです。

華の乙女は平和と繁栄の象徴。

華の乙女を一族から輩出することによって、その一族はその後繁栄を約束されます。


そうして、選定ために使われる環境はいくつかに決められています。例えば、王国が運営する神官の修練場や王宮の一部、我らが女神トレミー様を祭る神殿とか。私も詳しくはありませんが、そう庶民の間では囁かれているのです。

そして今代では、この王立ゾディアック学園が選ばれました。

あの運命の日、選ばれた私達候補者は、皆この学園に入学することが義務付けられます。それは庶民の出である私も例外はありません。私は今日から、この学園の生徒として勉学に励み、華の乙女になるべく生きていくのです。

庶民の出である私には上等すぎる制服に身を包み、手汗で湿り気をおびる両手をきつく握りこみます。右も左もよくわからないこの学園で、私は今日から頑張っていくのです。


よしっと、不相応な制服に身を包んだ少女は気合を入れる。高く広がる青い空はどこまでも続いていきそうで、少女の心を震わすには十分だ。大きな校門の前では、多くの生徒が道を行きかい、楽しそうに会話をしている。少女だけが、一人きりであった。


「そこの貴方」

「は、はい!」


突然かけられた声に驚き、緊張で裏返った声のまま声をかけてきた彼女に少女は向き直る。そこに居たのは美しい長い銀髪を持った少女だった。糸で吊るされた様に真っすぐで凛とした立ち姿に、見定めするような紅い眼が印象的な美麗な少女。


「そこでぼんやりと立たれていると、邪魔になるのだけど」


ピッシャリ!という効果音が付きそうなくらい冷淡な言葉に、少女は慌てて道の端に身を寄せる。ごめんなさい、と反射的に言いながら、少女はもう一度彼女を見る。

一言でいうのなら、本当に美人だった。艶やかな絹のような銀の髪も、長いまつ毛も、宝玉のような紅くて強い眼差しも。私とは違う、完璧に着こなされたこの学園の制服も、全部。私とは違って、強くあこがれた。仲良くなりたい、そう強く少女は思う。


「あの、私はカロンといいます!貴方のお名前は…」


震える声で名前を名乗る少女に、彼女はゆっくりと目を瞬かせる。


「…アリアよ。アリア・マルティプル。…貴方、神殿にいたでしょ」


ドキッとした。確かに私は候補者だから、あの日神殿にいた。そして、私がいると知っていた以上、それは彼女も同じであるということを示す。


「は、はい!アリア…さん、も神殿にいらっしゃいましたよね。貴方ももしかして…」

「アリア様!!お久しぶりですわ!!」

「アリア様と同じ学園に来れて、私感激でしてよ~」


キャー!!という黄色い声と共に、少女の言葉を遮りアリアを囲んだのは二人の女子生徒であった。彼女たちは少女のことを見向きもせずにアリアに夢中になっている。少女が再度声をかけようとすると、一際大きくなるその声にこれはわざとなのだと気づくのはすぐだった。

彼女達は、私をアリアさんと話させたくはないのだ。明るい大きな声が響き、少女が話しかけることを諦めかけたころ、少女に一瞥をした彼女達は、吐き捨てるがごとく言う。


「あら、ごめんあそばせ。気づきませんでしたわ」

「あーら、こんなにも制服が似合わない方、いらっしゃいますのね。あまりにも似合わなさ過ぎて、生徒だと思いませんでしたわ」

「ちょっと、貴方達。あまり失礼な物言いは止したらどう?」


そうアリアが一言言えば、彼女たちは口を噤む。それでもこちらを見るその眼差しには敵意が感じられる。私は何もしてないのに、と困惑しながら少女は愛想笑いを返しながら大丈夫です、と告げた。似合っていないのは事実で、この学園にふさわしくないのも、事実。それを少女は自覚していたから、ただ波風をこれ以上発てない為に笑って、自身の落ちていく目線をただ受け入れた。


「貴方、ファミリーネームは?」

「あ、えっと…カロン…トラペジア、です」


消えそうな声でそう名乗れば、アリアはため息をつく。


「トラペジア、ね。…貴方、庶民の出ね?」

「な、なんで…」

「トラペジアは性のない庶民に特別に下賜される名の一つだわ」

「まあ!庶民ですって」

「通りで制服にすら着られていたのね。納得だわ」


そうだ。トラペジアは私があの日、神殿で下賜された名前。庶民の私にはファミリーネーム何ていう上等なものは存在しない。仮に同じ名前がいたとしても、私達庶民ではお店や見た目といったそれ以外の要素で呼び分けるのだ。名前だけで分かる人間なんて、よっぽどのことがなければいない。…目の前にいる彼女の名前は、アリア・マルティプル。私でも知っている、マルティプル伯爵家のファミリーネームだった。そう気づくのに遅れてしまって、少女はようやく失礼なことを仕出かしてしまっていたのだと、気が付く。


「あ、申し訳ありません、でした」


震える声で許しを請う。私が仕出かしたことは、不敬罪にあたってもおかしくはない。この首が明日には飛んでいてもおかしくはないのだ。


「構いません。この学園に通う以上、一応は貴方と私は対等の立場であるべきですもの」


きゃいきゃいと、少女に対する侮蔑の言葉で騒がしかった彼女たちが面白くなさそうに互いに目配せをしている。そんなことも気にせずに、アリアは少女に顔を上げなさい、と命じた。少女が顔を上げれば、アリアは満足そうにうなづく。


「それでいいわ。貴方は私と同じ、華の乙女候補。それなら誇りなさい、胸を張りなさい。これはとても名誉なこと、尊ばれるべきこと。俯いてばかりでは見苦しくてよ」


あくまでも冷たい口調で、品位を貶めるなと彼女は告げ、その場を颯爽と後にする。それを先ほどの女子生徒達は追いかけていく。白魚のように美しい滑らかなその左手には私の知らない花が咲いていた。凛とした一輪花。私のような小さな花ではない。…彼女のような人間こそが、華の乙女にふさわしいのだと、私は知った。


「かっこいい…」


強く鮮烈な高貴な女性。ああなりたいと、そう思うには、憧れるのには十分だった。

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