出会い
ーー夢を見ていた。今までのレオンの生活? を追体験するような夢だ。どうやら最初に出会ったのはホロだったらしい。
「こんなところでどうかしたのか?」
夢の中でホロを見つけると勝手に言葉が出る。おそらくレオンが最初にホロと会ったときにかけた言葉だろう。
「はぁ……はぁ……あなたは……私を罵ってくれますか?」
開口一番、ホロから発せられた言葉にレオンは驚きつつも何故か、あいつは最初からあんなのだったのか……と納得したと同時に悲観した。いくら多様性だのなんだの言っても初対面の奴に「罵ってくれますか?」は理解ができない。というか理解したくもない。
「君は何を言っているんだ?」
レオンの感想もまさしく夢の中のレオンと同じものだった。ちょっと何言ってるのか分からなかったのである。
「それでは言い方を変えます、私を……罵ってください」
ほとんど何も変わっていない。疑問から懇願に変わっただけだ。その言葉に夢の中のレオンは深く考え込む。どうやら言葉に隠された本当に意味を考えているらしい。
ーーどうやら見つからなかったようだ。
ホロの言動に対して、レオンの頭はキャパオーバーとなりついに考えることを完全に放棄した。
「罵ってくれないんですか?」
レオンが思考を放棄しようが関係なく、ドMのホロは捲し立てる。
「とりあえず俺の目の前から消え失せろ」
心からの願いだ。一刻も早くこのドMと離れたかったレオンはついつい言ったーー否、言ってしまった。そう吐き捨ててレオンはすぐさま離れようとする。
「んっ……初対面でこの言われよう……でも少しパンチが足りませんね……もう少し……もう少しだけお願いしますっ!」
しかし、ホロは諦めるどころか少しだけ頬を朱に染めながらレオンについて行こうとした。
「はぁ……三度は言わんぞ、消え失せろ」
嫌気がさしたレオンは剣を作り出し、ゴミを見るような目をホロに向けながら喉元に突きつける。
「あ……」
もはやレオンの目に、ホロは生物としては写っていなかっただろう。生物の形をしたゴミでしかなかった。
あまりの剣幕に怖気付いたのだろう。マゾとは言っても所詮は生物なのだ。死の恐怖には勝てない。レオンは手に持っていた剣を消して、ホロに背を向けてその場を去っていく。レオンが思った通り、もうホロはレオンの背中を追っては来なかった。
◆
レオンが立ち去った後も、ホロはしばらくその場にたちつくしていた。やがて体の力が抜けて、彼女は地べたにペタンと座り込む。
ホロは何も知らなかった、ただ少し、ほんの少しだけ快感が欲しかっただけだ。確かにいきなり話しかけて「罵ってくれ」は少しだけ頭がおかしかっただろう。しかしそれであそこまでの洗礼を受けるとは思っていなかったのだ。
彼が己を見ていた目はまるで家畜……否、それよりも酷かっただろう。まるで糞に集るハエを見るかのような目だった。もし仮にあそこで殺されていたとしても彼にとっては何の問題もない、それこそアリンコ1匹を踏み潰すほどにも心を病まないだろう。自分には心底興味がないような……本当に恐ろしい目をしていた。
一歩間違えば自分は殺されていただろう。ホロはあまりの恐怖にその体を震わせていたーー
訳ではなかった。
(ああ……っ! いい! 凄くイイっ!! あの行動、あの瞳、あの表情っ! 全てが最高に唆る……!)
真性のマゾヒストであるホロにとっては死の恐怖すらも、己が愉悦を得るためのスパイスでしかない。つまりは彼女はあの状況でーー悦んでいたのだ。ぺたんと座り込んだのは恐怖故ではない、あまりの悦びに腰が抜けてしまったのだ。
(絶対に……探し出さないと……! あの方は私のご主人様に……!)
更なる愉悦を得るために、死すらも厭わない恐ろしきドM、ホロの刃がレオンの喉元まで届いていた。
「ま、待ってください……! お名前だけでも!」
ーーこのまま完全に見失ってしまえば一生会えない気がする
ホロは必死にレオンを追いかけた。名前を聞き、運命が導いたであろう彼に仕え罵ってもらうために。
「き、貴様、こっちに来るな……! ついてくるんじゃない!」
レオンは恐怖した。先ほどはレオンを怖がり腰すら抜けてしまった女を心から恐れてしまった。とてつもない、今にも誰かを殺しそうな形相で必死に名前を聞いてくるのだ。恐怖しないわけがない。本来、レオンの実力であれば歯牙にもかけぬ相手。だからこそであろうか。実力が劣っているであろう相手程何をしてくるのかわからないものなのだ。故に恐ろしい。最も、彼女の恐ろしさはもっと別のところにあるようだが。
「いいからついてくるな……!」
「あなただけなんです! あれほどに高揚したのは……あれ程に強く運命を感じたのは! あんな……私を虫程にも思ってないあの瞳……私あなたにお仕えしたいです!」
「断る!」
冗談じゃない、こんなドMをお供にしたら身が持たない。とレオンは必死に断る。
「そ、それなら……! 私に全力の魔力弾を撃ち込んでください! 私が耐えきることができたらあなたのしもべに……!」
ホロの提案はレオンにとって魅力的なものであった。
「いいだろう。ただし手加減はなしだ」
そう告げて、レオンはゆっくりと魔力を練っていく。
「あ……すごい……しゅごいです……! ビリビリと圧が伝わってきます……! そんなのを喰らったら私……っ!」
魔力弾を喰らう前から興奮して悦んでいるホロを横目に、レオンは更に力を貯めていく。どうやら完全に殺す気らしい。
「……最後にもう一度だけ聞くぞ、本当にいいのか? 逃げるのなら追わない」
「いいから早く……下さいっ!」
この言葉を聞いた瞬間、レオンは一瞬の迷いもなくホロに対して魔力弾をぶち込んだ。
「んひぃっーー!?」
魔力弾が直撃した瞬間、女の汚らしい断末魔が辺り一体に響き渡り、土煙が女の姿を覆い隠した。
一連の光景を見ていたレオンは上がった土煙に背を向けてその場を立ち去ろうとする。彼には女が生きているはずはない、という確信があった。いかにただの魔力弾とはいえ、全力で撃ち込んだのだ。生きているはずがない。そう、なまじ自信があったが故にレオンの自尊心はこの後折られることになる。
「はぁ……はぁ……さ、最高……でしゅ……!」
なんと生還していたのだ。それもおそらく外傷はゼロで。もちろんレオンは一寸たりとも手を抜いていない。というかこんなHENTAIに手加減をする道理はない。文字通り彼は目の前にいるHENTAIに全力を叩き込んだはずだ。しかしHENTAIは生きている。無傷でここに立っている。最もその表情はとてつもなく酷いことになっているため社会的外傷は測りきれないが、レオンの頭の中にはただただ攻撃を防がれたという事実しか残されていなかった。
彼は思い知った。HENTAIの恐ろしい生命力を、そして恐ろしい精神攻撃力を。この日からレオンの生活は壊れた。なんだかんだ言って約束はしっかりと守る男、レオンは約束通りにホロを下僕にした。この日から彼の地獄は始まったのである。
「おはようございます! 罵ってください!」
朝一番、起きると同時に言われた。
「いただきます! 罵ってください!」
食事を食べ始めるごとに言われた。
「ご馳走様でした! 罵ってください!」
ご飯を食べ終わるごとに言われた。
「レオン様、いい天気ですね! 罵ってください!」
最早何もなくても言われた。日に言われた数はどれくらいだろう。1000を超えるかもしれないし10以下かもしれない。しかし彼には無限に言われているようにすら感じた。まさしく無限地獄である。できれば夢幻地獄であってほしいと心から願った。しかし彼の願いは届かない。眠りに落ちるたび、次の朝に「もしかしたらいなくなってるのでは?」と、期待はするもののそれは叶わぬ願いだ。幾千幾万と繰り返される朝の問答、昼の問答、夜の問答、ここで彼はついに一つの境地へと辿り着く。
「おはようございますレオン様! 罵ってください!」
意識が覚醒する。まず感覚を取り戻したのは耳だ。夢で散々聞かされた憎たらしい言葉が憎たらしい声で発せられていた。どうやらあの出来ごとは実際にかつてのレオンが体験しているらしく、そして今もなお習慣として続けられているようだ。やめさせたい。やめてほしい。
「なあ、それやめないか……?」
思い切って彼は願いを発する。心からの願いだったが……
「何がですか?」
どうやら彼女には届いていなかったようだ。訳がわからないとでも言うような顔をしていた。そんなホロにレオンは諦めて何も言わずに朝食を食べに行った。
「んんっ!? 放置……プレイっ! いいっ……!」
もちろんホロは無視されても喜ぶので何も問題はなかった。
魔王転生奮闘記〜ゲームの魔王に転生したら、追放された聖女を保護したので復讐を手伝おうと思います〜 肩こり @kntyswr
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