仕事
「あの……これは?」
困惑した表情でレオンを見ているアイリスの体は、奇妙な姿をした衣服で包まれていた。下半身はニーハイに下着まで見えてしまうのではないかという程に短いミニスカート、上半身はへそ上までしかないシャツである。絶妙に見えるか見えないか、ギリギリのラインを責めた衣服は服は、本来の機能を失い、かえって扇情的な雰囲気をアイリスに醸し出させていた。
よくやった、前のレオン!
「ん? 何って……ただの服だけど?」
今アイリスに着せている服は、なぜだか奉られていた。なんでもレオンが初めて作った神聖な衣服だから誰か特定の個人が着ることは許さないということらしい。それをレオンが無理言っておろしたのだ。ちなみにホロはなぜか悔しそうな顔をしてアイリスに妬むようなに視線を送っていた。視姦されるアイリスを羨ましがっているのだろう。正直心の底から引いた。
「それではアイリスさん、案内するとともに仕事を教えます。大事なことなので一回しか教えませんよ」
しかしすぐに切り替えたようで、凛々しい表情を作りだしアイリスに仕事を教えるべく近づいて行った。ただ、レオンは気になる言葉を聞き取ってしまった。誰しも小学校時代聞いたことがあるであろうこの言葉、「大事なことなので一回しかいいませんよ」構文である。この言葉によって、世の小学生たちは聞き逃さまいとするのだろうが、大事なことならば何回も伝えるべきであろう。
「いや、大事なことなら何回も教えてやれよ」
レオンも例にもれずこの言葉疑問を持つものだった。つい突っ込んでしまった。
「は、はい! 失礼いたしました! 私が責任をもって仕事を教えますのでご安心ください! さあアイリスさん、行きますよ」
レオンの注意に即反応してなぜか謝罪をしたうえで、アイリスの手を引っ張り移動しようとする。しかしその手を他でもないアイリス自身が拒んだ。
「……や」
「どうかしましたか?」
拒絶の反応を示したアイリスにホロは驚きつつも再度力を込めて連れて行こうとする。
「いや……!」
強い拒絶、そのあまりの剣幕にレオンもホロも一瞬うろたえる。
「もう何も殺したくない……! 仕事は嫌っ!」
「殺し……? 貴方は何を言ってーー」
「まあ待て」
少しだけ怖い顔になりアイリスを問い詰めようとしたホロをレオンが制止し、猫を驚かさないよう姿勢を低くしていくかのようにゆっくり、ゆっくりとアイリスに近づいていく。
「アイリス、お前にとって仕事はどんなものだ?」
アイリスの話が本当ならば彼女は聖女であった。つまり「仕事」と聞いた時に聖女としての責務が真っ先に出てくるのだろう。レオンは怖がらせないよう、出来るだけ優しい声音でアイリスへと問いかける。
「魔物を殺すこと?」
「魔物を殺す……ああ、なるほどな」
聖女って言うくらいだから魔物やら魔族への特攻でもあるんだろう。
「それで、それの何が嫌なんだ?」
「魔物の声が聞こえてくるの……強い怨みなんてもう見たくない……感じたくない……!」
「そういうことか……安心しろ、お前は何も殺さない、もう怨念なんて感じる必要もないぞ。仕事って言っても掃除とかその辺だろ多分。だからあんまり先入観を持つな、あいつに着いていけばきっと何とかなるからさ、怖がるな」
「ほんと……?」
未だその目は恐怖の感情で塗りつぶされてはいるものの、ほんの少し、ほんの少しだけ光が見えた気がした。
「ホロ、仕事っていっても具体的に何をさせる気だ?」
レオンはホロに問いただし先にアイリスを安心させることにした。
「そうですね……料理でも手伝ってもらうとします。レオン様のお世話は私で足りているのでっ!」
羨ましい服をもらえたアイリスに対し、まるでマウントを取るかのように胸を張りアイリスに向かってドヤ顔する。
「お世話係とは何だお世話係とは」
「もしかして朝起こして、お着換えをお手伝するだけでは足りませんでしたか……? そ、それでしたら豚のように私を罵ってストレス発散に……!!」
いついかなる時でも、己の快楽を優先するホロ。その図々しさはもはや神の域である。
「黙れバカ。あと明日からは世話係などはいらん」
寧ろ世話などされてたまるかとでもいうように、レオンは冷たく言い放った。
「そ、そんな! 私から仕事を取らないでください……! お世話係としての仕事がなくなったら、私は何をすればいいというのですか!?」
レオンの言葉に驚きを示し、絶望したとでもいうような表情を顔に浮かべながら必死に懇願する。
「いや、他にいくらでも仕事はあるだろ……」
「レオン様のお世話は私の天職です……! 私の生きがいを取らないでください!」
ホロの必死の懇願は、レオンの心に一抹の迷いを生んだ。そもそもこの話はレオンにとって絶対にマイナスとはならないのだ。むしろ毎朝起きるのにアラームを必要としていたレオンが、アラームのない(であろう)この世界において安定した時間に起床することはまず不可能だろう。
恐らく良くわからない時間に起きてよくわからない時間を過ごし、よくわからないまま年を重ねていくことになる。そんな生活も悪くはないのでは? と一瞬考えてしまったがすぐに思考を振り払う。
毎日が休み……これは魅力的に思えるだろう、しかしレオンは知っていた。ずっと休みという状態になってしまえばそれはもはや休みではないということを身をもって体験していた。そもそも休みとは義務を果たしたうえで成立しうるものなのだ。労働なき休みなどもはや休みではない。
「……今のは忘れろ、これからも今まで通りに頼む」
レオンは思考の末、ホロのお世話係続投を決断した。世話係が嫌だったのはひとえに彼のプライド故だった。小さなプライドのために廃人になるなど馬鹿らしいと結論づけたのだ。決してホロのお願いするかわいらしい表情、姿にやられたわけではない。決してだ。
「……! ありがとうございます!」
「いいからアイリスを案内してやってくれ」
「はい! お任せください! アイリス、行きますよ」
そういうホロの声音は心なしか弾んでいた。機嫌がいいのだろう。もし世話係を解任していたらその怒りの矛先はアイリスに向き、確実に八つ当たりをしていた……いや、真性のマゾヒストである彼女ならばおそらくアイリスに手を出させ、快楽を貪っていただろう。彼の決定は、ホロのみならずアイリスまでも間接的に救っていたのである。ちなみにアイリスもなぜだか嬉しそうであった。
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