予言と聖女

「探せ! 聖女はどこだ!?」


アイマス帝国では決して軽くはない騒ぎが起こっていた。その原因は、神使姫しんしきの予言にある。神使姫しんしきとは古くから存在しうる予言者であった。災害を当て、警告をもってして未然に防がせる。アイマス帝国が発展してきた一つの理由である。そんな彼女から先日、新たなる予言が発せられた。


『聖なる力が魔へと堕ちし時、かつての聖戦が再び引き起こされる鍵とならん。聖なる者、いずれ必ず引き金に』

 

 アイマス帝国上層部は、聖なる力を持ちし者=聖女、そして魔へと堕ちると言う文言を、聖女の魔力が魔族特有のものへと変質するのだと解釈した。つまり聖女の魔力が魔族特有のものに変質したら聖戦が起こる、よって変質を起こす前に聖女を処分することが国で決定されたのだ。


 ーー魔力の変質、これは非常に稀ながら起こることである。特に聖の力を持つものに比較的起こりやすい現象である。彼女が聖女である、と言うことも手助けし、ものすごい速さで聖女の処分が決定されることとなってしまったのだ。


「必ず見つけ出せ……! 聖戦は絶対に起こしてはならぬ……!」


ーー聖戦……それは世界を巻き込んだ種族間の戦である。古来より生まれた魔族、天使、その後に生まれた妖精族、そして最後に生まれた人間族。先に起こった聖戦では、魔族とそれ以外の3種族により引き起こされた。聖戦によって各種族ともに大きな被害を出したものだ。そしてそれは生物にとどまらず世界そのものにも大きな影響を及ぼした。多数の大魔法を使ったことによる魔力場マナ・メディウムの乱れ、其れに伴い多くの野生動物への過剰な魔素供給マナきょうきゅうによる狂暴化。これ即ち魔物誕生の起源である。


 魔物の誕生に危機感を覚えた当時の各種族トップによる話し合いの結果、各種族で統括地域を分けることにより戦争は終結した。天使が統括する天界、魔族が統括する魔界、妖精が統括する妖精界、そして人間が統括する人間界。


 各種族が欲した世界を分けることで聖戦の終結を図ったのが凡そ5000年前。すでに魔力場マナ・メディウムも大分落ち着きを取り戻し、当時は無類の強さを誇った魔物たちも今ではすっかり衰退した。妖精、魔族、天使、それぞれが聖戦という過ちを忘れて来ている中、ただ一つ、人間だけは聖戦の恐ろしさを忘れていなかった。ある一人の人間、アイマス帝国皇帝のラルク=レヴィアルの手により伝えられ、そして二度と過ちが起こらぬようにと願われた。


 人々は怖かったのだ。数で他種族……特に魔族へと対抗してきた人間、しかし現在はその数も減ってきていた。もし今一度聖戦が起こされたならば人間そのものが滅んでしまうかもしれないという危機感があったのだ。それがアイマス帝国皇帝の中では特に強く根付いていた。故にこそ帝国は覚悟を決めた。人々を守るために聖女を犠牲にしようと。聖女を始末し、再び聖戦が起こることを阻止しようと。しかしアイリスにとっては知る由もない話で聖戦が起こる可能性があるからと命を狙われるのはたまったものではないだろう。



「それでアイリス、お前はどうしたいんだ?」


落ち着いたアイリスに対して、レオンは改めて意志の確認を取る。


「私は……生きたい、生きてもう一度お母さんにお礼を言いたい……きちんと埋葬してあげたい……」


小さい声ながらも、確かな意志を持ってアイリスも応えた。


「そうか、とりあえず……お前は目立ちすぎる。これでもつけておけ」


そう言ってレオンは一つの布を取り出した。表も裏もただ黒いシンプルな布。いきなりよく分からないものを渡されたアイリスは心底困惑し、困ったような顔でレオンの方を見る。


「多分それでお前の魔素マナを隠せる。応急措置だが……まあ何とかなるだろう」


「レオン様、ここら辺一帯には特殊な結界が張られており、基本的にレオン様が認めたものしか入ることはおろか認識することすらできませんよ」


レオンの言葉にホロが突っ込む。


「……もし外に出た場合、結界が破られた場合はどうするんだ? 対策しておくに越したことはないだろう」


もちろんそんなことは考えてすらいなかった。そもそも結界云々なんてものは知りすらしなかったのだ。とりあえず誤魔化しておいたが、意外といい言い訳ではなかろうか?


「あらゆる可能性を考慮した行動……感服致しました! 配慮が足らず申し訳ございません……」


そう言い謝るホロ、しかしその瞳にはかすかな期待が見えていた。おそらくdis待ちだろう。


「よし、それじゃあとりあえず持ってろ、服にするでもいい、マントっぽく羽織るもよしだ」


しかし、レオンはあえてホロを無視した。面倒だったからだ。


「放置……プレイ!? んん……これはこれで……いいっ!」


どうやら本当にどんなことでも快楽へと変換できるらしい。もはや羨ましい限りだ。


「あ、あの……そこの人は大丈夫なんですか?」


アイリスは顔を赤くし、身体をくねくねさせているホロが心配になったようだ。正直レオンもホロの頭が心配であった。


「安心してくれ、平常運転だ」


「そ、そうですか……」


先程もホロの異常な姿は目の当たりにしているはずだが恐らくそこまで気を配る余裕がなかったのだろう。だが今は違う、はっきりとあのドMを認識してしまったアイリスは心底困惑し、そして何故かホロの方をじっと見つめた。


「……何ですか?」


見つめられていたのが気に入らなかったのだろうか、ホロはアイリスを睨みつけ、それから威圧的に魔素マナを放出した。


「……もったいない」

「それはすごい思ってた」


アイリスがぽつりと漏らした言葉。そしてそれはレオンが出会った直後からずっと思ってたことでもあった。


「レオン様……何がですか?」


「その気色悪い言動」


「んなぁっ!? き、気色悪い……? そ、そんな……レオン様!? 私のどこが気色悪いのですか!?」


顔を赤くしながらホロはレオンを問い詰める。ちなみに顔が赤いのは怒りからではなく悦びである。


「まさしくそれだよ、今のお前の行動だ。というか本当にどうなってんの?」


心からの疑問だ。精神的ダメージを快楽に変換できるだけでなく、肉体に与えられるダメージすらも快楽に変換できるのではなかろうか?


「き、気色悪いだなんて……! 私は欲望に忠実なだけです!」


心外だ、とでもいうかのようにホロは憤慨する。しかし、やはりというべきか、その表情には恍惚とした紅が表れていた。


「少しは慎め気色悪い」


「んんっ!?」


いついかなる時でも平常運転、この姿勢だけは見習おうと思うレオンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る