ドMは最強
「……は? ここどこだ?」
いつも通りに朝が来て、いつも通りに朝食を食べて、いつも通りに仕事へ行く。そんな日々が今までは続いてきていて、そしてこれからもそんな生活を送る予定だった……はずなのに……なぜか目が覚めたら森の中にいるではないか。
「ぐるる……」
そして人生最大のピンチでもある。とても大きな狼であろう獣に威嚇されているのだ。それも2メートルだの3メートルだのとかいう、ちゃちなものじゃ断じてない。地球で言う像くらいの大きさがあった。
「お、おれはおいしくないぞー……だから早く帰ったほうがーー」
森の中、彼の声だけがただ木霊する。今この世界に生きているのは目の前の狼と自分だけなのではないか? と錯覚するほどの静けさに辺りは包まれていた。最も、そのうちの片方は死を幻視する程のピンチに追い込まれている訳だが。
「がるる……!」
彼の説得も虚しく、目の前にいる巨大狼はさらに威嚇してくる。しかし狼は襲ってくることはなく、一定の距離を保っている。不思議に思った彼は、ゆっくりと狼に近づこうとする。しかし狼も俺の歩幅に合わせてゆっくりと後ずさっていった。
「もしかして……俺が怖いのか?」
さらに近づき、狼に向けて手を伸ばすと、一気に後退り再び距離を取られた。狼が彼を怖がっているというのを彼は確信した。
「あの……レオン様? どうされました?」
唐突に後ろから声が聞こえる。鈴を転がしたかのような、綺麗な声だ。
「レオン……? それは俺の名か?」
聞き覚えのない名前に彼は困惑する。……いや、聞き覚えはある、それどころかとても馴染み深い名前なのだ。
彼がやっていたゲームの主人公である魔王の名前だ。そして目の前にいる少女はどことなしか同じくかのゲームにおいてのヒロイン、ホロに似ている気がする。
「はっ……! もしや……ただでさえお馬鹿だったというのに自分の名前が分からなくなるほどのお馬鹿さんに成り下がってしまったのですか!? もしかして帰る道も忘れてたりなんかしませんよね?」
いきなりの失礼な物言いに、レオンは思わず驚愕する。不思議と苛立ちはなかったのは、驚愕があまりに強すぎたからだろうか。
「案内を任せる」
とは言っても、右も左も分からないのはまた事実。今は癪だが、目の前にいる失礼なホロ似の女に頼るしかないだろう。
「まあっ! まさか本当に帰り道すら分からないお馬鹿さんだったなんて……主人がこれでは心配ですよ……ねぇ、ケル」
そう言って先程彼のことを威嚇していた大きなオオカミへと近づいていく。すると先程とは打って変わり、謎の少女のことをぺろぺろと舐め始めた。
「こりゃっ! やめなさい! ……それよりレオン様……いや、貴方はどちら様でしょうか?」
いきなり核心を突かれたレオンは内心どきっとする。なぜわかったのか……などと思ったが、思考は思ったより冷静であり、目の前の女は本来のレオンと長くいるのだ。違和感を覚えて当たり前であると言う結論にすぐさまたどり着けた。
「何故そう思ったのか聞いてもいいか?」
とはいえあくまでもこれは予測でしかない。もしかしたらくだらぬ理由で、少し取り繕えば誤魔化せる可能性もゼロではないのだ。
「だって……レオン様ならもっと私を罵ってくれます! 少し軽口を叩けばクズだのなんだのと罵ってくれるんですよ!?」
少し顔を赤くし、息を荒くしながら彼女はレオンに言った。そんな彼女にレオンは心底困惑した。本気で疑っているわけではないのだろう、ただ罵って欲しいだけだと、彼は直感的に理解したのだ。
「その程度でこの俺に疑いをかけたのか……このクズめ」
物は試しだ。と、彼はとりあえず目の前の女を罵り、侮蔑の視線を送ることにする。
「んんっ!? くぅ……た、たしかに貴方はレオン様です……失礼な物言い、お許しください」
若干顔を赤くし、そして息も荒くして目の前の女は許しを乞うてくる。
「分かったならそれでいい、二度と俺に馬鹿みたいなか疑いをかけるなよ。その小さい脳であらかじめ考えた上、発言するんだな」
「は、はひっ!?」
少しやりすぎたか? とも思ったがどうやら効果的だったらしい。顔を赤くして恍惚とした表情を醸し出している女が、彼の目の前にはいた。
「おい、早く戻るぞ。俺を案内しろ」
「は、はい! お任せくださいっ!」
綺麗に姿勢をただし、敬礼をして俺を案内する。どうやら帰り道を案内させることへの違和感は持っていないようだ。あるいは、悦びすぎて頭が回っていないのか。どちらにしても彼にとっては好都合でしかなかった。
「レオン様レオン様! こちらを」
そう言ってM女が彼に渡したのは首輪と鎖。よく見ると首輪と鎖は繋ぐことができるようになっているらしい。
(まさか……)
「こ、これで私を繋いで、鞭で叩いて下さいっ!」
マジかこいつ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます